ー 52話

ブツ.....ブブ.....ブブ......ブツ...........ガタン。

カタカタカタカタ(歯車の周る音)


「あぁ....やっと繋がったか........。」

「ねぇおじさん......本当に大丈夫なの?」


不安そうな目で私を見ている彼女は、私の背中に隠れながら私が完成させた装置をじっと見つめている。


「あぁ......."魔法"と"科学"のゲホゴホ.........。」

「ちょっと、大丈夫なの?」


私は自分の口を咄嗟に手で覆い、手についてしまった血をそっと後ろに隠した後、ニコっと微笑んだ後、彼女に向かって頷く。


「ねぇ?ちょっと今なにを隠したのよ?」


と心配しながら言う彼女を余所よそに私はそのまま装置に近づくと、ペンを取り本を開ける。


「ねぇってば.......。」


彼女の呼びかけに私は振り返ってニコッと笑うと、そのまま本に書き始める。


[お久しぶりです、読者の皆さん。]

[そちらは、きっと私の事なんて忘れてしまっている事でしょう。]

[私が誰だか忘れてしまった方、私と今日初めて会った方へ私の事を少しだけ振り返りましょうか。]

[腕と足を悪くしたおじさん....いや、もうおじさんなんていう歳でもないかもしれませんが.......。]

[まぁそんな事は置いといて、異世界に召喚された人間です。]

[最悪な結末を回避してほしくて....それに後世に私たちの生きた証を残すため。]

[いろいろと本に書き記したり、魔法等を試して来たのですが.......。]

[それももう、難しくなってしまいました。]


ポタ.......ポタ.........(雫が垂れる音)

本に血が垂れて滲んでしまう。


「おじさん!」


近づこうとする彼女に手を前に出して制止し、本に向かってペンで書き続ける。


「おじさん.......。」


先ほどおじさんが手で何かを隠していたのが、それが口から出た血だったことを知って私は、自分の口元を抑えて涙を流し座り込む。


「もう辞めよう!おじさん......。」


おじさんがどうしてこんな事を続けているのかを知っている私は、おじさんのやっている事を止めたくても止めに行くことが出来ない。


「お願い、おじさん!」


ガタンカタンカタンカタカタカタ.....(歯車の周る音)

薄暗い部屋で装置に向かって必死になって書き続けるおじさんを見て、私は座り込んだまま見つめている事しかできなかった。


[皆さんに、お伝えしたい。]

[私と言う人間達がいた事、この歪んだ神が支配する世界の事ついて。]

[最悪の結末とは、なんなのかを。]

ガタンカタンカタン(歯車の音)

カランカラン(ペンの落ちる音)


「動け....私の腕....まだ最後まで書けていないだろ?」


震える手を握り締め、落ちてしまったペンを拾い、本に向かって書き続ける。


[私達は、VR機器を通し、異世界に召喚されて、この世界に閉じ込められログアウトが出来なくなった。]

[我々が召喚された理由は、怪物だとかいうやつを倒しこの世界に住む人々に平穏をもたらすことを目的とされており、いわゆるよくあるゲームのRPGな世界観を設定としたものだった。]

[右も左も分からぬまま召喚され、貴族や王族やらに見世物にされ、言う事のきかない人間は、地下牢に連れて行かれ人体実験の材料にされた。]

[何故この世界の人間は、怪物を倒すために召喚された人間を、動物園のように見世物にし、あまつさえ我々をためらいもなく人体実験の材料に出来たと思う?]

[おかしいじゃないか?この世界を救うために召喚させされた、いわば貴重な兵士だぞ?]

[そして私は、その国から逃げ出した後、この世界について知ったのだが。]

[どうやら我々がここに召喚された本当の理由は、この世界の創造主の退屈凌ぎに過ぎなかったのだよ。]

[創造主歪んだ神は、この世界の平和を望んでいなかった。]

[ただたんに、私達を駒にして魔族や魔物と争わせ、戦わせ.......。]

[それを見て楽しんでいただけなのだ。]

[これが私と言う人間達がいた事、この歪んだ神が支配する世界の事ついてだ。]

[次に、最悪の結末につい

カタンカラカラン(ペンの落ちる音)


「ッグ......はぁ........はぁ..........。」

「おじさん!もう辞めよう!」

「これ以上は無理よ!」


胸を押さえつけ倒れ込んだおじさんは、大きく深呼吸をし、ペンを握り締め立ち上がる。


「もういいでしょ?」

「私達は、今この世界のこの時代で幸せに暮らせてるんだから!」

「なんで.......どうして!」


必死に呼びかける私の声を無視して、おじさんは震える腕で文字を書いていく。


[勇者の誕生。]

[4人の大祭。]

[天界へ続く塔。]

[世界の木。]

[天界のしんこう。]

[地球の.........。]


「ふぅ......はぁ.......はぁ........はぁ.......。」


ガタンカタンカタンガタン(歯車が止まる音)

カランカラン(ペンの落ちる音)


装置が止まり、ペンを落として倒れ込んだおじさんは、そのまま胸を強く抑えて過呼吸を繰り返す。私はおじさんの方に急いで駆け寄って涙を流す。


「ねぇ.....。これが本当にやりたかったことなの?」

「おじさんが望んでいた事なの?」


その言葉を聞いたおじさんは、ニコッと笑い無言のまま頷く。


「バカだよ.......。おじさん......こんなの酷い。」

「おじさんだけじゃない。」

「皆.....皆、諦めたんだよ?」

「だからこの世界で幸せを見つけようって、それを提案したのが、おじさんなのに。」

「だからだよ......。だから、おじさんは責任を取らないといけなかったんだ。」


胸を抑えたまま、倒れた身体を起こし装置にもたれかかった状態で座る。


「私はね、君たちに元の世界の事を忘れなさいと言った。」

「そして、出来もしない元の世界に帰るという"夢"を諦めてここで幸せに暮らしなさいと言った。」

「ある者は武術や魔法を極め、ある者はこの世界を旅し、あるものは研究で成功し、ある者は家庭を作った。」

「皆......私の言った通りに、各々で自身の"夢"を勝ち取った。」

「ゲホゴホ......でも、それは君たちが本当に望んだ事じゃなかっただろう?」

「私は知っている......。」

「ある者は家庭を作ったが、元の世界の家族を思い出し夜な夜な酒を飲んで泣いていることを、ある者は研究で成功したが、それは元の世界に帰るための魔法の副産物に過ぎなかった事を、ある者は武術と魔法を極めたが、それは怪物に挑むための準備をしていたことを、ある者は世界を旅し記録に残したが、それは私と言う人間がいたことを生きた証を世の中に広めたかったという事を。」

「はぁ.....はぁ.........彼らの"物語"は、私が無理矢理歪めて幸せを当てはめてあげたにすぎないのだよ。」

「そんな事........ない。自分達が......私達が決めた事よ!」


涙を流しながら不満そうな顔をする彼女の頭にそっと手をやり撫でてあげる。


「君は.....出会った時は、確か小学生くらいだったよなぁ。ゲホゴホ.......。」

「本当ならまだ親が恋しい時期だっただろう?」

「私は、君の親代わりになったつもりでいろいろ.......。」

「でもなぁ"本当の親"には、なれていなかったと思う。」

「そんな事ない!」


ぎゅっと抱きしめる彼女の頭を撫でながら上を見上げ目を瞑る。


「そうかぁ......。嘘でも嬉しいものだなぁ........。」

「嘘じゃないわよ。」

「ハハハ.......ゲホゴホ。」


(私は知っているんだよ。君が夜な夜な泣いていたことを......。)

(寝言でパパとママを呼んでいたことを.......。)

(そして、私の事は絶対にお父さんと呼んでくれない事を......。)

(私はその度に、彼女に元の世界の事を忘れなさいと言ったあの呪いのような言葉を思い出しては、胸が苦しくなった。)

(これは、私の責任だ。)


「ゲホゴホ.......。」

「もう書かないから上に行こう。」

「肩を貸してもらえるかい?」

「......うん。」


彼女は、涙を拭ってから私をゆっくり起き上がらせて、遅い足取りの私に合わせてゆっくりと一歩ずつ一歩ずつ歩んでくれる。


「娘にこんなに優しくしてもらえてうれしいなぁ.....。」


冗談で苦笑いしながら言った私の言葉に、彼女はニコッと笑って、


「お父さん......。私はね、とっても幸せだったよ。(小声)」


と言ってくれる。

初めて言ってくれた"お父さん"と言う言葉に、一歩一歩進む度に、私の目からは涙が溢れて地面に落ちていく。


「ハハ、長生きしてみるものだなぁ......。(震え声)」


階段を上がりきり、外の明るい光が私を照らした時、元の世界の情景が目の前に映る。


「母さん?」

「あら、どうしたの?涙なんて流して。」

「会社で嫌な事でもあったの?」


(何十年ぶりの懐かしい声だろうか?)

あの世界に召喚され、元の世界に年老いた母親を残し、この世界に閉じ込められ。


「ハハ、そんなはずないよな。」

「おいで。」


俯いた私に向かって母親は、手を前に伸ばし私においでと言ってくれる。

急いで走りながら母親の元へ向かった私は、ぎゅっと母親を抱きしめて、涙を流す。


「そんなに泣いてぇ。あんなブラックな会社なんて辞めなさい?」

「母さん、あなたが健康でいてくれるだけでいいんだから。」


優しく頭を撫でてくれる母親。

(あぁ、誰よりも元の世界に帰りたかったのは、私自身だったのか。)


「お父さん!お父さん!」


何処かで"娘"の声が聞こえてくる。

(あぁ、あの子には何もしてやれなかったなぁ.......。)

(ごめんなぁ......こんなダメな父親で.......ごめんなぁ。)


冷たくなっていくおじさんは、私の腕の中に抱かれたままそのまま息を引き取った。


「こんなのってないよ.......。(震え声)」

「やっとお父さんって言えたんだよ?」

「何度も何度も練習して......だから目を覚ましてよ。」

「一人にしないで.....。」

「私をこんな世界に置いて行かないでよ。」


涙を流しながらそう問いかけても、おじさんからの返事は返って来ない。

おじさんの上にあったHPの表示は消え、彼が死んでしまった人間である事を教えてくれる。


「ねぇ.......お父さん、私は本当に幸せだったよ。」


最後に父親に向かってそう伝え、涙を拭って空を見上げる。


「絶対に許さないから。こんなの.....絶対に許さないから!(大声)」


大声でそらに向かってそう叫び、おじさんをゆっくりと持ち上げ、部屋に入りおじさんのベッドの上に寝転ばせる。

おじさんの部屋の中は、沢山の書物と紙が床一面に散らばっていた。

「本当.....お父さんは、掃除しないんだから。(震え声)」


Name:おじさん

種族:"人間"

職業:研究者

(死亡)


Name:表示不可

種族:表示不可

職業:表示不可

Level:表示不可

Skill:表示不可

称号:召喚者

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