秋葉原ユーズド・ヘッド

佐藤ムニエル

 物覚えが悪くなり、目も霞むようになってきたので頭を替えることにした。

 最新式の物を買うほどの余裕はないので、秋葉原で中古品を探すことになった。

 秋葉原は久しぶりだ。今の頭を買ったのも、そういえば秋葉原だった。当時に比べると街は様変わりしていた。周りを見れば皆外国人。日本語が聞こえたかと思えば、丈の短いスカートを穿いた〈メイドさん〉が行く手を阻んでくる。そんな電気街の混雑を縫うように進み、どうにか裏通りへ入った。

 飲食店が増えているものの、その向こうには昔ながらのパーツショップが並んでいた。手頃な中古品がないかと巡ってみるが、どの店にもあるのは中古品とはいえ型の新しい物ばかり。私の身体に合いそうな物はなかった。

 中古品を探すのは経済的な理由も然る事ながら、身体との相性を考えての判断でもあった。少なくとも自分では「若者ではない」と自覚しているこの身に、最新鋭の機能を有する頭を載せたとしてその機能を余すことなく引き出せる自信がどうしても湧かなかった。それに、身体に負担が掛からぬとも言い切れない。

 店員に声を掛け、右の事情を説明すると、相手は「残念ですが」と首を振った。曰く、この一帯の店でも型の古い品物は取り扱っていないという。観光客に向けた品揃えをすると、どうしても新しい物しか並ばなくなるようだ。

 店員は頻りに謝ってくるが、何も店が悪いわけではない。買い物に来る観光客が悪いわけでもない。ただ世の中がそういう風に出来ているという話だけだ。しかし、こちらが困っているのも事実なので、失礼を承知で古い頭を売っている店を訊ねた。店員は快く一軒のパーツショップを紹介してくれた。

 教えてもらった場所は万世橋に近い、秋葉原の端のような場所だった。周囲の喧噪を背に小路へ入り、何度か曲がった先にその店はあった。

 店内は薄暗く、近くの高架を電車が通る度、切れかけの蛍光灯が明滅した。店内には棚が書庫のようにいくつも並び、そこに品物が置かれていた。整理されている様子はなく、ただ手当たり次第に置いているという感じだった。

 店の奥は一層薄暗くなっており、人が居るのかわからない。ようやく目が慣れかけたところでまたも電車が通り、明かりが消えた。

「何か」

 いきなり傍で声がした。左肩のすぐ後ろに老人の頭があった。

「何かお探し」

 抑揚のない老人の声から離れるように、私は身を翻した。それから、型の古い頭を探している旨を伝えた。

 口元を白髭で覆われた老人は、しばらく何も言わずにこちらをじっと見つめていた。ようやく、ほんのごくごく小さく頷いたかと思うと、サンダルを鳴らしながら隅の棚に行き、頭を一つ掴んで戻ってきた。

「これだ」

 差し出された頭を受け取り、ためつすがめつ確かめてみる。使用感が気になったので、他にはないかと訊いてみた。舌打ちの一つもされる覚悟だったが、老人はじっとこちらを見つめた後、またサンダルを鳴らして今度は別の棚の間へ入っていった。

 今度の頭は綺麗だった。しかし顔立ちが、何と言うか前時代的すぎた。

 我が儘ばかり言っているように思われるだろうが、あまり古い頭を載せるのにも抵抗があった。古い頭では古い考え方しかできない。それでは色々と厳しい今の世の中では、どんな所で支障を来すかわからない。

「それしかない」

 こちらの心を読んだように店主は言った。身体に合わない最新式を買うよりは、とこちらも腹を決めた。

 店の佇まいから勝手な決めつけをしていたが、意外にも手提げ袋は有料だった。頭が入る大きさの紙袋を三十三円で買って、それに品物を入れてもらった。

 小路を出て、高架に沿って駅へ戻る。信号待ちをしていると聞こえてくるのはやはり外国語ばかり。短いスカートの〈メイドさん〉には二度立ち塞がられた。

 この頭を載せて来たなら、と紙袋を見下ろしながら考える。

 私はこの街を秋葉原だと認識できるのだろうか。




〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋葉原ユーズド・ヘッド 佐藤ムニエル @ts0821

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ