第33話 食券についた値段
朝目覚めた俺は、「早速行動しよう!」とベッドの上で意気揚々とガッツポーズを取った。
しかし「で、結局なにをすればいいんだ?」と口にして、頭を悩ませることになった。
せっかく時間が有り余っているのだから有効活用しようと思い、授業中に色々考えて「夏に体験するべきこと、したいこと」を書き出すことにした。
思いつく限りのことを箇条書きで連ねていると、午前の授業は思っていたよりも早く終わった。
俺はこんなにもすぐに効果が表れるのか、と思わず鼻で笑ってしまった。
丁度昼休みにもなったことだし、早速実践しようと辰也に声を掛けた。
「食堂行こうぜ」
「いいけど、珍しいな」
「まぁな。と言うか行くの初めてだな」
「嘘だろ?」
「大マジ」
今までの学生生活を振り返ってみると、俺は一度も食堂に行ったことがなかった。
食費節約のために弁当を毎日作っていたせいで、”食堂に行って友達と飯を食べる”という体験をしていなかったのだ。
辰也と雑談をしながら食堂に向かうと、中には結構な人数の学生が居て驚いた。
全体の席の六割程だろうか? それくらいが占領されていたのだ。
「こんなに食堂に来る奴多いのか」
「まぁ、大体は食堂で済ませるみたいだな。俺たち購買派と弁当派は少数派だ」
「へぇ」
今まで全然気にしていなかったが辰也は購買派らしい。
そういえば、と思い返すと菓子パンを齧っているところをよく見かけたような気がする。
今度は購買で昼飯を買ってみるのもいいかもしれない、と頭の中でメモをした。
しかし食堂派の連中は毎日食堂で金を使って財布は大丈夫なんだろうか? と思いながら、券売機の前に立つ。
値段を見て俺は目を見開いた。
ボタンを指さしたまま、しばらく固まってしまった。
「……ラーメンが四百五十円? カレーが四百円? なんだこれ? 安くね?」
他にも定食三種、麻婆豆腐、餃子、おいなりさんなどなど……。
どれも六百円を超えるものはない。
破格の価格設定だった。
これなら別に食費とか気にしなくてよかったんじゃないか? とも思ってしまった。
いや、だが塵も積もればとも言う。
節約した金は無駄にはなっていないはずだ。多分。
「まぁ、安さが売りだからな」
辰也は慣れた様子でカレーとカツの追加の食券を購入しながら言った。
「購買派ではあるけど、たまにはこっちもな」
指に挟んだ食券をヒラヒラとさせる。
いつもがいつも購買というわけではないらしい。
まぁ、当たり前か。
はたから見ればずっと弁当だった俺の方がおかしいんだろう。
ふと、なんで自分で弁当を作っているんだ? と変な考えが頭をよぎったが、すぐに振り払った。
呆然としていた俺に「なに食うんだ?」と辰也が訊いてきた。
俺は少し考えて、食べる機会があまりないラーメンにすることにした。
他のメニューは大体家でも作れるからだ。
「醬油ラーメンだな」
「いいチョイスだ」
「小百合は塩以外認めねぇって言うんだよな」
「……なぁ、実は仲悪かったりするのか? 昨日も注文の時ハンバーガーのピクルスで言い争ってたよな」
「その話はやめろ」
皆に見られた恥ずかしい一幕を蒸し返されて俺は肩を竦めた。
「まぁ、どうにも食の好みだけは合わないんだ」
「へぇ」
そんな雑談をしながら、食堂のおばちゃんに食券を渡して席で待つ。
小百合との面白話や辰也の筋トレの話、クラスメイトの馬鹿話。
料理が出来上がって番号が呼ばれるまでの間、俺達は笑い合った。
「今、しみじみと日並の言葉が響いている」
食堂のおばちゃんから醬油ラーメンを乗せたトレーを受け取りつつ、俺は辰也にぼやいた。
「あの、体験が足りないってやつ?」
「うん」と頷く。
「ナチュラルに酷いこと言うよなアイツ」
「まぁ、事実だし」
「お前のそういう素直に受け入れられるトコ、凄いと思う」
「ありがとう? でいいのか?」
そうなのだろうか、と若干の困惑をしつつ、俺と辰也は席に着いた。
両手を合わせて「いただきます」と二人揃って口にして、昼飯を食べ始めた。
さてさて、値段は安いが味はどうだろう。
手を擦って、レンゲを手に取り汁を啜る。
箸に持ち替えたら麺をゆっくりと咀嚼する。
まずかったら文句でも言ってやろうとも思ったのだが、口から勝手に出てきた感想は「うまい」という簡単な言葉だった。
「そりゃ学食に来るわけだよ」
俺は周りにいる学生達を眺めながらしみじみ呟いた。
◇
皿を片付けてから食堂を出て教室に戻る途中。
廊下で歩いていると、日並とばったりと遭遇した。
日並はクラスメイトらしき女の子と廊下で女子会中だったのか、イチゴミルクのパックを片手に談笑していた。
その姿を見て失礼な話だが、日並も女の子なんだな、と自然と思った。
日並は俺達に気が付くと、「やっほ」と手を挙げて、隣で話していた女の子に「ごめん、また後でね」と手を振りながらそう言うと、こちらに向いて寄ってきた。
別れた方の女の子はなぜかこちらを生暖かい目で見ていた。
「悪いな、はなし中に」
「ううん、クラスメイトだから大丈夫。それよりどしたの二人して」
「おう、食堂に飯食いにな」
辰也が返事をした。
俺は日並の方へと目線を戻して、片手を軽く上げてから「俺から誘った」と言った。
それを聞いた日並は不思議なものを見るような目をしていた。
「随分、グイグイ行くね」
「誰かさんに色々気付かせてもらったからな」
「そう。なら、私もサボったかいがあってよかった」
俺の答えに日並はフフ、と嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あ、ごめん。辰也。話わかんないよね」
クルリ、と上履きを滑らせて日並は辰也の方へと向くとそう言った。
辰也はなんともなさそうに「いや、昨日こいつから大雑把には聞いたから」と答えた。
それに対して日並は「あ、そう」と露骨に声のトーンを下げた。
辰也相手だと対応が雑なんだな、と日並の面白い一面が垣間見えて、自然と笑みがこぼれた。
まぁ、幼馴染は腐れ縁と聞くこともある。
段々取り繕うのも面倒くさくなるのだろう。
彼らのやり取りは一見雑に見えてもそれなりの信頼関係から成るものなんだろう。
そんなことを漠然と思っていると、急に辰也が顔を逸らして頭を掻いた。
何かを言おうと口を開いて、閉じて、なんだろうと思いながらも言葉を待った。
「まぁ、こうやって飯とかに誘ってくれるようになったのは嬉しいから。それが日並のおかげって言うなら……ありがとう、だな」
その一言で、その場は一気に小っ恥ずかしい雰囲気に包まれた。
辰也の恥ずかしさが伝染してきてこっちまで鼻がむずがゆいし(というか俺のことだし)、日並も恥ずかしげに目を床に逸らしている。
急に口数が減って、俺達は廊下で突っ立ったまま口を閉じてしまった。
そんな雰囲気に耐えられなくなった俺は、誤魔化すように「なら」と二人に声を掛けた。
「じゃあ、部活休み期間は放課後勉強会でもしないか?」
「俺暇だし」と茶化しながら訊いてみる。
”暇だし”には色々な意味が含まれているのは、この二人には説明するまでもないだろう。
「お礼も込めて、な。わかんないところあったら教えるし」
俺がそう言うと、日並が「勉強してないのにこれ言われるのムカつかない?」と辰也に渋い顔を向けてこぼしていた。
辰也は「まぁ、せっかく誘ってくれたんだから」と苦笑いをしていた。
日並は「ハァ」とため息をつくと「しょうがないなぁ」と言って笑みを浮かべた。
「いいよ。部長と小百合ちゃんも誘う?」
「学年違うじゃん」と俺が突っ込むと「別にいいじゃん。教えてもらったり教えてあげようよ」と日並は言った。
「そう言うなら、まぁ、誘っとく。毎日ファーストフード店行くのもあれだし、図書館でいいか?」
「うん。いいよ。辰也は?」
辰也は肩を竦めながら笑う。
「行くっての。当たり前だろ」
こうして、テストが始まるまでの一週間(土日を抜くと三日)、俺達は放課後に勉強会をすることになった。
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