雫ぽたり

みかみ

およそ700文字

 いっそ、死んでしまおうか。


 傍らから聞こえた気がした。

 叫び声よりも大きく。しかし、吐息よりも小さい。


 ああ、そうか。

 これは、貴方の心の声なのだ。私はそれを、偶然に拾っただけなのだ。

 おそらくそれは、木の枝から一滴の雫が泉に落ちるほどの、小さな心の動きだったに違いない。それを思った貴方自身でさえ、気付いていないくらいの小さな。

 

 だがその一滴は、波紋へと姿を変え、貴方の心を揺れ動かし、確実に貴方の心をむしばんでいるのだ。


 一滴から生まれた波紋は、やがて岸までたどりつく。

 貴方の心が、少しずつ、死に浸食されてゆく。


 私はどうしようか。


 貴方の隣に居場所を与えられた私はどうしようか。


 貴方が死ぬと、私は悲しいのだろうか?


 否。悲しみを抱えながら、貴方が生きてゆく方が私は悲しい。


 ならば、貴方を癒せばよいのか?


 私に癒し方など分らない。だから貴方を癒せようはずがない。


 そもそも、貴方に必要なのは癒しではなく、救いなのだろう。


 ならば、貴方を救えるのは一体誰なのか。


 貴方が転生を待っているあの人なのか?


 否。転生などに期待はしないと、昔の貴方は言った。


 貴方の求めている救いとは、一体何なのか。


 貴方が最も幸福だったあの頃なのか?


 否。それこそが、貴方の心を蝕んでいる元凶ではないか。


 ならば――


 貴方を救う術は、ないのだろう。


 ぽたり。ぽたり。


 貴方の心の水面に雫が落ちる音が聞こえる。


 雫が落ちる度に、貴方の心が死に浸食されてゆく。


 貴方は死んでしまうのか?


 私も貴方も、死期が来ればいずれ死ぬ。


 ぽたり。ぽたり。ぽたり。


 死期を待たず、そんなにも貴方は逝きたいのか。


 私には止められぬ。


 ならばせめて――


 私もいっそ、死んでしまおうか。

 


~完~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雫ぽたり みかみ @mikamisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ