第3話 我が家の家庭事情
さて。
入る部活を探す前に、俺には一つ問題があった。
家事である。
家の家事は全て俺が行っている。
食事の支度に食器洗いに洗濯、アイロンかけ、風呂洗い、掃除、エトセトラエトセトラ。
部活を始めたら、必然的に帰りが遅くなる。
それでは夕飯をどうするのか。
それを妹の小百合(さゆり)に相談する必要があった。
いつも通り、キッチンで妹と二人でテーブルを囲む。
今日の夕食は白米に大根の味噌汁、生姜焼きとサラダと付け合わせのひじきだ。
馬場に引き止められて帰ってくるのが結構遅くなったから、サラダとひじきはお惣菜で、それ以外は急いで作ったものだった。
「小百合。俺、部活に入ろうと思うんだけど」
静寂が支配していた食卓で、妹に話を切り出す。
別に、兄妹関係は悪くはない。……はずだ。
単に喋ることがないだけだ。……多分。
小百合は小さな頭を動かして、まだ幼さが残るクリリとした目で俺を捉えた。
肩まで伸びた、サラサラとした黒髪が揺れる。
ちゃんと血が通っているのか不安になるほどに白い肌はいつも通りだが、その表情はいつもとは違ってどこか嬉しそうに見えた。
「いいと思うよ」
急な話だというのに、小百合は肯定の意を示して微笑んだ。
こうもあっさり頷かれるとは思っていなかっただけに、俺は驚いた。
「ん、そっか。じゃあ夕飯はどうするか。帰ってくるの遅くなったら困るだろ」
「じゃ、じゃあ、私が作る。いままでお兄に任せっきりだったから、いい機会」
そう言って小百合は胸の前で握りこぶしを作った。
それはなんだったか、確か漫画だったかアニメ発祥のポーズだった気がする。
そういうの見るんだ、と妹の意外な一面を垣間見た。
まぁ、それはともかくとして。
小百合が作る、と言ってくれたのは兄として嬉しかった。
妹の為に全ての家事を俺が行っていたが、少しくらいは任せてもいいのかもしれない。
小百合ももう中学二年生だ。
料理くらいはできた方が良いだろう。
その方がモテたり、将来的に有利だ。
男を連れてきたとしても俺は許さないがな。
だけど心配なこともある。
小百合の料理の腕は、たまに俺の夕飯作りを手伝ってくれるくらいだ。
全然できないってことはないだろうが、ちゃんと作れるか不安だった。
「頑張る。だから、お兄は楽しんで」
心配が顔に出ていたのだろうか。
小百合は俺の顔を見て、励ますような微笑みを浮かべた。
妹からそう言われてしまったならば、任せるしかないだろう。
俺も笑い返して、小百合に夕飯を任せてみることにした。
『まぁ、その。せっかくの学生生活なんだし楽しんでさ───』
しかし、妹の口にした言葉が脳裏で引っかかる。
今日、馬場も同じことを言っていた。
まさかどこかで口裏合わせでもしていたのだろうか。
いや、あり得ないだろう、と首を横に振る。
『楽しんで』。
その言葉に、首をかしげる。
さて、それはどういうことなんだろう。
言葉の意味について考えてみても、その答えは出なかった。
俺はただ、馬場にこれ以上関わりたくないから部活を探して入部するだけだ。
どうして『楽しんで』なんて言うのか、俺にはわからなかった。
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