第25話 本屋の店員
「よっと」
勢いを付けて俺はソファーから立ち上がった。
一応、臭いが着かないようにと制服をはたく。
多分意味はない。気休めだ。
そして俺は「じゃあ早速サボります」と部長に言って、帰ることにした。
「あ、もちろん部長の感想にショック受けたからとかではないですからね」
「さっき水に流そうって言ったじゃないか」
「勘違いされても困るので」
「わかってるから、大丈夫だから」
「今の時間に帰ってスーパーに寄るとですね、丁度セールなんですよ」
「……ちゃんとした用事があるならサボりじゃないんじゃないかな」
呆れた様子の部長を背に、そんな会話をした。
気怠い身体に鞭打って、俺は急いで部室を出た。
スーパーでのセール激戦を征した後に、なんとなく本屋を覗いてみる。
俺には特に好きなジャンルだとか、好きな作家がいるわけではないのだが、小説を書き切った自分へのご褒美として、新しい小説を一冊くらいは買ってやろうと思ったのだ。
俺は本屋に入って本棚の前に立った。
だけど、小説を手に取ろうとして、両手がセールの戦利品で塞がっていることにそこで気付いた。
小説が取れない。
馬鹿か俺は。
なすすべもなく立ち尽くした。
袋を床に置いてもいいが、それだと下にあるものが潰れてしまう。
床に置くのはなるべく避けたかった。
まぁ家にはまだ読んでない小説がいっぱいあるしやっぱいいか、と思い、本屋を後にしようと振り返る。
すると、目の前に店員が居た。
ビックリして思わず「うわ」と声を上げた。
だけど店員は反して驚いた様子もなく「なにしてんの?」と言った。
何様だコイツ、と思いながらもよく店員を見てみると、その店員はよく見知った人物だった。
「日並?」
「うん。なんにしてんの? 部活は?」
「サボった。というかこっちのセリフなんだが」
「──君もワルだねぇ」
「部長には了承済みだ」
「いや、それサボりじゃなくない?」
「サボりだろ。で、なにしてんだ」
「言ってなかったっけ、不定期だけどバイトしてるの」
「聞いたことないが」
「じゃあ今言う。見ての通り、バイトしてるの」
日並はそう言って、青緑色をした仕事用のエプロンを揺らしながらその場で一回転した。
服装は、薄茶色と白をベースにしたブラウスに長いスカート。
つまるところは私服だった。
初めて見る日並の私服に、俺はたじろいだ。
「それで、なにしてたの。ぼうっと突っ立って」
日並は可愛げに首を傾けた。
なんだろう、本当にいつもと様子が違うように見える。
女性は服装が変わっただけでこんなにも雰囲気が変わるものなのか、と俺は関心した。
そして俺はその変わりっぷりに内心ビビり散らしながら、取り繕って答えた。
「新しい小説でも買おうかと。でもほら、両手塞がってて取れない」
「馬鹿じゃないの?」
「自分でも思ったんだから言うな」
俺が肩を落とすと、日並はケラケラと笑った。
目に涙が浮かぶまで笑って、それを指で拭ってから仕切り直しかのように「パンッ」と手を叩いた。
「じゃ、私が取ってあげる」
「いいのか?」
「仕事だから」
「まぁ、そうか」
「で、どれ見たいの?」
「いや、適当に見るつもりだったから決めてない」
「なら私が選んであげるから。好きなジャンルとか作家とかある?」
俺が「いや、ない」と言うと日並は困ったような顔をした。
「え……なんで小説読んでんの?」
「クソ長い夏が少しだけ短くなるから」
「──君の判断基準そこなの? おかしくない?」
別にいいじゃん、と俺は口をへの字に曲げた。
「じゃあ、なにかご希望は? 適当に選んであげるから」
少しへそを曲げていると、日並はそう言ってニッと笑みを浮かべる。
調子が狂うなぁ、と思いながら俺は少し考えて答えた。
「夏もので、主人公が学生。お手本が見たい」
「あ、小説のってこと?」
俺は何も言わずに頷く。
小説はもう書き終わってしまったが、他人が夏をテーマに書いたらどうなるのかを俺は見てみたかった。
言葉の通りお手本が見てみたかったのだ。
「おっけー! じゃあ、あの作家さん布教しちゃおっかな」
日並はフンフン、と鼻歌を歌いながら一冊の小説を本棚から取り出した。
「はい」と言って俺に見せてきた小説の表紙には、青空を背景に『空に奏でる』とシンプルなタイトルが縦書きで書かれていた。
「私が好きな作家さんの。夏と音楽をテーマにした恋愛小説だよ」
俺が「じゃあこれで」と言うと、日並は慌てたように「ちょっと、ちょっと、適当過ぎじゃない?」と言った。
「でも日並のオススメなんだろ? これにするよ」
「なんか釈然としないなぁ……」
日並は少し不服そうに唸るが、すぐにケロっと態度を戻した。
「まぁいいか。会計するけど……財布取れる?」
「取れると思うか? ズボンの右ポケットに入ってるから取ってくれ」
「いやよ! 一回その荷物置きなさいよ!」
「ダメだ。一番下にあるキャベツが痛んだらどうする」
「そんな変わんないでしょ!」
譲る気がないようなので仕方なく片方の荷物を床に置いて財布を取り出す。
すぐに会計を済ませて、斜め掛けしていたカバンに小説を突っ込んだ。
「ご来店ありがとうございました、ってね。またね」
「あぁ、また。バイト頑張れよ」
「うん」
日並はわざわざ手を振って俺を見送ってくれた。
なんだか不思議な感覚だった。
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