第32話 二人乗りの帰り道
真っ赤に染まった雲を眺めながら、小百合と一緒に帰路に就く。
雲は紅に染まり、空は淡い紫色を帯びていて、夜の訪れを感じさせていた。
だけど、相変わらず空気は暑い。
風も無風でまるで涼めない。
兄妹揃って汗だくで歩道を歩いていた。
小百合は手ぶらで、俺は自転車を押しながらだ。
荷物は自転車の籠に無理矢理詰め込んだ。
「お兄、楽しそうでよかった」
皆と別れてからだんまりだった小百合が唐突に口を開いた。
「なんだよそれ」と俺は吹き出してしまった。
首はそのままに横目で見る。
小百合も空を眺めていた。
「だって、お兄。最近は大変そうだったから」
少しギクリとする。
心当たりが多過ぎる。
ひとまず取り繕って誤魔化した。
「そりゃあ部活なんだ。大変なこともある」
「……ほんとに?」
変なところで鋭い妹だ。
俺は肩を竦めた。
「まぁ、うん。色々あったけど、解決したから」
「それなら、いいんだけど」
再び沈黙が訪れる。
一台の車が道路を走って俺達を越していく。
「でも……うん、そうだね。そうじゃなきゃ、あんなに楽しそうにしてないよね」
小百合は感慨深げに、小さく呟いた。
「そんなに楽しそうに見えたか?」
「うん」
気になったから聞いてみたら、小百合はすぐに頷いた。
「普段はそんなに楽しそうに見えないのか?」
「え」
その質問に小百合は固まった。
図星らしい。
だけど逆に考えれば。
俺は変わりつつある、ということだ。
他人から見て、わかる程に。
それはきっと良い傾向なんだろう。
「冗談だよ」と俺は言った。
小百合は首をこちらに向けて思い切り睨んできた。
なんだかおかしくて、笑みがこぼれた。
「夕飯なにしようか」
俺が空を見上げると、小百合も釣られて上を向いた。
「……冷やし中華」
隣から、ボソリとした声が聞こえた。
暑いからなぁ。
こんな日に食べたら美味いんだろう。
いいチョイスだ。
「醬油タレ買って帰るかぁ」
「ゴマダレの!」
「わかってるよ」
お好み焼きと言い、相変わらず食の好みは嚙み合わせが悪いらしい。
俺はまた笑った。
「よしっ、自転車でさっさと行くか!」
「えっちょっ」
俺は小百合を自転車の後部座席に無理矢理乗せてサドルに跨った。
一気にペダルを踏み込み、自転車にスピードを乗せてスーパーを目指す。
流れた汗が風で冷やされて、夏だと言うのに涼しかった。
「あぶないよっ」
「たまにはいいだろ!」
俺は気分が高揚していた。
走り出したくてたまらなかった。
懇親会の楽しさが尾を引いて、テンションがおかしくなっていた。
だけど、それでいいんじゃないかと思う。
『私が思うに、──君は体験が足りないんだと思うんだよ』
日並の言葉が反芻する。
今までの俺は、長い夏を不貞腐れながらそのまま受け入れていた。
勝手に「爽やかな夏なんてない」、「現実の夏はこんなもんだ」と決め付けていた。
待つしか夏を消化する方法などないのだと、ずっと思い込んでいた。
だけど、違った。
違ったんだ。
体験をすれば───行動をすれば、いくらでも変えられると、日並は気付かせてくれた。
考えれば、当たり前のことだ。
不貞腐れて何もしなかったのだから、夏が長くて、淀んだように感じられて、当然だった。
だからこれからは、自分から体験をしにいこうと思う。
そうすれば、この長い夏は、淀んだような夏は、あの黄ばんだような空は、きっと青く見えるはずなんだ。
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