第7話『大森林~森の獣人~』

「んっ……くぅ……はぅ……」


 翌朝、わたしは初めて経験する痛みに悶えていた。


 痛みに耐えようと悶えている間に布団は乱れ、身体に巻いていたバスタオルもどこかへ行ってしまった。一糸まとわぬ姿で、わたしは苦痛から逃れようと、悶え乱れる。


「こんなに……辛いなんて……聞いてない……はぁふぅ」


 何が起こったかと言えば、なんてことはない。それは肉体が成長する上で避けられない痛み。筋肉痛ってやつだ。人間にとって当たり前の痛みも、実はわたしにとっては初めての経験だったりする。


 だってOSGでは、どんなに激しく戦った後でも筋肉痛になったりはしなかったから。


 で、なんで裸なのかというと、昨夜シャワーを浴びた後そのまま寝てしまったから。


 着替えるのもおっくうで、裸のまま布団の上でごろごろしていると、床の間に鎮座するツクネ様と目が合った。


「ツクネさまぁ……おはようございますぅ」


 返事が無い。ただの人形のようだ。


 まあ、知ってた。


 昨夜、シャワーを浴びて戻ると、ツクネ様は床の間で元のツクネちゃんフィギュアに戻っていた。一抹の寂しさはあったが、疲れていたこともあって、わたしはそのまま布団にぶっ倒れて、眠ってしまったのだ。


「おなかすいたな」


 そういえば、昨日、目覚めてからこれまで何も食べていない。


 わたしは寝転がったまま、何か食べ物を取り出そうとARデバイサーを開く。


「あれ?」


 ARデバイサーのアイコンのひとつが光っている。


「メール?」


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 南へ向かえ。

 3日ほどで街道に出る。そこからは好きな方へ行け。

 我の世界はげーむでは無い。だが、大いに遊び、大いに楽しめ。其方が健やかに生きることこそ我の望みである。

 また会おう。

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 そこに書かれていたのは、ツクネ様からのメッセージだ。どうやら返信は出来ない一方通行のものらしい。


「了解。ありがとうツクネ様」


 メールを閉じると、倉庫からリンゴをひとつ取り出して齧る。


「おいしい」


 鼻腔をくすぐるさわやかな香り。ほんの少しすっぱい実と、はじけるように噴き出した甘い汁が口の中で満たされる。


 これまで食べたリンゴとは何か違う。何故だろう? とてもおいしい。


「あ、そっか」


 わたしは気が付いた。リンゴの味と香りを感じたのは今日これが初めてなのだと。


 本当にものを食べたのは、これが初めてだったのだ。


 今日、わたしは初めてものを食べて、おいしいを知ったのだ。


 疲れる事も、眠る事も、お腹がすくことも、全部知ってる。知っていたはずだった。


 血は臭い。


 げんこつは痛い。


 汗をかいたままだと気持ちが悪い。


 シャワーを浴びると気持ちがいい。


 筋肉痛は痛い。


 知ってるつもりで何も知らなかった。だって、本当のわたしは昨日生まれたばかりなのだから。


 わたしは身体を起こすと、夢中でリンゴを平らげた。


 美味しく頂いたリンゴの芯は、ツクネちゃんフィギュアの前にお供えしておく。


 リンゴを食べ終わると、シャワーを浴びる。手がリンゴの汁でべたべただったし、寝汗も結構かいていたからだ。


 浴室には檜の浴槽が設置されている。今夜はお湯を湯を張ってお風呂に入ろう。


 シャワーを浴びて浴室を出ると、濡れた身体をバスタオルで身体を拭く。


 わたしの倉庫の中にはバスタオルが柄違いで何枚も入ってる。OSGでバスタオルは、体に巻き付ける衣服であり、フィールドやマイルームのお風呂でスクショ(スクリーンショット)する時の重要アイテムだったからだ。あと、頭に巻く為のタオルが、バスタオルとセットだから、倉庫の中にはフェイスタオルも同じ数だけ入っている。


 身体を拭いたら髪を乾かす。わたしの髪はお尻に届くくらい長いから、洗うのは結構大変だ。でも、乾かすのは気力で水気を一気に弾き飛ばすから一瞬で終わる。湯冷めもしないし、熱風を浴びせるドライヤーより髪を傷めないからおすすめだぞ。


 うっかり脱衣場でやると、飛ばした水気でべたべたになっちゃうけどね。


 洗濯乾燥機の中には、昨日着ていたケープコートと踊り子衣装が、洗濯が終わった状態で入っていた。泥だけでなく、魔物の返り血もしっかり落ちている。


 どういう仕組みかはわからないが、この洗濯乾燥機はOSGからの持ち込み衣装に限り新品同様にしてくれる力があるらしい。それからもうひとつ便利機能があって、それは洗う際に自動的に服のサイズをわたしに合わせてくれるというもの。つまりこの先、わたしが成長したり、激太りしたとしても問題無し。OSGからの持ち込み衣装は一生着れるのである。


 まあ、踊り子の衣装然り、年取ってから着るのはつらい衣装ばっかりなんだけど。


 さて、せっかく綺麗になった踊り子衣装だけどわたしはそれを倉庫にしまう。これからしばらく森を歩く事になるから、服装もそれに合わせたい。


 OSGは着せ替えがメインと言われる程に豊富な衣装が売りだった。フィールドに合わせて衣装を変えるのはOSGプレイヤーの性みたいなものである。


 深い森だし安全第一。露出は控えて、丈夫な靴と帽子もあった方が良いだろう。


 倉庫の中には、迷彩服やガールスカウトの衣装もある。


「なんか面白くないなー」


 倉庫から取り出して試着してみるが、どうも気分が乗らない。


 森を歩くなら一番適しているのは間違いない。でも、どうしても気分が盛り上がらないのだ。


 だってさ、ひとりサバゲ―や、ひとり秘境探検ごっこしてるみたいで寂しいじゃないか!


 それに、本物のファンタジー世界にいるのだから、世界観も大事にしたい。異邦人を前面に出していくのも、面白そうではあるけれど、初対面で怪しまれてトラブルになるのも面倒だ。


 なるべく世界に溶け込めるような服を探して倉庫を漁る。OSGは世界感こそSFだったけど、ファンタジーな衣装にも事欠かない。


 まずは無難に村娘の衣装を取り出す。いいね。狼やオークと一緒にスクショとったら映えそうだ。でもそれなら、赤ずきんやアリス衣装も捨てがたい。おっと、そういえばもうスクショは出来ないんだった。


 着替え終わると、くるりと回ってみる。ふわりと広がるロングスカートとロングヘア。あえて髪はポニテにせず流してみた。悪くない森ガールコーディネートである。


 でもちょっと上品すぎるかな?


 わたしが進むのは、道無き森だ。ロングスカートは木に引っ掛かりそうで邪魔だな。森で魔物に襲われるかもしれないから、やっぱり動きやすい方がいいだろう。


 下をキュロットかミニスカにするか? いや、それならもう全部変えよう。


 清楚なエルフ、奔放なシーフ、はたまたはエロティックなアマゾネス。ネタに走るなら落ち武者というのも有りだろう。森に似合いそうな衣装はまだまだ沢山ある。


 あーでもない、こーでもない。コーデを考えるのは大変なのだ。


「決ーめた!」


 衣装が決まったのは、それから一時間ほど経ってからだ。もはや、脱衣所の中は、倉庫から取り出した衣装で足の踏み場もない状態になっている。


 そんな中で、選ばれし衣装を高らかと掲げる。


 わたしの手に握られていたのは、ホワイトタイガーカラーの虎ビキニだ。異世界の森を駆け抜ける衣装として、試行錯誤の末にたどり着いた真理である。


 パンツにはふんどしの意匠が取り入れられ、上はさらし風のチューブトップ。もともとは節分イベントで実装された鬼っ娘衣装なのだが、今日は頭につけるのは角ではなくて、ビキニに色を合わせた丸こい虎耳だ。もちろん尻尾も忘れていない。白と黒の縞模様の入った尻尾を、クリップでパンツに取り付ける。


 手足にファーも付けようかな? それから顔に少しだけ赤いペイントを入れて、最後に髪の毛をいつものポニテに結い上げれば完成!


 森の獣人みゅらっ虎だぞ! がおー!

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