第15話 クリス、決着をつける




 時は遡り、試合から数日前。



「ケイネスの力のカラクリ……ですか?」



 訓練中、魔王さんが、いきなり話し出した。



「ああ、最初に戦った時と、学院で会った時の反応で、おおかたの予想がついた」


「……いやいや、人の個能ユニークの条件なんて、そんな簡単にわかるわけないじゃないですか」



 個能ユニークの特性は、人によって異なる。

 似たような能力でも、発動条件も、できることも、全然違うこともあって、本人に聞くでもしないと、人の個能ユニークの条件なんてわかるはずもない。



「我を誰だと思っている。一度戦った相手の技など、大体の察しはつく」


「……魔王さんが言うと、なんだか説得力がありますね」



 この人なら、本当に理解していてもおかしくない……そう思わせるオーラがあるんだよなぁ。



「それで、ケイネスの能力の条件って、なんですか?」


「それはな――」




          *




「クリス……もしかして、私の能力について何か知っているのかぃ?」



 目の前のケイネスは、苛立った様子でボクに尋ねてくる。

 正直、ちょっと怖いけど、魔王さんを見習って、戯けてみせる。



「さぁ? それくらい、戦っていればわかるんじゃないかな?」


「……っ! ……ケヒッ、いいだろう。けど、そんなに長持ちしてくれるかなぁ!?」



 額に青筋を浮かべ、ケイネスがゲートにナイフを投げ入れる。


 ――やつの能力は、移動先のゲートを目視する必要がある。つまり、視線を追えば、自ずと攻撃がくる方向がわかるのだ。


 魔王さんの言葉を思い返し、ケイネスの視線を追う。

 ケイネスの視線は、ボクの足元を見ている……!



「フッ!」


「……やっぱり、気付いてるようだねぇ」



 魔王さんとの特訓のおかげで、反射神経も鍛えられている。

 しかも、視線を追ってから避けている分、一瞬早く動ける!



(よし、これならいける!)


「君ぃ、調子に乗ってるんじゃないよぉ!!」



 続くナイフの嵐を避けながら、攻撃の隙を窺う。



「くそっ! なんでだっ! なんで当たらなぃ!!」


(やっぱりだ……、ボクの体に、直接ゲートを出せばいいのに、壁や床からしかナイフが出てこない!)



 魔王さんから言われた、もう一つの条件通りだ。


 ――そして、やつは壁や地面のような、一定の範囲を持った無機物からしか、ゲートを開けない。だからこそ、接触した2回とも、人が多い場所では、戦闘を避けていたんだ。


 攻撃を避けながら、息切れを起こしたケイネスを見て、一気に走り出す。



「はぁぁぁぁぁぁ!!」


「ぐっ!?」


「セイッ! ヤァッ! えぇい!!」



 ケイネスに能力を発動させる隙を与えず、連続で斬りかかる。

 ケイネスは、ナイフでボクの剣をなんとか捌いているけど……焦っている状態じゃ、ボクの剣捌きの方が上だよ!



「とりゃぁぁぁぁ!!」


「グゥゥ!?」



 最後の剣の振り上げが、ケイネスの頬を斬り裂く。



「【入り口と出口ワームホール・ジャンピング】ッ!!」



 よろけながらも、ゲートを開いたケイネスは、また移動をしてしまう。



「はぁ……はぁ……っ!!」



 振り返ってみると、少し離れたところに、頬から血を流し、こちらを鬼のような形相で睨むケイネスが立っていた。



「クリスぅ……クリスゥゥ!!」


(今、ケイネスは怒りで我を忘れている……、それなら、一気に決めるっ!!)



 剣を構え、ケイネスの元へ走り出す。

 ケイネスは、ブツブツとなにかを呟いていて、こちらを見ていない……チャンスだ!



「これでトドメだぁぁぁ!!」


「――ケヒッ」



 ボクの剣が届く直前、ケイネスの姿が消える。



(しまった……! わざと顔を下げて、視線を読まれないように――)


「ケヒャァ!!」


「――うぐっ!?」



 後頭部に、鈍い衝撃が響く。

 後ろに回ったケイネスが、殴りかかってきたんだろう。



「マズっ――!」


「私の能力の真価、見せてあげるよぉぉ!!」



 よろけて地面に倒れそうになり、足に踏ん張りを効かせようとした瞬間、体が落ちる感覚が来た。



「くっ!!」



 マズいマズいマズいっ!!

 警戒していたはずなのに、最後の最後で油断しちゃった!!



「オラっ!!」


「グッ……!!」



 地面から、『地上に』落下したボクのみぞおちに、ケイネスの蹴りが決まる。

 吹き飛び、地面に接触する瞬間、再びゲートに飲み込まれる。



「まだまだぁぁ!!」


「ウッ……! ァガ……!!」



 壁、地面と、殴られて吹き飛ぶたびに、別の場所に出されては、また殴られ……。

 鈍い痛みが、全身に走る。



「コイツで……おしまいだよぉ!!」


「ぅあぁぁぁぁぁぁ!!」



 ゲートから飛び出た勢いを利用し、ボクの背中に、強烈な蹴りを当てるケイネス。

 ボクの体には抵抗する力もなく、吹き飛ばされ、地面を転がされてしまう。



「あぐ……うぅ……」



 痛い……これ、絶対アザだらけになってるやつだ……。



「ケヒッ、ケヒャヒャヒャ! どうしたぁ? さっきまでの元気がないじゃないかぁ!!」



 ボクが痛みで立てないのを見て、下卑た笑いをあげるケイネス。

 その手には、ナイフが握られていた。



「まぁ、Cクラスのゴミにしては、楽しませてくれたじゃないかぁ? そのご褒美として、楽に終わらせてあげるよぉ」


「ケイネスー! いいぞ! トドメを刺しちまえぇ!」


「Cクラスに見せつけてやれぇ!」



 観客席も、ケイネスの勝利を確信して、笑い声まで聞こえてくる。



(やっぱり……ボクじゃ、無理なんだ……)



 魔王さんとのアドバイスと特訓のおかげで、勝てるかもしれない……そんな妄想を抱いていたけど、ボクなんかが、Aクラスに勝てるわけなかったんだ……。

 ボクみたいな、弱い人間じゃ……。



「全く……弱い人間は、私の暇つぶしとして、遊ばれていればいいものを……」


「…………」


「……君を片付けた後は、あの忌々しい自称魔王くんも片付けなくてはねぇ」



 ケイネスの発言を聞き、思わず顔を上げる。



「魔王さんを……?」


「んん? あぁ……そうだ、この戦いが終わった後にでも、何人か集めてリンチにしてやろうかねぇ? ケヒッ」


「……っ!」



 ボクの顔を見て、意地の悪い笑顔で告げるケイネス。



「どうだい? 自分が巻き込んだせいで、大切な自称魔王くんが傷つく姿……想像しただけで面白いだろぉ!?」


「……魔王さんには、手を、出さないで……」


「あぁ? 君ごときが、私に指図するなと……何度言えばわかるんだよぉ!!」



 


 そうだ、ボクが、ここまで戦えるようになっただけで、満足するべきじゃないか……。

 ボクなんかじゃ……、ボクなんかじゃ、勝てるわけ――



「クリスよ!! いつまで寝ているつもりだ!!!!」


(っ! この声は――)



 聞き間違えるはずもない。

 少し顔をあげ、観客席を見ると、魔王さんが立ち上がり、ボクの方を見ていた。



「貴様は、我の臣下であろう!! 立って戦うのだ!!」



 そんなこと言っても、もう、痛みで体を動かすのも辛いのに……。



「我の、第1の臣下、クリスよ!! 貴様に、最初の命令を言い渡すっ!!」



 最初の……?

 ああ、そういえば、魔王さんは、ボクに一度も命令したこと、ないんだっけ。


 魔王さんの顔を見ると、その眼は、一切の迷いがない、真っ直ぐな瞳をしていた。



「勝って、我らの……いや、『貴様』の意地を見せてみよ!!」



 ボクの……意地、か。



「ぐっ、うぁぁぁぁぁ!!」



 痛む体に鞭を打って、体を持ち上げ、立ち上がる。

 めちゃくちゃ痛いし、もう今ので限界、って感じだけど、剣を握る力が、強まる。



「なっ、まだ、立ち上がる元気があるのかい……」



 ケイネスも、完全に痛めつけたと思ったボクが立ち上がったことで、驚いた、というより、呆れた表情になる。



「ははっ……ボク自身が、1番驚いてるよ……。まだ、立ち上がれたんだね」


「……だけど、そんなフラフラの状態で、何ができるって言うんだい? ちょっと押しただけでも倒れそうじゃないかぁ」



 たしかに、今は、ちょっと強い風が吹いただけでも、立っていられる自信がない。けど――



「――けど、君に勝つことは、できるかもよ?」


「……あ、そ。じゃあ、さよなら」



 ケイネスは、冷ややかな目を向け、足元のゲートに、ナイフを投げ入れる。



「…………フッ!」


「なっ……!?」



 ボクの足元にゲートが現れた瞬間、一気に駆け出す。



「チィ! まだそんな元気があったのか! 【入り口と出口ワームホール・ジャンピング】ッ!!」



 1本、2本、3本と……走るボクを止めるため、次々とゲートにナイフを投げ入れるケイネス。



「っ! フッ! くっ!!」



 次々と飛び交うナイフを避けながらも、走る足は止めない。

 怖い……怖い……。



「くそっ! くそっ!! なぜだっ! なぜ、今さら足掻くんだぁ!!」



 もはや、ケイネスは怒りよりも、恐れているかのような表情でナイフを投げ続ける。

 ゲートを通すことも忘れ、直接ボクを狙ってくる……。

 怖い、怖い……怖い、けどっ!!



「【勇気ブレイブ】ッ!!」



 恐怖でいっぱいだった頭が、真っ白になる。

 体の震えは収まり、剣を握る力が、さらに強まる。



(もう、避けないっ!!)



 残りの数メートル、躊躇ってしまったら、また避けられてしまう……。

 ナイフが体を掠め、血が滲むけど、関係ないっ!



「ヒィッ! く、来るな! 来るなぁぁぁぁ!!」


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ケイネスは、私の鬼気迫る顔を見て、怯えきった表情になり、能力を使うのも忘れて、後ずさる。

 けど――もう、後ろには壁しかないよっ!



「や、やめ――」


「――流星斬りゅうせいざん!!!」



 魔王さんに教わった、剣の型。

 最強の剣士が使っていた、基本の型。


 流れるように、大きく踏み込んで、相手を切り上げる……最速の剣を、ケイネスを叩き込む。



「アッ……ガッ……!!?」



 最速の剣を、モロに喰らってしまったケイネスは、白目を剥き、その場に倒れ込んでしまう。



「ハァ……ハァ……」



 演習場が、静寂に包まれる。


 しかし、その静寂も長くは続かなかった。



「実況よ! 勝者宣言をするのだっ!」


『え、あ……はい! しょ、勝者!! クリス選手ぅぅぅ!!!! あと、両者重症ですので、担架を早くっ!!』



 魔王さんの言葉で、状況を飲み込んだ実況の宣言が、演習場にこだまする。



「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!? か、勝ちやがったぁぁぁぁぁ!!?」


「あのケイネスが、負けちまったのかぁぁ!?」


「すげぇ! すげぇぞ! クリスちゃぁぁぁん!!!」



 観客たちも、遅れて、拍手と歓声が湧き上がる。



(勝った……勝ったんだ……ね……)



 立っているのがやっとだった体に、鞭を打った代償がきたのか、体の痛みが一気に襲いかかり、その場に倒れ込みそうに――



「――おっと、大丈夫か?」


「あ……魔王さん……」



 倒れそうになった体は、いつの間にか、観客席から現れた魔王さんの腕に支えられていた。


 魔王さんの顔は、力強いけど、いつものギラついたものではなく、なんだか温かい雰囲気になっていた。



「へへ……勝ちましたよ、魔王さん……」


「ああ……よくやったな、クリス」



 なんだか、疲れちゃった……。

 瞼が重い……まあ、魔王さんがいるし、大丈夫……か…………。





「おい、我によしかかったまま寝るな…………まあ、今だけは、許してやるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

復活魔王と臆病勇者のチート学園サバイバル〜我ら2人なら、最強です〜 大塚セツナ @towatowa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ