番外編-2 第52話の後 [良き母親]

「ぱぱぁ......ままぁ........。(震え声)」


私は今日、貧民街の路地裏で蹲って泣いている少女を拾った。

少女の身体には、いたるところに打撲や切り傷の跡がついていてとても痛々しく見える。

どうして拾ったのかって?


[その子が可哀そうに見えたから?]

[その子を売り飛ばして金を手に入れるため?]

[その子に才能があったから?]

[その子が可愛かったから?]


いいや、残念ながらその全てが違う、ただ.....。


[この子が、私の昔の雰囲気と重なったからだ。]


泣いている少女に、私は若返った身体で抱きしめて、優しく背中をさすり頭を撫でてあげる。

見た目はこんなだが、いい歳こいたおっさんが、こんな事をするのは何処か犯罪臭がするし、この少女に罪悪感を覚えたが、今はこうやって優しく抱きしめて頭を撫でてあげることが、この少女が本当に必要としている事なのだとその時感じたのだ。


「辛かったなぁ.......。今までよく頑張った。」


泣き叫ぶ少女の頭を撫でながら、晴天の空の下で私は上を見上げて、母親の事を思い出す。


(俺も、嫌な事、辛い事、苦しい事があった時、母親がよくこうやって慰めてくれたなぁ。)


もう二度と味わう事の出来ない母親との思い出にふけりながら、俺は泣いている少女を見て、これからどうしようかと考える。


「なぁ......おじさんと来るか?」

「......うん。」


この子を一人にはしておけなくて、ついそんな軽率提案をしまう。

頷く少女をおんぶし、ゆっくりとした足取りで貧民街を抜ける。


(はぁ.....とことん酷いやつらだなぁ。)


異世界に召喚した子供を魔物や魔族と戦わせたあげくに、その子供が使えないと分かれば、どうせ子供だから何も出来ないし深く考えられないからと、こんな貧民街に捨て去る。

右も左も分からない子供達にとって、それは死刑宣告と変わりない。

王国のやつらは、とんでもない事をする奴らばかりだ。


(まぁ俺のように子供が人体実験にかけられないだけ、ましなのかもしれないけど......。)


「それにしても......酷いことをする。」

「おじちゃん.......。」


私の背中におぶられながら、少女は私の服を強く握り締め、私の事をおじちゃんと呼びながら、不安そうな顔をして質問する。


「どうしたんだ?」

「どうして助けてくれるの?」


不安な顔をしながらも不思議そうに聞く少女に、私は立ち止まり後ろを振り返ると笑顔で、


「そうだなぁ、泣いている君が.......昔の私と重なったからかもしれない。」

「それになぁ、私は今......同胞を探しているんだよ。」

「どうほう?」

「あ~.....そうだなぁ日本人!同じ日本人を探しているんだ。」


どういう事か良く分からなかった少女は、首を傾げながら私の背中に顔をうずめ顔を横に振っている。


「あはは、まだ難しかったかぁ......。」


貧民街の子供や大人達が、そんな私達を見ながら睨みつけている。

きっと彼らは、この私がおぶっている少女に対して私がこれから行うであろう行動を非難しているのだろう。

私は別に、この少女に対して、施しを与えるわけでも憐れんでいるわけでもない。


(ただ......なんだろうか、言葉にできないものがあったのだ。)

(まぁ、そんな事を言っても彼らには、私の行動が不愉快で気持ち悪い物に見えてしまうだろう。)


「はは....寝てしまったか。」


泣き疲れて寝てしまった少女を、おぶりながらゆっくりとした足取りで貧民街を出る。彼らの目は冷ややかで、今にも私に飛び掛かって来そうな視線は、いつまで経っても慣れることは無い。

それもそうだろう、助けてと言っても助けてもらえることなんてない。ここは、そんな場所なのだ。

食糧を買おうものなら盗人呼ばわりされ、高価の物を持っていれば、盗んだと言われて殴られ殺される。

食料だって毎日が奪いあいで、助け合いや施しをしようものならここでは、自殺行為だ。

仕事だってまともな職に就けない。雇う側も貧民街出身の人間を雇ってしまえば、店が潰れてしまうからだ。

汚い人間、盗人、人殺し、臭い奴、職無し、ゴミ漁り.......。

そんな暴言を浴びせ続けられて育った人間達の集まり。

彼らも本当はこんな事なんてしたくないだろう........。

なんて事を考えてしまう。

これは、私の"身勝手"な思い込みにすぎないのかもしれないのだけれど。


そんな場所に来た理由は、同じ日本人がいる情報を得たので、探すためだけのはずだったのだが、こんな事になるなんて思いもしなかった。


「まさか私が、子育てをする父親になるなんてな。」


人生何が起こるか分からない。それでも、言ったことを覆したり、無責任な事はしたくない。

拾ってしまったのは、仕方のない事だし、この少女を一人にするには、あまりにも精神が不安定で.......酷い事をされすぎた。


"ただ私達は......ゲームを遊んでいただけなのに。"


急に変な場所に連れて来られ、貴族や王族に好奇な目で見物され、無理矢理戦場に送り込まれ、逃げようものなら人体実験されるか、こんな場所に捨てられて.......。

捨てられた先でも酷い扱いをされてきたのだろう。

こんな小さな子供に、小さな打撲や切り傷が身体中にある。


ふとこんな事を考えてしまう。

昔やったドット絵のゲーム、自身が勇者になり、モンスターや魔王という悪い敵を倒し英雄となってゲームがクリアされる。

そんなよくあるストーリーの、よくあるゲームで、私たち人間が行ってきたNPCに対する非道な行為が今現実となって、私達に返って来ているだけなのではないかって。


「はは....そんなわけがないのにな。」


最近は、こんな変な事ばかり考えてしまう。

今借りている家に辿り着いた私は、取り敢えず少女をベッドの上に寝かせる。


「なに!?どうしたのよその子!」


暗い顔をしながら、ベッドの上で少女を寝かせる私を見て、急いでやってきて胸倉を掴んだ女性は、


「何したの!子供を攫うのは犯罪よ!?」


と言い、私を大声で怒鳴る。


「ち、違う、違う。誤解しないでくれ。(慌てた声)」

「う....うぅん.....うぅ。パパぁ.......。」

「......静かに話そう。ちゃんと説明するから。(小声)」


そう言いながら、彼女を宥めて今日1日あったことを説明する。


「へぇ、じゃぁその子も私達と同じ日本人なんだ。」

「そうなんだよ。」

「それで?その子.....施設に送るの?」


そう聞く彼女に、私は首を横に振って、


「育てようと思うんだ。父親になって.......。」

「それ本気?自分がどれだけ無責任な事言ってるの分かってる?」


と胸倉を掴みながら真剣な顔で私を見つめる。


「あぁ、自分がどれだけ無責任で愚かなことを言っているのか分かっている。」

「でも、この子は私が育てようと思うんだ。」

「それじゃぁ、聞くけど。これから先、何十人......何百人とこの子と同じような子が見つかった時、全部同じことをするつもり?」


彼女は呆れた顔をしながら私を掴んでいた胸倉を付き離して、私はそのままベッドの上に座る。


「はぁ......分かっている。そういうのは、無理だって事も。」

「だから、これが最初で最後にするつもりだ。」

「他の子達は、悪いが.......君の提案の通りに施設に送るつもりでいる。」

「他の子達、じゃなくてその子もよ?」


厳しく言ってくる彼女に、私は首を横に振る。


「もう、この子と約束してしまったんだ。だから、無責任な事は出来ない。」


俯いていう私に、彼女は私の横に座り、


「子育てって難しいの分かってる?」

「それにあなた....実際の年齢が見た目よりも高いとはいえ、まだ若いのよ?」


と言ってよく考えなさいと諭してくる。

彼女の言っていることは正しいし、間違ってはいない。

彼女は小学校の教師をしていた経験があり、子育ての大変さを誰よりもよく知っている......。だからこれほど無責任な私の言動が許せないのだろう。


「たのむ.......。」


俯きながら言う私に、彼女はこれ以上何も言わないわ。と言って別の部屋に行ってしまった。


(多分、嫌われてしまったのだろう。)


「はぁ......すまない。(小声)」


自分の頭を抑えながら、自身の先ほどの言動に呆れて俯く。


(分かっているんだ。私じゃ、上手くできない事も。)

(分かっているんだ。これがこの子にとっても良い事では無いのかも知れないという事も。)

(全部....全部、分かってるんだ。)


俯いて静かに泣いている私に、戻って来た彼女はぎょっとした顔をしながら、持ってきた書類をテーブルの上に置き、私の横に座る。


「さっきは.....言い過ぎたわ。」

「でもね?分かってほしかったのよ?」

「あぁ.....分かってる。」

「だからね。私も協力する。これ以上は譲れないからね?」

「あぁ......ありがとう。」

「いいわよ。」

「これね。子育ての注意書き。」

「前々から施設に送るために、作ってたのよ。」

「あそこってほら......保育園の先生が2人いるとはいえ、あとは攻略を諦めて子育ての手伝いをすると推薦してくれた子育て初心者の社会人ばかりでしょ?」


そう言いながら疲れたような顔をした彼女は、書類を私に渡す。


「よく読んでおきなさい?」

「ありがとう.......。」

「いい?今度無責任な行動したら、殴り倒すからね?」

「あぁ.....分かってる。すまない。」


子育ての書類を受け取った私を見て、彼女は立ち上がるとそのまま、またねとだけ言って部屋を出て行った。

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