君だけが虹色の夏、最後に描いた風の色は。

6

　彼女がくずれかけた石段をのぼり、その天辺（てっぺん）にたどり着いたのを見届けてから、僕も伏見稲荷（ふしみいなり）の連続した真っ■な鳥居をくぐった。

　頂上までのぼると、視界が開ける。

　小さな■い社（やしろ）の横に、彼女は立っていた。

　その後ろ姿に、思わず息を飲んだ。

　夏の青（・）空を真っ正面にとらえ、■色の太陽の光を浴びて、眼前に広がる街の都市景（としけい）を見下ろす彼女。

　彼女がまとう儚げな雰囲気が真っ青な空よりも清涼（せいりょう）に映えて、つややかな黒いショートヘアーがそよ風に揺れている。

　その後ろ姿は、夏の化身のようで、そして微（かす）かに憂（うれ）いの色を帯びていた。

　風が止み、静寂が訪れる。彼女がゆっくりと口を開くのが、背中越しにはっきりと伝わった。

　「――私が死んでも、夏は来る」

　青空にぽつりと放たれたその声は、震えていた。

　「――ならいっそ、夏なんて、吹き飛んじゃえば良いんだ。こんな季節、なくなっちゃえば良いのに」

　夏が吹き飛べばいい？　どうして、そんな言葉を。

　僕は思わず後ずさりする。枯葉をじゃぐり、と踏む乾いた音が、周囲に響きわたった。

　「…………だれ？」

　ゆっくりと振り向いた彼女は、不思議な微笑をたたえていた。

　瞳はぱっちりとしているけど、どこか眠そうなまぶた。

　整った顔立ちの中で、彼女の目はひときわ印象的で、透き通っていた。まるで、心の中まで見透かされたような不思議な感覚をふたたびおぼえた。

　彼女は、その美しい瞳で、微笑を浮かべたまま、静かに泣いていた。

　彼女の片目から、涙がこぼれようとしていた。

　つぅ、と一筋、雫（しずく）が頬を伝い落ちる。

　ああ、儚い。

　思わずそんな古めかしい言葉が出そうだった。彼女は今にも心臓の鼓動が弱まって止まって、そのまま存在ごと消えてしまうんじゃないだろうか。それはふわりとした氷菓のひとかけらが氷削機からこぼれ落ちる瞬間のような、か弱さだった。

　そんな、夏の空気に溶けてしまいそうな涼しげな儚さを、僕は美しいと思った。

　「やっぱり。さっきから、誰かの視線を、感じてたんだ」

　彼女は悲しみとも喜びともつかない不思議な表情を浮かべたまま、非常に落ち着いた声音で語りかけた。

　「きみは、こんなところで、何をしているのかな？」

　それは、僕の疑問でもあった。

　彼女は眠そうな瞳で僕の顔を見つめる。

　僕と彼女との間に、一陣の涼風が吹き抜けた。