第9話 死ぬな!

 美冬さんが入ってきた時点で、あらかた掃除は済んでいた。久しぶりに全力を出したから、ちょっと加減を間違えたかもしれない。


 一息吐いて、情報を共有しておく。


「こいつら、倒すと爆発するから気をつけて」


「コアを急冷すれば爆発しない。とかはないですかね」


「ありえる。けど、だいたいの敵が中距離から機銃掃射してくるから、美冬さんはエリーの護衛がいいと思う」


「わかりました」


 俺は機動力があるから、機関銃と爆発を回避しきれるが、普通の冒険者からしたらクソコンボだ。攻撃をかいくぐって接近しても、倒した後の爆発で負傷させられる。

 これで雑魚なんだから、《禁忌》の名を冠するにふさわしい。


 美冬さんは右の手首に巻いたミサンガを、そっと指で撫でる。


「その子の使い方はわかりそう?」


「いえ。でも、私を守ってくれる気がするんです」


「それは頼もしいね」


 雑談をしているあいだに、十分が経過した。エリーが入ってくる時間だ。


「さて、どうなるかな」


「なにもないのが、一番ですけど」


 遠くからは相変わらず、鐘の音が聞こえる。だが、今回はそれだけじゃない。

 ゴウン……ゴウン……ゴゴゴゴ

 地鳴りがして、地面が大きく揺れる。激しい振動だ。ダンジョン全体が縦に揺れている。


 金属でできた街が隆起する。中心が高く、険しくなり、煙の匂いが薄まっていく。空が暗くなり、代わりに強い照明があたりを照らした。


「来たわよ!」


 エリーが現れて、周囲を見渡す。俺たちを確認して、その後に自分が入ったダンジョンの状況を把握。


「二人とも無事でよかった……けど、こんな見た目じゃなかったような……。入るダンジョン、合ってるのよね」


 美冬さんと目を合わせる。


「黒だ」


「黒ですね」


「囲め!」


「はい!」


 俺は正面から、美冬さんが背後から、それぞれ武器を構えてエリーの逃げ場を奪う。


 一瞬の出来事に、金髪の少女は困惑を隠せない。激しく首を動かして、俺たちのことを交互に見る。


「え、え、急になによ。ドッキリ⁉ もう配信回ってるの?」


「そこでドッキリの発想が出てくるのは、さすが元芸能人だな」


「エリーさん、おとなしく白状してください。そうすれば見殺しで済ませます」


「美冬さん、それ済ませてないから」


 見殺しはしっかりお命ちょうだいしちゃってるのよ。


「ちょっと! 怖い顔してないで、どういう状況か説明してよ!」


「わかりました。では、起こったことをありのままに話します。――エリーさん。あなたが入るのと同時に、ダンジョンに変化が見られました」


「私が来るまではこんなじゃなかったってこと?」


 困惑するエリーに、足下のガラクタたちを見せる。


「俺が来たときは、もっと角張った機械が動いてた。動力は熱エネルギーで、装備はチェーンソーと機関銃。でも今は、ちょっと違うみたいだ」


 建物の陰から、こっちに向かって小型のドローンが複数台向かってくる。その後ろから、重装甲のロボが一直線に突進してくる。

 あのロボ、浮いてるだと⁉


「ホバーだぁ!」


「ヒツギさん! 落ち着いてください!」


「ごめんちょっとロマン過ぎて。……美冬さん、エリーを連れて物陰に逃げるんだ」


 前に出て、ドローンの兵装を確認する。銃口のようなものはある。だが、弾倉がない。


 それよりも、飛行速度が段違いだ。取りのように滑らかに、一瞬で俺のことを囲む陣形ができあがった。


 ジリッ

 焦げた匂いで、瞬時に理解する。


「レーザーかよ。最高だな!」


 右肩に火傷。ダンジョン用にと新調した服が、今の一瞬で焼き切られてしまった。私服だったら、肉ごと焼かれていたかもしれない。


 包囲は完成した。逃げ場はない。レーザーが一斉に照射される。


【黒幕の義眼】を連続使用。【少年の夢】でイメージを実行。

 ――加速。


 重装甲のロボとすれ違い、ドローンの射線から隠れる。


「くそっ、振り切れないか」


 即座に反応して、ドローンが追尾してくる。そうこうしているあいだに、背後から増援の音がする。

 このまま戦っても、物量ですり潰されるだけか。


 美冬さんたちは隠れられたみたいだ。俺もここは引こう。右のポケットから、ダイスを取り出す。脳裏に蘇るのは、俺に力を託したボスの声だ。


 ――坊主、『運が悪かった』なんて言う男になるなよ。


 わかってるよ。爺さん。


「対象指定【黒幕の義眼】」





 機関街は、その名の通り街になっている。街には家があって、そこには部屋がある。

 美冬さんたちが隠れていたのは、通りに面した二階の部屋だった。


「逃げてきた。ありゃ無理だ。歯がたたない」


 入り口近くに腰を下ろして、ため息を吐く。何体かはやれると思っていただけに、この戦果は普通にショック。地面を見て、それから顔を上げる。


「強くなってるね。間違いない」


「そうですか……」


 美冬さんは重たく頷くと、部屋の隅を見つめる。そこではエリーがうずくまって震えている。


「違う……なにも知らない……わたしじゃない……なんで」


「さっきからずっとあの調子です。ヒツギさん。本当に、彼女なんでしょうか」


「エリーが原因なのは間違いないはずだ。故意かどうかは、別としてね」


 金髪の少女の前で、静かに片膝をつく。


「君が入ってきたのと同時に、ダンジョンの敵が強化された。これは紛れもない事実だ」


「やめて……私じゃないの……私は、なにも……知らない」


「エリー。俺は君を疑ってるわけじゃない」


「え……」


 涙で濡れた瞳が、ゆっくりと俺を見る。


「信じるよ。君がなにも知らなかったこと。だから答えてくれ。君は、誰かにんじゃないか?」


「――っ」


 少女の肩が震えて、全身が硬直した。エリーは手を組んでいて、今、その手を更に強く閉ざしていく。


「ごめんね」


 時間を引き延ばして、エリーの手と手をほどく。取り出してからようやく、エリーは起こったことに気がつく。


「――返して! それは、私のよ!」


「お守り……か」


 遺物は頑丈だ。だから、握ったぐらいじゃ壊れない。赤いお守りの本体。これは糸がほつれてしまいそうだ。となると、その横についた鈴。これが本体か。


「聞かせてくれ。エリー。これは誰からもらった?」


「お父様よ。お父様なんだから、ただのお守りに決まってるじゃない。バカなこと言ってないで、早く返して!」


「ヒツギさん。それで間違いありません」


「美冬までそんなこと言うの? やめてよ。私たち、友達じゃない」


「エリーさんの父親――篠原宗一郎(そういちろう)はダンジョン用ドローンの開発者……冒険者です!」


「なるほど。じゃあ、確かめてみようか。――対象指定」


 ダイスを出して、床に落とす。出た目は一。対象となる遺物の能力を、完全に無効化する。


 ……ゴゴゴゴ

 地鳴りがして、地面が大きく揺れる。激しい振動。ダンジョン全体が縦に揺れているこの感覚は、二度目だ。視界が暗くなって、煙の匂いが濃くなっていく。


 光が戻ると、それは入ってきたときと同じ機関の街。俺たち三人は、地面の上に立っていた。


「……え。……そんな、お父様……」


「はっきりした。美冬さん、エリーは被害者だ。全力で保護する」


「わかりました」


 俺たちの侵入は既にバレている。鋼鉄の兵士が大群を成してこちらへ向かってくる。


「あいつらは俺一人でいい。二人は安全なところへ」





 温かい手のひらを、覚えている。


「エリー、美しい子だ。うちに来なさい」


 少女にとってその男は、血の繋がった親ではなかった。だが、彼女にとって、彼は間違いなく親だった。


 実の両親のことは、思い出しただけで吐き気がする。薬物に依存し、中毒で死んだ母の腐敗臭。家に見知らぬ女を連れ込み、最後にはその女に刺されて死んだ父。


 金髪碧眼。アメリカ人の母を持つエリーは、他の子供と見た目も違った。だから、学校に行けばいじめられた。劣悪な家庭環境で、みすぼらしい見た目をしていたのも最悪だった。


 施設に閉じ込められて、三年ほどした頃だった。十四歳の時に、篠原(しのはら)宗一郎(そういちろう)は彼女の前に現れた。


「ここには、君を傷つけるものはなにもない。欲しいものはなんでもあげよう」


 温かい食事も、柔らかい布団も、なにもかもが初めてのことだった。

 父はエリーに全てを与えた。そんな父が冒険者だと知って、彼女も同じ道をたどることにしたのだ。


「エリー、この弓をあげよう。これは私が最初に手に入れた遺物だ」


 彼女の活躍を、父は大いに喜んだ。初めてダンジョンから帰った日は、休みを作ってごちそうに連れて行ってくれた。


 それなのに。

 その、父が。


「エリー。このお守りを、肌身離さず持っていなさい」


 誕生日プレゼントを渡すときと、同じ声で。同じ笑顔で、渡したものが。


 彼女のことを、殺そうとした。彼女の友人を、仲間を殺そうとした。憧れた人を、死地に巻き込んだ。


「……もう、いや」


「エリーさん?」


 美冬の手を振りほどいて、一歩、ヒツギの方へ踏み出した。そのまま全身を引きずるように走り出す。


 コアを破壊されたモンスターの内部で、熱が暴走する。圧縮されていたエネルギーが解放され、炎がエリーの体を飲み込んでいく。


 ――さようなら、お父様。


 金属片が、少女の身体を粉々に……


「エリーさん!」


 美冬の叫びが聞こえて、自分がまだ生きていることを知った。エリーは目を開き、なにが起こったのかを把握する。


 全身を真っ赤に染めた青年が、目の前にいた。左腕が、突き刺さった金属片でいびつな形になっている。そんな状態なのに、ヒツギはエリーの様子を確認すると、力の抜けた笑みを浮かべる。


「無事でよかった」


「どうして……どうして、私なんかを助けたの! 私はもう、死にたいのに……!」


「君に生きてほしいから」


「そうやって、そうやってヒツギも私を裏切るんでしょう! 信じさせて、お父様みたいに!」


「信用なんてどうでもいい。俺はただ、誰にも死んでほしくないだけだ」


 変わらない微笑みが、悲しいほどに切実だったから。エリーはなにも言えなくなってしまう。


「……」


 遠くから聞こえる鐘の音が、重たく響いた。





 イヤホンから響く声は、涙混じりで掠れている。


「お願いします……。誰か、誰か助けてください……」


 液晶に映る映像には、ボロボロの青年が映っている。全身から血を流しながら、目は真っ直ぐにモンスターを見据えている。左腕が特に重傷だ。金属片がいくつも刺さって、だらんと垂れ下がっている。


「対象指定【少年の夢】。……六か。いいね。ツイてる」


 ダイスを振り、青年がわずかに口角を上げる。


 次の瞬間。ドローンが青年を見失った。爆音が響いて、ようやく映像が追いつく。


 そこまで確認して、篠原宗一郎はイヤホンを外した。厳重に警備されているゲートに近づいていくと、警備員の前に立つ。


「通してくれ。娘の危機だ」


「ですが、この先は……」


 口ごもる警備員に、宗一郎は怒鳴り声を上げる。


「罰なら後で与えればいいだろう! それとも、貴様を殺して通ればいいのか!」


「ひっ。ど、どうぞ!」


「感謝する」


 重たいケースから大量の遺物を取り出し、また一人、《黄昏》のゲートへ足を踏み入れた。

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ダンジョン大好き一般人、理不尽に強い 城野白 @sironoshiro

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