第24話 相変わらずのこの有り様

 ドン! と文芸部の大机に原稿用紙を叩き付ける。

 部長は驚いたような表情をしていた。


「約束のブツです」

「なんかテンションおかしくない?」

「気のせいです」


 今日の授業を全て寝過ごした俺は、各教科の教師と馬場に怒られまくったが逆に元気だった。

 どう考えても徹夜と寝起きと説教のトリプルパンチでテンションが狂っていた。


「ホントに……完成させたんだね」

「そうです。部長の言葉にショック受けて小説書く気なくなってたなんてことありませんから」

「無理してない?」

「無理しました。徹夜です。授業中に寝たら怒られまくりました」

「いや、そうじゃなくて……」


 部長は苦笑いを浮かべながら前髪をクルクルと弄る。

 しばらくすると目線を下げて「なんでここまでするんだか」と小さく呟いた。


「もう一度言いますけど、部長は悪くないです。ただ小説を書いて、元文芸部の先輩に書き方を教えて、俺に感想を言った。だたそれだけなんです」

「……うん、そうだね」


「後輩にそこまでされたら……認めるしかないね」と部長は俺に向けて笑みを向けた。


「ごめんね。あの時は試すようなこと言って」

「まぁ、ちょっとドキッとしましたけど、結果として小説が完成しましたから」


 俺と部長は顔を見合わせて苦笑した。


「それにしても、頑張ったね」

「えぇまぁ。今回のことは俺が悪かったですし」

「まだ言うの……別に君だって悪くはないんじゃないかな。もうさ、お互い水に流さない?」

「部長が言うなら」

「うん、じゃあそうしよう」


 部長は大机に叩きつけられた原稿用紙を手に持つと、俺に「見てもいいかな?」と少し首を傾けた。


「そもそも部長が俺の小説の続き読みたいって言ったんじゃないですか」

「……そうだね」


 部長は静かに頷いて小説を読み始めた。

 その間、俺は流石に疲れを感じて、例のソファーに寝転がっていた。

 臭いとかが制服に着くんじゃないかとも思ったが、今の俺にはどうでもよかった。


 なんだかとてつもなく遠回りをしたような気もするが、これで事件のケリは着いたのだろう。

 願わくば、ついでに部長の過去に対する思いも和らいで欲しいなと俺は思う。

 そこのところが伝わっているのかはわからないが、まぁ後は俺が首を突っ込むところではないだろう。


「ふぅ」


 ゆっくりと息を吐いて考える。

 これからどうしようか、と。


 俺は小説を完成させてしまった。

 やるべきことをやりきってしまった。


 今年の夏はまだ始まったばかりだが、心なしかいつもよりも短いような感じがする。


 それは恐らく、文芸部のおかげなのだろう。

 小説執筆で頭を悩まし、ただひたすらに文字を綴る。

 今までにない体験が俺の夏を少しだけ短くしてくれたのだろう。


 だけど、小説を書き終わってしまった今。

 俺の夏は、どうなるのだろうか?

 俺の夏は、再びあの長いものへと戻ってしまうのだろうか。

 そう思うと憂鬱だった。


 やるせなさにくたびれていると、部長が唐突に呟いた。


「明日でしばらく部活はお休みだね」


 俺は上半身を起こして部長の方を見ると、原稿用紙を捲りながらこちらを見ていた。


「そう、でしたっけ」


 俺が首を捻ると、部長は呆れたように肩を竦めた。


「期末テストが一週間切るから。部活はお休み、でしょ?」

「あぁ、そうでしたね」


 そうだった。

 今日が期末テストの一週間前で、明後日から全ての部活が強制的に休みになるんだった。

 次の部活は終業式が終わってからだ。


 明日の部活が終わってしまえば、二週間も部活がない。

 あの長い夏に戻ることになると思うと、本当に耐えられるか心配になってきた。

 気が狂って発狂したりしないだろうか。

 不安だ。


「……やっぱり、疲れてるんじゃないかい?」

「まぁ、徹夜したので」

「いやだからそうじゃなくて、もっと根本的に」

「根本的ってなんですか」

「えぇっと、精神的にって言ったほうがいいか」

「精神的……」


 部長は俺の顔を覗くように、心配そうな顔でそう言った。


 心当たりはない。

 俺が「そうでしょうか」と言うと、部長は頷いた。


「君は、少しサボることを覚えた方がいいと……私は思うんだ」

「サボりなら先週部長としたじゃないですか」

「あのねぇ……あれはサボりには入らないよ」


 そうなのだろうか?

 授業中に抜け出すのは立派なサボりなのでは、と俺は首を捻った。


「授業中とか、家とかで。たまには抜け出してごらん」

「部長みたいに?」

「うん。保健室に来てもいいし、空き教室に行ってもいい。家だったら夜にコンビニに行ってみたりさ。あぁ、あとは……学校の屋上とかね」

「屋上? 鍵掛かってるでしょう」

「実はね、掛かってないんだよ。この高校」

「マジすか」


 俺は素直に驚いた。

 小説のネタになるかもしれないし、一度屋上を見てみるのもいいかもしれない。

 あ、いや、でも小説は書き終わっちゃったんだな、と思い直して肩を落とした。

 なんだか思考がまとまらなかった。


 それにしても、部長の言葉が気になる。

 部長が言うには俺は精神的に疲れているように見えるらしい。

 確かに無理に徹夜で小説を書いたりしたせいで疲れてはいるが、『精神的に疲れている』というのがどういうことかわからなかった。

 まるで心当たりがない。

 いや、ホントに。

 

 なんだか春先にも似たような感想を抱いたことがあったような気がする。

 確か馬場に呼び出された日だったか。


 俺は他人から見たら、どんな風に映っているんだろう、とふと思った。


 しばらくすると、部長が「よしっ」と言って原稿用紙を机に置いた。


「読み終わったよ」

「どうでしたか?」


 俺は変わらず寝っ転がったまま首を向けた。

 部長は優しげな笑みを浮かべていた。


「やっぱり君の文は……どこか淀んでいるね」


 その言葉に、俺は視線を天井へと向けた。


 おっかしいなぁ、と口が緩む。

 俺が書いたのって前と同じで望む夏だよなぁ、と回想する。


 それなのに、部長はそう言った。


 まぁ、書いている時もなんとなくわかっていたことだ。

 きっと俺は、そういう文しか書けないのだろう。


 それがなんだかおかしくて、ついには閉じた口から「クックックック」と変な笑い声がこぼれてしまった。

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