第8話『大森林~飛翔~』
マイルームを出ると、既に太陽はかなり高い位置にあった。たっぷり眠った上に、衣装を選ぶのに時間を食ってしまったから仕方ない。睡眠もお洒落も、年頃女の子にとって重要なことである。
改めて周囲を見回すと広い範囲で木々があちこちなぎ倒されていて、昨日の戦いの激しさを物語っている。
「ARデバイサーアクティブ」
わたしは画面にあるマップのアイコンをタッチする。そう、わたしの新たな人生という旅が、ここから始まるのだ。
今のところ特に目的もないし、ツクネ様からのメールに従って、南へ向かうつもりだ。今後の事を考えるにしても、まずは森を抜けないことにはね。
画面に方位を示すコンパスと、赤い点と青い逆三角形が重なって表示される。
「マーキングポイント?」
青い逆三角形の上には『大森林中央』と表示されている。どうやら赤い点は現在位置。青い逆三角形は場所を表しているようだ。
「さて、近くに街や村はあるかな?」
海や砂漠の真ん中で現在位置を示されたようなものだ。はっきり言って、これだけではさっぱりわからない。わたしはマップをフリックして縮小させる。だけど、どれだけ縮小させても、画面は真っ白なままだ。マーキングポイントに指定されているのも、今いる場所だけらしい。
逆に拡大すると、現在位置から半径100メートルくらいの地形が、詳細に表示される。
わたしは察する。
ああ、なるほどなるほど。マップはオートマッピング方式なんだね。
すぅ……はぁ……
大きく息を吸い込んで、大森林の中心でわたしは吼えた。
「使えねーーーーーっ!!」
全世界オートマッピングってなんじゃい! 普通に地図よこせやこらー!
なーんもない森の真ん中にマーキングして、なんの意味があるっていうねん!
「まったく、しょうがないツクネ様だなー」
まさか白紙の地図を渡されるとはね。
行き場のないわたしには、そもそもわたしにとって、地図は絶対に必要なものではない。地図を完成させるかはわたし次第だ。でも、目標もないから、差し当たって地図を埋めていくのも面白いかもしれない。
まずは大陸一周から始めようかな?
おっとその前に。
わたしはマップを消すと倉庫を開いた。取り出したのは鎖で繋がれた飾り気のない金属プレート。道具の中にたったひとつ残されていたクラン・タグだ。二枚一組になった親指くらいの金属プレートには、わたしの名前と所属していたクラン名が刻まれている。
CLAN FALP
MYURA TSUKIGASE
ID A00002021
鎖で繋がれたクラン・タグを首から下げる。森の獣人みゅらっ虎ちゃんには全くと言っていいほど似合っていない。OSG時代でも付けていたのはミリコスの時くらいだった。でも、わたしの身元を表せる物なんて、もうこれだけだからね。この世界では意味が無いものかもしれないけれど、わたしがOSGの世界から来たという証だから、身に着けていたかったんだ。
「さて、行くか」
南へ向かって大地を蹴る。
オーラドライブとオーラバーンで身体能力を強化すると、数メートルを飛びあがり、木の枝を足場にさらにジャンプ。
森の中を歩く? しないよ? 森の獣人みゅらっ虎ちゃんは空を飛ぶのだ。
OSGのプレイヤーキャラに、飛行能力は備わっていない。フィールドでの移動は基本徒歩であり、拠点の移動には転送装置を使うといった感じだった。標準で二段ジャンプ出来たりして、崖から飛び降りたりする際、気力の力でゆっくり降下するオーラセイルというスキルがあったが、それはあくまで跳躍や滑空であって飛行と言えるものではなかった。
公式には実装されていない飛行能力。だけど、わたしたちは空を飛んでいた。スキルを用途外で使用することで、空中をぶっ飛んで移動していたのである。まあ、飛行というより飛翔だけどね。
「とうっ!」
オーラドライブとオーラバーンで身体能力を向上させると、地面を強く蹴って跳躍する。それから空中を蹴って更に高く跳ぶ。空中での二段ジャンプは、足元に気力の爆発を起こして吹っ飛ぶといった感じのスキルだ。名前は特にない。地上10メートルくらい跳び上がり、木の枝を足場にして更に高く!
ある程度高度を稼いだところでスキルを発動。
「裂空雷閃撃!」
裂空雷閃撃は、闘気を纏って空中を飛翔した後、稲妻のようなダイナミックダイブで敵を一掃する、闘士固有の気功系スキルである。闘士が持つ数少ない範囲攻撃手段だが、使い方としてはもっぱら空中飛翔のところでキャンセルを繰り返す、高速移動手段として使われていた。通称裂空術。
高速移動に応用できるスキルは移動系と呼ばれ、中でも裂空雷閃撃は最も速いが、扱いも難しい事で知られていた。使いこなせれば他のプレイヤーに先行して、エネミーを狩り尽くしてしまうことから、使い手は嫌われ、幾度も弱体を受けた曰く付きのスキルである。
わたしは使いこなしてたよ? 踊り子の支援範囲は狭いのだ。これ使って走り回らないと、前衛と後衛に支援魔法かけれなかったんだもん。
爆発的な加速で上昇し、一気に地上100メートル程に達しただろうか? 森の木々を飛び越えて青空の下に出た。
「うわぁ!」
思わず声が出た。地平線の遥か先まで緑の絨毯が広がっていたからだ。
ここを3日で抜ける? こんな広大な森、普通の人間じゃ一生かけても出られないよ。ツクネ様は何を基準にしたんだろうね?
「れっつごー!」
気力を込めて虚空を蹴る。空中を蹴るのはゲームでは1回だけだったけど、制限がなくなったらしい。これだけでも十分空の散歩が楽しめそうだ。
裂空雷閃撃を再び発動。投げ出されるように加速する身体。眼下を流れていく緑。
すごい、気持ち良い!
わたしは思うがままに空中を駆ける。
この世界で裂空術は全くの別物に変わっていた。
理由は簡単。ゲームではあえて再現されていなかった、当たり前の物理法則の影響を受けるようになったからだ。
例えば、ゲームなら発動後の速度も移動距離も皆一緒だ。ゲームは公平じゃなきゃいけないから当たり前。太っていようが非力だろうが、遅くするとか、距離を短くするとかありえない。エネミーに吹っ飛ばされたとしても、飛ばされる距離も、受けるダメージも体格の影響は受けず、一定だ。
だけどこの世界はそうじゃない。体格と個人の体力によってジャンプ一回の飛距離も速度も全然変わってくる。
推力重量比ってやつがあってね? 軽くてハイパワーなみゅらっ虎ちゃんはめっちゃ跳べるんだよ!
それだけじゃない。もっと大きな変化がある。それは慣性が働くようになったことだ。OSGでは慣性の働きまで再現されていなかった。スキル後スライディングしたり、ふらつくようなモーションがあっても、予め決められたポーズでしかない。設定された距離で止まる。それがゲームの世界である。
でもこの世界ではちゃんと慣性が働く。これによって、一度の裂空雷閃撃での移動距離が大幅に伸びた。また、続けて発動すれば当然加速される。加速もゲームでは存在しなかった要素だ。
物理法則って素晴らしい!
もし、ゲームみたいに急ブレーキかけられたら、むち打ちになってたかもしれないしね。
燃費についてだが、魔力や気力の消費条件がこの世界とOSGとで、たぶん違うのだろう。魔法を使えば魔力を消費する感覚があるけど、気功については制限がなくなった感じである。これによってゲームでは裂空雷閃撃の予備動作だった闘気による飛翔は、わたしの集中力が続く限り持続することが可能になった。で、これを、これまでは推力が無い翼だったオーラセイルと掛け合わせるでしょ? はい、グライダーがモーターグライダーになったね! 空中蹴りが自由にできるようになったおかげで、空中での姿勢制御も自由自在!
こうして裂空術は完全な飛行術になった。裂空雷閃撃とは完全に別スキルだから、この飛行術にはわたしが名前を付けちゃおうかな。
オーラエール! オーラエールって名前にしよう!
気功はかなり応用が利くようだ。OSGのスキルそのまま使うのではなく、一部を切り抜いたり、掛け合わせるで、新しいスキルを生み出す事が出来るのだ。なんか楽しくなってきたね。
さて、調子に乗って飛びまわったみゅらっ虎ちゃんだけど困ったことになった。
めっちゃお腹がすいてきたのだ。
よく考えてみれば、昨日から食べたのはリンゴ1個。運動量に比べて明らかにカロリーが足りていない。
さーて、着陸どうすんべ?
地上に降りようにも、下は木々に覆われた森だ。安全に降りられそうな場所が見つからない。
「ぎゃあ!」
減速するには高度が足りない。判断に迷っている間に、わたしは木々の中に突っ込んだ。こうして、わたしの初飛行は着陸の失敗で幕を閉じたのである。
オーラシールドで身を守ったから怪我はしなかったけどさ。木の枝に引っかかって結構間抜けな姿を晒すことになったよ。
マイルームには戻らずに、携行糧食で手早く食事を済ませる。本当はしっかり食べたかったけど、手早く必要なカロリーを摂取したかったのと、あまり胃を重くしたくなかったのだ。夕飯はしっかり食べよう。
食べ終わると、オーラエールでの飛行訓練を始めた。何度か木にぶつかって痛い思いをしたおかげで、狙った木の枝に上手く降りれるようになった。それに、低速飛行だけでなくホバリングも出来るようになったよ。
それからは空が赤くなるまで、わたしは南に向かって空を駆けた。
「さて、今日はどれくらい進んだかな?」
移動に費やしたのは実質3時間程。飛行速度がだいたい時速80キロくらいだから、今日だけで200キロちょいくらいは進めたんじゃないかって思う。
飛行速度をどうやって測ったっていうと、おっぱいの柔らかさがね、大体時速80キロで感じる風圧と同じらしいんだよ。で、飛行中に感じた風圧がだいたいそのくらいだったから。ミュラちゃん天才。
木の枝に腰かけてマップを開く。
「うん。わからん」
マップは相変わらず、空白の中に赤い点と青い逆三角が映っているだけでさっぱりわからない。ただ、地形の映る範囲はとてつもなく広がっていた。どうやらわたしの視界に移った範囲でマッピングが行われているらしい。
もっと高度を上げるか。いっそ高い山にでも登れば、一気にマッピングが進むかもしれない。
せめて、マーキングポイントから今いる位置までの距離がわかるといいんだけどね。
マーキングポイントから現在地を親指と人差し指で抑えながら考える。
その時だ。一瞬の浮遊感。そして視界が変わる。
「ぎゃん!」
地面に尻もちをつくわたし。
なに!? 枝から落ちた!? いや違う!?
見回すとそこかしらに、へし折られたような木。まるで誰かがクマやヒュドラと戦った跡のようだ。すごく見覚えがある場所である。
「最初の場所だ」
マップを見ると、大森林中央のマーキングポイントの上に現在位置がある。
なんで!?
慌ててマップのヘルプを開いてみると、そこには『マーキングポイントを長押しすると転送されます』の一文。マップはなんと転送機能付きだったのだ。
「それを先に言え!」
まあ、マニュアル読まなかったわたしが悪いんだけどさ。
マイルームに戻ったわたしは予定通り、お風呂に入った。
今日の事を許せるくらい、お風呂は気持ちよかった。
どうも! サ終した世界からやってきました踊り子です! ぽにみゅら @poni-myura
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