第8話 シナジー

 明日から名古屋に行くと伝えたら、妹の楓は思いっきり不満そうな顔をした。見ていたテレビを消して、ソファの上でぐったりする。


「えーっ、せっかく帰ってきたのに、またどっか行っちゃうの?」


「これが仕事だから、しゃーない」


「お土産買ってきてね。しゃちほこ」


「しゃちほこは無理だな。売ってないから」


「じゃあ取ってきて」


「天守閣から? 無理だよ」


「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ、だよ」


「お前には倫理観が足りてないみたいだな」


 道徳の授業で赤点を取っていないか、兄としては心配である。


「じゃあなんでもいいや。あ、怪我は持って帰らなくていいからね」


「洒落たこと言うじゃん」


 感心すると、楓は肩をすくめて笑った。





 新しいオモチャは積極的に使うタイプなので、名古屋に先入りした俺は、手に入れたドローンでダンジョン攻略の様子を垂れ流した。


 美冬さんと一緒にいたこともあってか、最初の配信でけっこうな人数が集まってくれた。


「せっかくだし質問コーナーとかしたいんだけど、ダンジョンの中だとコメント見えないんだな。後で答えるから、コメント欄に残しといて」


 適当に喋りながら攻略して、ホテルに戻って雑談する。


「木の棒について知りたい? もちろんいいよ。【少年の夢】って名前の遺物なんだけど、こいつを持ってると、頭で思い描いた通りに体が動くんだ。最強でしょ。そう、最強なんです。使いやすいってのもいいよね。鈍器は偉大」


 こんな調子で三日ほどやっていたら、最終的に同接が千人くらいになった。ダンジョンのこと喋ってるだけで、こんなに反応が得られるなんていい世の中になったもんだ。


 美冬さんとエリーと合流してからは、おとなしくすることになった。


「鏑木さんは目を離すとすぐダンジョンに行くので、私が見張ってます」


「俺はそんなにアホじゃないよ?」


「じゃあ言ってみてください。この三日で、何個のダンジョンを攻略したんですか」


「五個」


「万全の調子で挑もうって言いましたよね」


「ちょっと確認したいことがあったんだよ。……まあ、ほとんど好奇心だけど」


「はぁ」


 といった調子で怒られてしまったからだ。ホテルで監視されながら、おとなしくゴロゴロしていた。

 そしてようやく、待ちに待った攻略当日。


《禁忌》クラスのダンジョンは、国によって入場制限がかけられている。入場許可証を受け取り、本人確認を済ませ、厳重に囲われたゲートの前に立つ。


「うぉおおおおお! 行くぞぉおおおおお!」


「落ち着いてください鏑木さん。最後にミーティングをしましょう」


 わくわくに任せて突撃しようとしたら、冷静に止められた。


「お母さんと子供みたいね」


「違いますよエリーさん。いいな――」


「よーし、作戦を確認しよう。全員注目!」


 許嫁とかいうやべえワードを遮って、二人の注意を引く。


「これから俺たちが攻略するのは、『黄昏の機関街(からくりがい)』。機械のモンスターが出てくるダンジョンだ」


 ゲートの色は橙。過去に三度、実績のある冒険者たちが挑んだことがある。結果は全滅。


 内部の映像を見た限りでは、勝てない相手ではない。強化されたとしても、即死することはないだろうと判断した。


「最初に俺が入って、入り口周辺の安全を確保する。五分経ったら美冬さんが入って、二人でエリーの狙撃ポイントを確保しにかかる。美冬さんが入ってから五分後に、エリーが合流。配信開始はその後だ。いいね」


「はい」


「了解よ」


 安全確保という名目で、突入のタイミングを分ける。だが、本当の狙いはダンジョンの難易度上昇をはっきりと観測するためだ。


「最後に確認しておきます。ヒツギさん。勝算はあるんですよね」


「もちろん」


 装備品を最終確認。形のいい木の棒と、ポケットのダイス。左目。


「それじゃ、後で会おう」


 渦巻くゲートに踏み込む。





 むせ返るような煙と、石油の独特な匂いがした。

 視界が暗い。光を遮られているのは、遮るものが目の前にあるからだ。


 ゴウン……


 遠くで、重たい鐘の音が響いた。正面の陰に、一点の光がともる。緑の点が滑らかに移動し、俺の姿を捉える。


 モーターが回転し、重厚な音を立てて起動。目の前に立ちはだかるものの全貌が、あらわになる。


「さすが《禁忌》だ。歓迎が手厚いね」


 それは二メートルほどもある、鋼鉄の兵士。右腕はチェーンソーで、左腕は機関銃。

 対するこちらは木の棒一本。相手にとって不足なし。


 銃口が向く。さすが機械だ。殺戮に躊躇いがない。


 だが――


「遅い」


 掃射が始まるのとほとんど同時に、俺は鋼鉄の兵士とすれ違う。


【黒幕の義眼】で相手を観察して、動力源になっているコアを破壊する。背中側が弱点なのは予習済み。内側にため込んでいたエネルギーが暴走し、大爆発を起こす。

 爆風で髪が揺れた。金属片の届かない距離を把握。


 ゴウン……ゴウン……


 街全体を揺らすような鐘の音が響く。先ほどのモンスターと同じ形をした機械の群れが、こちらに向かって近づいてくる。


 中距離。機関銃による一斉射撃。逃げ場を与えない選択。

 だが、何度やっても同じだ。銃を構えたときには、もうそこに俺はいない。


 背後から全てのコアを破壊する。


「ごめんな。今は楽しんでる余裕がないんだ」





 攻略の前夜。ホテルの外に美冬さんを呼び出したのは、彼女が二個目の遺物を手にしたことを思い出したからだ。


「急にごめん。遺物同士のシナジーについて話しておこうと思って」


「シナジーですか。相乗効果のことですよね」


「そう。意味はそのまんま。複数の遺物を別々に使うんじゃなくて、一緒に使った方が強いよねって話。わかりやすいのは、俺の目と武器。改めてちゃんと説明しようか。

【黒幕の義眼】は、狙ったタイミングで時間を停止できる。ただし、その間に体を動かすことはできない。だからこの遺物だけだと、身体能力の面で頭打ちになる。

【少年の夢】は、頭に描いた行動を実現する遺物。でも実は、条件がけっこうシビアでね。鮮明にイメージできることしか、実際には反映されないんだ。『光の速さで動く!』って思っても無駄で、どうやって足を動かすか、どのタイミングで地面を蹴るかのイメージが必要になる」


「つまり……【少年の夢】に必要なイメージを、【黒幕の義眼】の能力で構築しているということですか」


「そう。【黒幕の義眼】を連続で発動すると、一秒を最大十五分割できる。このたびに足を動かすイメージを構築すれば、高速移動が可能になる。不完全な時間の停止って言えば伝わるかな」


 通常なら認識することすらできない、一秒の十五分の一。その世界を俺は自由に動くことができる。


「速いのはわかるんですけど、どれくらいの速さになるんでしょうか」


「正確にはわからないけど、時速で七十キロは出てるんじゃないかな。加速の予備動作はほぼなし。だから、大抵のモンスターはそもそも俺を見失う。これが、俺が生き残ってきた理由」


「……」


 美冬さんはぽかんとしている。そりゃそうだ。彼女の前では、見せたことがない。

 というか、誰にも見せたことはない。配信に映す予定は、今後もない。


「急な話で驚いたよね。俺も、人に説明するのは初めてなんだ。手の内を明かしたくないのもあるし、そもそも最近は控えてたから」


「そんなに大事なことを、どうして私に教えてくれたんですか」


「命を賭けてくれる人への、せめてもの信頼の証だよ」


 夜風が頬を撫でた。街灯の下に立つ美冬さんは、いつものように美しい。


「約束する。君を守る」


 少女の白い頬が、ほんのりと朱に染まった。口元を手で隠して、美冬さんはそっと目をそらす。


「そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃないですか」


「……え、そっか。……ごめん」


「ふふっ。謝る場面じゃないですよ。ありがとうございます」





 もう五分が経ったらしい。美冬さんが入ってきた。

 おなじみの鎌を抱えて、こっちを見ると固まり、それから苦笑する。


「聞いてはいましたけど、圧倒的ですね」


「まあね」


 積み上がったモンスターたちの骸を背にして、肩をすくめた。

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