第7話 《禁忌》のダンジョン

「変な人とは思っていたけど、筋金入りのダンジョン好きみたいね」


 エリーさんは軽く微笑むと、肩の力を抜いた。


「私の遺物は【金獅子の弓】よ。すっごく強いんだから、覚えておきなさい」


「金獅子⁉ めっちゃ格好いい名前じゃん。写真ある?」


「うっ、食いつきすごいわね。ちょっと待ってなさい。今見せてあげるから」


 スマホを操作して、こちら側に見せてくれる。映っているのは、黄金に輝く弓を構えたエリーさん。普通の人が持ったら成金みたいになるところだが、白を貴重にしたエリーさんの衣装とマッチして、神々しくすらある。


「美しい」


「えっ……あ、弓の話よね」


「いや、全てが完璧だ。この素晴らしい弓を持つのに、エリーさんほどふさわしい人はいないよ」


「……ありがと。でも、調子に乗るんじゃないわよ! 私は元アイドルなんだから、褒められるのくらい慣れてるんだからね」


「そっか。じゃあ今後は控えるよ」


「嬉しいものは嬉しいから、頻繁に褒めなさい!」


「どっち?」


 妹の楓にも通じる理不尽さを感じる。言葉の裏読まなきゃいけないの、まじで難しい。ダンジョンのトラップのがまだわかりやすい。


「鏑木さん、鏑木さん」


 ちょいちょい、と袖をつつかれる。振り返ると、美冬さんが小首を傾げてこっちを見ていた。


「私はどうですか?」


「え?」


 スマホには、黒い衣装で【死神の温情】を構えた美冬さんが映っていた。アイドルだから、こういう素材は豊富なのだろう。


「ロマンがあって、めちゃくちゃいいよね。美冬さんの衣装をドレス風にした人はセンスがある。この鎌と相まって、唯一無二って感じだ」


「ふんっ。正妻ですから」


 にんまり笑って、満足げにする美冬さん。


「許可した覚えはないんだけどなぁ」


 この会話はエリーさんにはあまり聞こえなかったみたいだ。よかった。美冬さんが俺の未来の嫁を自称していることは、なるべく他の人には知られたくない。


 金髪の少女と目を合わせて、手を差し出す。


「じゃあ、そろそろ俺も自己紹介しようかな。鏑木陽継です。よろしく」


「ヒツギと呼んでもいいかしら?」


「もちろん。君のこと、なんて呼べばいい?」


「エリーでいいわ」


 エリーの横に立った美冬さんが、手で彼女のことを示す。


「エリーさんも、鏑木さんとダンジョンに行ってみたいそうです」


「いいよ!」


「ちょっと軽すぎない?」


「鏑木さんはダンジョンが絡むとチョロいんです」


 否定のしようがないので、せめて神妙な顔で頷いておく。エリーは呆れた顔で見つめてくると、「まあ、話が早いのはいいことね」と頷いた。


 いいことなら、そんな顔しないでほしいぜ。


「どこ行く? 俺はあんまり日本のダンジョンに詳しくないから、二人が決めてくれたら助かるんだけど」


「鏑木さんは、二年間アメリカに行ってたんです。ちなみに、どうしてアメリカに行ってたんでしたっけ」


「強い遺物があるかなぁと思ったから」


「単純な理由ですね」


「ヒツギって、ダンジョンのことになるとIQ下がるのね」


「ダンジョンの中では鋭いんですけどね」


 女の子が二人になったら俺のことボコボコにし始めたんだけど。男をもう一人くわえて、なんとか中和できないだろうか。

 男の冒険者に友達いねえ……。女もこの二人しかいねえ……。


 完全に詰んでいるので、しばらくは我慢することにした。言われていること自体は間違ってないし。


「続きはお茶でもしながらにしましょうか。ここの新作パフェ、気になってるんです」


 最上階の一角はカフェになっているようで、街を見下ろしながら優雅にくつろげるスペースがあった。平日からこんなことできるなんて、冒険者はやっぱり最高だな。


 テーブル席に腰を下ろす。美冬さんとエリーは向かい側に並んで座った。


 甘い物は昨日、家族と食べたので、俺は紅茶を頼んだ。

 美冬さんとエリーは新作のパフェを注文すると、目を輝かせて写真を撮る。ちゃんとSNSにもアップするあたりが抜かりない。


 てっぺんのフルーツをスプーンでつつきながら、美冬さんが切り出す。


「ダンジョンの難易度は、ゲートを見ればだいたいわかる、ということはご存じですよね」


「そうだね。それは初期の頃から、有名な話だったから」


 ダンジョンへ繋がるゲートは、渦のような見た目をしている。その大きさやうねり具合を見れば、どれくらいの難易度がを推察できる。逆に言えば、中に入るまではそれくらいしか情報はないのだが。わずかでも、生存確率を上げるのには大切なことだ。


「今から一年半前、ゲートの半径と渦の回転速度を指標にして、難易度が正式に分類されました。詳しい数値は省くとして、基本の分類は《初級》、《中級》、《上級》の三段階です。

《初級》は、遺物なしでも攻略可能なものです。それでも最低限、銃などは所持しないと厳しいとされています。

《中級》は、最低でも一人一つの遺物を所持することが推奨されています。

《上級》は、複数の遺物を保有した熟練の冒険者が、チームを組んで挑むことが推奨される難易度です」


「なるほど」


「先日の二つの迷宮は、どちらも《中級》に分類されます」


「……。そうなんだ」


「どうかしましたか?」


「なんでもない。気にしないで」


 紅茶を口に含んで、乾きを潤す。窓の外を数秒だけ眺めて、視線を戻すとエリーがこっちを見ていた。肩をすくめて、ばつが悪そうに目をそらす。


「《中級》で死にかける程度の冒険者なのよ。私は」


「それを言うなら、私もです」


「ううん。美冬は私たちの中でも頭一つ抜けてた。あなたと私は、同じじゃない」


 緩く首を振って否定するエリーに、美冬さんは言葉を詰まらせる。そのすきに、エリーは俺を見た。


「ねえヒツギ。私、もっと強くなりたいの。どうしたらいいか、あなたから学ばせてほしい」


「じゃあ、遺物を取りに行こうか。なるべく強いやつ」


「え、そういう感じなの? もっと技術とか、心構えから始めるんじゃなくて?」


「ダンジョンは人智を超えた場所だから、努力はあんまり意味ないよ。筋肉と戦術が有効なら、とっくに軍隊が蹂躙してるでしょ」


「たしかに……一理あるわね」


「というわけで、なるべく難しいダンジョンに行って、遺物を回収しよう。美冬さん。《上級》の上もあるよね」


 話を振ると、空色の髪をした少女は虚を突かれたように瞬きをする。一呼吸置いて、頷いた。


「はい。先ほど挙げた区分には当てはまらないダンジョンが、日本には六つ存在します。五つは《禁忌》と呼ばれるダンジョンで、ゲートが巨大であることにくわえ、〝色彩”を持っています。

 これまでに攻略された《禁忌》のダンジョンは、世界全体でもたった五つ。生還した冒険者は皆が、特別な名前を持っています」


 美冬さんと視線が絡み合う。


「そのうちの一人が《攻略者》。だから、鏑木さんも知っているはずです」


「――あれは黄金だった。珍しいゲートだったから、つい入っちゃったんだ。そしたら攻略に二年かかったってわけ」


 その果てに手に入れたのが、遺物にバフとデバフを与える【クレイジーダイス】。

 俺が手に入れられてよかった。心の底から、そう思う。


「それで、残ったもう一つは?」


 おおかた想像はついているが、念のために聞いてみる。美冬さんは窓の外を見た。東京の町並みの遙か彼方。快晴のおかげで、目をこらせばその姿は東京からでも見える。


「最後の一つは、純白に光り輝くゲートを持つダンジョン。日本では、富士山頂に一つだけあります。区分は《神域》。未だかつて、誰も生還したことのない最高難度のダンジョンです」


「ありがとう。よくわかった」


 全ての色が混ざると、光は白になる。

《禁忌》の更に上。規格外を超えた規格外。冒険者たちが、最後に挑む場所。


「じゃあ、手始めにこの国の《禁忌》を全て攻略しに行こう。エリー、君の遺物はそこで見つける」





 狙うダンジョンを決めた後で、行動食やドローン、ダンジョン用の服を買いそろえた。これだけの物を一つの商業施設で買えるなんて、便利な時代だ。


 エリーと分かれた後も、しばらく美冬さんは俺と一緒にいた。帰りの方向が一緒、というふうでもない。だが、向こうから切り出してもこない。


 噴水のある公園で足を止めた。自販機でお茶を二本買って、一本手渡す。

 ベンチに腰を下ろすと、美冬さんは隣に腰を下ろした。


 夕暮れに噴水を見つめる男女二人。ロマンチックな場面だが、流れる空気はひりついている。

 隣から聞こえる、呼吸の音が震えていた。消え入るように、美冬さんが呟く。


「私は、鏑木さんのことをよく知りません。だから……わからないんです」


「なにが?」


「あなたの考えていることが、です」


「なにも考えてないよ、俺は。ただダンジョンが大好きな、一般人だから」


「嘘です。今日のあなたは、たくさんの嘘を吐いていました」


 力のこもった声で、少女が否定する。


「鏑木さんは、『強くなるには強い遺物を持つしかない』なんて言う人じゃないです。《中級》が精一杯の冒険者を、《禁忌》に連れて行くような人じゃないはずです」


「……」


「気になることは、他にもあります」


 目線を落として、美冬さんは左の手首に触れる。巻かれたミサンガは、彼女が手に入れた遺物だ。


「このミサンガは、私とあの子の絆です。あの鎌も、死神さんが私に託してくれた。鏑木さんは、私にそのことを教えてくれた。誰かに譲るなんてこと、私にはできません。

 どうしてあなたは、たった三つしか遺物を持っていないんですか。誰よりも、遺物の価値を知っているはずなのに。強さのための道具じゃないと、教えてくれたのに」


 美冬さんは言葉を切って、小さな声で「……すいません」と言った。


 俺は首を横に振って、目を細める。遺物としての力を失っていても、【黒幕の義眼】は目の前の景色を俺に届けてくれる。

 だから、俺は絶望したのだ。


「次のダンジョンには、エリーと二人で行くつもりだよ。美冬さんは、適当な手段で同行させないつもりだった」


「……どうしてですか」


「その前に、一つだけ確認させてほしい。美冬さんたちのグループが最後に行ったのは、本当に《中級》のゲートだったんだね」


「はい。データ上もそう登録されていましたし、目視の範囲でも間違いなかったです」


「俺が入ったときはもっと大きかった。この意味がわかるかな」


「ダンジョンが強化された、ということですか?」


 目の動きだけで肯定すると、美冬さんは息をのんだ。思い当たる節はあるようだ。


「確かに、いつもよりずっと大変だと思いましたけど。……まさか、そんなこと」


「時を止める遺物があるんだ。そのくらいのもの、あってもおかしくない」


 大きく息を吐き出して、指を組む。


「原因がエリーなのかはわからない。目的もまだ掴めない。でも、誰かが悪意を持って行動した。それだけは間違いない」


 ダンジョンができても、世界はその姿を変えはしなかった。

 ゲートの周りに近づかなければ、大半の人にとっては以前の生活と変わらない。


 けれど、この平穏が明日も続くとは限らない。


 遺物は人智を超える。力を手にしたとき、人は必ず過ちを犯す。その過ちが、世界を飲み込んでしまわないように。


 左目に埋め込んだ義眼に、まぶたの上からそっと触れる。


 ――俺はまだ、戦ってるよ。先生。


「美冬さんには、安全な場所にいてほしかったんだけどな」


 真っ直ぐに見つめてくる。少女の瞳が、強固な意志を伝えてくる。


「全ての質問に答えることはできないし、生還できる保証はない。でも、君が着いてきてくれるなら心強い」


「鏑木さんの力になれるなら、どこへだって行きます。それに、これは私の問題でもありますから」

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