第31話 懇親会とIF

 放課後になり、文芸部テスト前懇親会は滞りなくファーストフード店で行われることとなった。

 参加者はと言うと、辰也は勿論、小百合も来ることとなり、今はファーストフード店前で俺、辰也、日並、部長と横に並んで小百合の合流を待っていた。


「変なメンバーだな」


 俺が呟くと、辰也も首を縦に振って頷いた。


「俺呼ぶ必要あった? こいつの妹ちゃんはともかく俺部外者じゃんか」

「私の知り合いだからいいんですぅ」


 そう言って日並は頬を膨らませた。


「まぁ、居てくれた方がいいんじゃないかな。女三人に男一人は流石に気まずいとは思わないかい?」


 部長はこちらを向いてそう言った。

 俺は「確かに」と納得してしまった。

 辰也も「そういうことなら」と頷いた。


「それとも……女三人に男一人の方がよかったかな」


 ニヤリ、と意地悪そうな笑みを浮かべた部長。

 俺は思いっきり部長を睨んだ。


「冗談はよしてくださいよ。と言うか、妹は”ソレ”に入れちゃダメでしょう」

「ハーレムに?」

「バカ、言うな辰也」


 素早くしたツッコミに、皆がハハハと笑う。

 俺は反して口をへの字に曲げた。


「義妹だったならともかく、小百合は実妹ですからね」


 俺がそう言うと「義妹だったらアリなんだ」と日並。

 それに続いて「意外な恋愛観」と部長。

 ふざけた様子で「この泥棒猫」と腰をくねらせる辰也。


 辰也には腹に一発裏拳を打ち込み、「この話は止めましょう」と強引に話を断ち切った。


「すいません、遅れました!」


 そこに丁度、小百合がやってきてくれた。

 ありがたい。

 このままでは弄り倒されるところだった。


 小百合は中学校の制服のままで、わざわざ走ってきたのか額は汗ばんでいた。


「こんにちは」

「こんにちは! 初めまして!」

「こんにちは。とりあえず中入ろうか」


 皆一様に挨拶をして、早速ファーストフード店に入ろうとしたが、小百合はいそいそとその場で深く頭を下げた。


「お兄……いえ、あの、兄がいつもお世話になってます。小百合です。よろしくお願いします。皆さん」


 凄く丁寧な挨拶にみんな驚いていた。

 俺からすると、まるで普段から俺が迷惑をかけていること前提みたいに聞こえて、バツが悪くて頭を掻いた。


「わお、すごい丁寧」

「なぁホントにお前の妹なのか?」

「実は血が繋がってないとか」


 好き勝手言いまくる他メンバーに呆れつつ、俺は小百合の後ろに回って肩を叩いた。


「妹の小百合だ。中学二年生。仲良くしてやってくれ」


 改めての紹介に日並、部長、辰也が頷いた。


「私、日並奈々果! よろしくね小百合ちゃん」

「佐々原文乃だ。部長呼びでも構わないよ」

「一文字辰也。まぁ、こいつの友達だよ」

「日並さん、部長さん、一文字さん……はい、よろしくお願いします」


 自然な流れで自己紹介をして、挨拶を交わした。

 小百合の顔を見るとニッコリと笑みを浮かべていた。


 なんだ、普通に仲良くできそうじゃないか。

 人見知りをしないか少し心配だったが、それは不要な心配だったらしい。

 小百合の様子を見て、俺はほっとした。


「じゃあ中に入ろうか。暑くてたまらないよ」

「早速注文しましょう! 小百合ちゃんはなに食べたい?」

「えっと……」


 そんな会話をしながら店内へと入っていく女性陣の背を追う男二人。

 辰也はなんだか嬉しそうに「来て良かった」と笑みを浮かべた。


 その表情を見て、俺は「あれ?」と思った。

 さっきまで消極的だった癖に、辰也は急に「来て良かった」とか言いだした。

 なにか心境の変化があったのだろうか。


 俺は考える。

 さっきの状況と変わったことはなんだろうか。

 小百合が来たくらいだ。

 他には特にない。


 なら、導き出される答えは……。


「……小百合に手ェ出したら殺すからな」

「うわぁ、シスコンかよコイツ」


「そうじゃねぇよ」と辰也はしばらく腹を抱えて笑っていた。



 向かい合った席で、正面に日並、真ん中に座った小百合を挟んで部長の女子三人が会話で盛り上がっているのを男二人は反対側で眺めていた。

 黙々とハンバーガーとポテトを貪っていた二人の、ハンバーガーを食べている方が口を開いた。


「で? なんで懇親会やろうなんて日並は言い出したわけ?」


 トレーに広げていたポテトを摘まんでいると、辰也が握り拳を二つ重ねたほどあるハンバーガー、通称ビックバーガーを頬張りながら唐突にそんなことを言い出した。


「幼馴染じゃないのか、お前ら」

「だからってなんでもわかるわけじゃないからな? 幼馴染を言葉を介さず意思疎通できる人種だと思ってる奴初めて見たよ」


 よく考えたらそりゃそうだ。

 辰也は呆れ顔だった。


「で、なんでなの」


 懇親会の理由には心当たりがあるが、ちょっと言いにくい話題だ。

 俺は少し言い淀んだが、隠すのもめんどくさくなって結局全てを口にすることにした。


「本人が純粋に楽しみたいってのもあると思うけど……多分、俺と部長に気を遣ってんだ」

「お前と、部長?」


 首をかしげる辰也に俺は頷く。


「行方不明になった、って言った時あったろ」

「あぁ、先週か。なんかあったのか」

「まぁ、ちょっと。トラブルが」

「ふぅん」

「それと日並に体験が足りないって言われた」

「なんだそれ。体験? なんの?」

「部誌用に小説書いたんだけど全然上手くいかなかった」


 横目で見た辰也は「そういや書いてたな」と言いながらビックバーガーを平らげようと最後の一口を手にしていた。

 食うのはえーよ。

 内心そう思いつつ、俺は自分の小説のことと今日の屋上での出来事を、自分の情けないところだけを伏せて辰也に軽く説明した。


「だから、色々経験したらって。これもその一つなんだろう」

「へぇ、あいつがね」


「珍しいこともあるもんだ」とポテトに手を伸ばそうとして、止めた。

 手を華麗に翻し、指でっぽうで俺を指した。


「その話、乗った」

「はぁ?」

「恋、したいんだろ」

「どうやったらそう解釈できるんだ今の話を聞いて」


 変なことを言い出した辰也に対して俺は頭を抱えた。


「目の前の三人の誰かと付き合えば解決するだろ」

「極端すぎだろ。と言うかなんで妹入ってるんだよ」

「なるほど。端二人なら付き合ってもいいわけか」


 嵌められた。

 完全に口車に乗せられた。

 俺は思わず下唇を噛む。

 こいつこんなキャラだったっけ、と思いつつ辰也を睨むと、ホロリと表情を崩した。


「すまん、流石に冗談だ」

「しゃれになんねぇ……」

「悪い悪い。まぁ、なんだ。体験ってことならたまに遊ぼうぜって言いたかっただけだ」


 遊ぶ、と聞いて俺の身体は固まった。

 そういえば、辰也には去年から何度か遊びに誘われていたが、家事を理由に断っていた。

 文芸部でも遊びに行くようなことはなかった。


 と、言うか。

 中学の頃も放課後誰かと遊びに行くことはなかったし、小学の頃はまるで遊んだ記憶がない。

 もしかしたら俺は、放課後にまともに誰かと遊んだこともないのかもしれない。

 そりゃ恋愛小説……いやそもそも学生ものの小説を書こうとしても難しいわ、と自分に呆れた。


 だけど、と思考を切り替える。

 だけど今は、小百合の料理の腕も上達してきたし、少しは家事を任せても大丈夫だ。

 俺自身にも時間にも余裕ができているし、たまには遊びにいってもいいのかもしれない。


「そうだな。たまにはどっか遊びに行くか」


 俺は深く頷いた。

 ……でも、素直に同意するのも少し味気ないな。

 先程の意趣返しをしてやろうと思った。


「俺はテスト一週間前の部活休み期間中でもいいぞ。どうせ遊んでも成績変わんない……というか上がるからな」


 それに辰也は苦虫を嚙み潰したような顔、とまではいかないが、凄く苦いチョコでも口にしたような顔をしていた。


 筋トレ部に入部しているという肩書きから一見脳筋のようにも思えるが、辰也の成績はそこそこ優秀だ。

 普段からテストの点数は夏の俺以下、普段の俺以上くらいで平均八十点をキープしている。

 だがそんな辰也も流石にテスト期間に遊ぶのは点数に響くのか嫌らしい。

 しかし辰也は取り繕って俺を指さすと、声を震わせながら宣言した。


「い、いいぜ。付き合ってやろうじゃねぇの!」

「いや、乗るなよ。そこは」

 

 自分で言っておきながら、俺はそう突っ込んでしまった。


「なんの話?」


 辰也と馬鹿なやり取りをしていると、女子三人の話が終わったのか日並がこちらに首を傾けた。

 小百合と部長は不思議そうな顔で俺達を見ていた。


「夏休みは遊ぼうって、約束しただけだ。今まで全然遊んでなかったから」


 俺がそう言うと、小百合は表情を曇らせた。

 何故そこでそんな顔をするんだ、と思ったが口にはしなかった。


 反して日並はニシシと笑みを浮かべて、俺に顔を近づけて小声で言った。 


「早速実践だね?」

「……まぁ、な」


 俺が早速”体験”を実践しようとしていたのが嬉しかったのだろう。

 隠すようにサムズアップを向けていた。


「それでこいつが部活休み期間中に遊ぼうぜって言ってきてさ」

「バカなの? テストの点数落とす気?」

「いや、俺は夏になると別に勉強しなくてテストの点数上がるから」

「なんでよ!?」

「夏、長いじゃん」

「それは聞いたけど」

「授業も長いじゃん。聞き流しても勝手に授業内容頭に入ってくるんだよ」

「なにそれ……こわ」

「私は少しわかるなぁ」

「部長は同意しないでください!」

「ハハハ、小百合ちゃんはどう思うかな」

「わ、私もおかしいと思います……ね」

「ほらぁ! 部長と──君おかしいんだよ!」

「そうは言ってもねぇ」

「自分ではどうにもできない」

「こんの二人は……!」


 日並は肩を竦め、辰也は腹を抱える。

 部長は頬杖をついて、小百合は抑えるように口を塞いだ。

 だけど皆、笑っていた。

 声を出して笑っていた。


 自分でも口元が緩んでいるのを感じる。


 穏やかで、和やかだ。

 時間の流れがゆっくりに感じる。

 だけれどそこに、不思議と不快感はない。


 俺が望んでいた夏は。

 意外にも、踏み込めばすぐそこにあったのかもしれない。

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