第4話 部活パンフレットで笑う友人

 翌日、ホームルームが終わって教室から出ていこうとする丸い背中をした馬場に声を掛ける。

 一応その気にはなりましたよ、というアピールと効率よく部活を探すためだ。


「先生。部活紹介みたいなのありますか? 参考にしたいんですけど」


 振り返った馬場はヘラヘラとした笑みを浮かべると、「はい」と言って手に持っていたクリアファイルから新一年生用の部活紹介パンフレットを取り出した。


 ふむ、やはり用意していたか。

 世話焼きな馬場のことだ。

 どうせどこかで渡すタイミングを見計らっていたのだろう。

 こっちから受け取りに行くことで、少しは牽制にはなっただろうか。


「無理にじゃなくていいから」


 手に持っていたパンフレットを取ると、馬場は再びヘラヘラと笑って言った。


 その『無理にじゃなくていい』は、要約すると『入れ』と言っているのと大体同じだろう。

 そんなに俺に部活に入って欲しいのかこいつは。

 部活に入った程度で生活が変わるわけねーだろ、と続けざまに心の内で悪態をつきまくる。


 部活に入るのも、指導室に呼ばれるのも、どっちも気乗りがしない。

 馬場と関わるのは勘弁して欲しいし、部活に入るのも億劫だ。

 だけど、どっちの方がマシなのかを考えると、部活に入った方がいいんじゃないかとも思う。

 それはそれで馬場の思い通りになった感じがして癪に障るのが、さらに俺を苛立たせる。

 思考は堂々巡りを繰り返していた。


 一応、馬場に礼を言ってから自分の席へと戻る。

 馬場はこちらを眺めて笑みを浮かべたまま、ゆっくりと教室を出て行った。

 それに対して俺はあからさまに睨み続けていたが、馬場は何の反応も示さなかった。

 ムカつく野郎だ。

 放課後の教室に一人残って、ため息をついてからパンフレットに目を向ける。

 どうせ避けては通れぬ道なのだ、と諦めた。


 表紙を捲って最初に目に入ったのは運動部だった。

 野球部、サッカー部、テニス部、バレー部と様々な部活が目に入る。


 まぁ、うん。

 運動部はないな、と即決。


 我が校の運動部はどこも大真面目で有名だ。

 入る奴も大真面目だ。

 たまに、校舎に県大会出場の垂れ幕が掛かるくらいには大真面目だ。

 俺みたいなやる気がない奴が入っても邪魔になるだけだろう。

 大体俺はスポーツ競技が好きじゃない。

 身体を動かす云々ではなく、なんかこう、競うのが。


 となれば運動部は全部飛ばして文化部だ。

 文化部なら比較的緩いところが多いはず。

 ペラペラと一気に文化部が載っているページまで捲り、目を通した。


 茶道部、書道部、華道部、吹奏楽部、軽音楽部……。


 かたっ苦しいなぁ。

 なんかこっちもガチっぽそうなのばっかじゃないか、と眉をひそめる。

 文化部なら緩いと思っていたのは偏見だったのか。


 結局探すのも面倒臭くなった俺は、パンフレットを机の上に放り投げた。

 椅子に思い切りもたれ掛かって力を抜いて項垂れていると、よく知る声が聞こえた。


「あれっ、珍しいな」

「あぁ、辰也」


 現れたのは俺よりも五センチは高い長身の男。

 体操服の上からでもわかるガッチリとした筋肉質の体に、短く揃えたアップバングの髪型。

 その爽やかな笑顔は、誰に対しても隔てなく向けられる。

「夏って長いよな」という何気ない話題から気が合った一年時からの唯一の友人、一文字いちもんじ辰也たつやだった。


「どうした? 放課後に教室に居るなんて珍しい……おっ?」


 辰也は、俺が言葉を返す間もなくパンフレットに気が付いた。

 察しの良い奴だ。


「部活探してたのか」

「まぁ、色々あってな」

「見てもいいか?」

「あぁ」

「今年はどんな感じか見てなかった」


 そう言いながら辰也はパンフレットを手に取った。

 目線を移してはクスクスと声を殺して笑う。

 こいつは人間関係がそこそこ広い。

 知り合いが紹介文を書いている部活でもあったのだろう。

 辰也はしばらくパンフレットを眺めてから、顔を上げて俺を見た。


「なんか気になるのあった?」

「いや、なんも」

「それは、大変だな」


 頬杖をつきながら答えると、辰也は気まずそうに苦笑した。

 パンフレットが机に置かれ、その時に辰也の腕を見てふと気が付く。

 改めて辰也の格好を見ると身にまとっているのは制服ではなく体操服だった。

 放課後の学校に残っていて体操服に着替えているということは、部活に入っているのだろうか。

 今まで全然気にしていなかった。

 何部なのか、一応聞いておこう。


「辰也って何部なんだっけ」

「筋トレ部! 前も言ったろ?」


 辰也はマッスルポーズをして、腕の筋肉を盛り上がらせる。

 そう言えばそうだっけ、と去年の記憶を巡らせると、そんな事を言っていた記憶を見つけた。しかし俺は首をかしげる。


「そんな部、パンフレットにあったっけ」

「あぁ、それね」


 それからしばらく、辰也の説明をぼんやりと聞いた。


 大体の説明を要約すると、こうだ。

 この学校では『部』の他に『同好会』というものがあるらしく、部員が二人以下だと同好会として扱われるとのことだった。

 それなら部員が三人以上になったらどうなるんだ? と聞いてみたところ、申請がない限りは同好会として扱われるらしい。

 そこら辺の部と同窓会の違いの規則は割と適当で、生徒会に裁量を任されているらしい。


 そして同好会の扱いの大半は普通の部と同じだが、部室が与えられないらしく、厳密には部ではないからなのか、こういったパンフレットや校内新聞に乗ることはないらしい。

 そんな小さな部がいくつかあると、辰也は丁寧に教えてくれた。


「去年の部活紹介の時にも説明あったけど……お前、意外と話聞いてないよな?」

「まさか。ちょっと忘れっぽいだけだよ」


 辰也が怪訝な目で見てくるが、肩を竦めて返す。

 夏以外の季節は流れる時間が早すぎるから、本当にちょっと忘れっぽいだけだ。

 話を聞いていないってことはないと思う。

 多分。


「あ、そうだ。お前も来るか!? 筋トレ部! 歓迎するぞ!」

「……それは遠慮しとくよ」


 辰也に筋トレ部に誘われたが断った。

 暑苦しいのは、どうにも夏を想起させるせいで苦手だ。

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