第6話『チュートリアル~勝利~』

 空が赤く染まる頃、わたしはようやく首が沢山あるトカゲを倒すことが出来た。


「勝ったー!」

「ふむ。ようやく終わったか」


 木にもたれて万歳していると、頭の上に乗っかって胡坐をかくツクネ様。重い。


「最後だけ難易度上がりすぎだよツクネ様」

なんじゃから当然じゃ」


 トカゲの前に出てきた腕が6本のオーガは、フェイザーチャクラムでスパっと首落として楽勝だったんだけどね。フェイザーチャクラムというのは、スパスパ斬れるビームの輪っかを飛ばす、踊り子固有の位相系攻撃魔法だ。


 顔が怖かったから容赦なくビーム使ったよ。あと隠せ。せめて腰蓑くらいしろ。これだからゴブリンとかオーガみたいな人型の魔物は嫌いなんだ。


 OSGでは魔法で普通にビームをぶっ放す。しかし、OSGの魔法を駆使してもトカゲは強敵だった。


 まず、でかい。体長は優に50メートルくらいあった。わたしの持つ踊り子と闘士の固有攻撃スキルは、そのほとんどが接近戦用で、大型の敵に対して相性が悪いんだよね。それにソロだから、威力はあっても隙の大きいスキルが使えず、決定打を与える事が出来なかった。


 頼みの魔法にしても、大火力をたたき出すような魔法は魔導士等後衛の専売特許で、踊り子では使えない。オーガを瞬殺したフェイザーチャクラムも、トカゲの身体を覆う粘膜によって無効化されるという始末。


 天然の耐ビームコーティングとか反則だろ。


 まあ、オーラセイバーやオーラバレットのような気功は、物理攻撃扱いだから効いたんだけどね。


 巨体もビーム無効も厄介だけど、一番手を焼いたのは馬鹿みたいな再生能力だ。どれだけ斬ってもすぐに再生してしまうし、首を斬り落としてもすぐに新しい首が生えてくる。逆に面白くなって、しばらくは、首を斬るわたしと、再生するトカゲの根競べが続いたくらいだ。


 そんな化け物にどうやって勝ったかというと、水蒸気爆発を起こす相転移系魔法。スチームバーストを使ったところ、トカゲの再生能力が落ちたからだ。高熱の水蒸気を受けて変色した傷口が再生しなくなったのを見たわたしは、スチームバーストを連射しながら、オーラセイバーで首を全て斬り落としたことで、ようやく倒せたのである。


 あっつ……


 トカゲを蒸し焼きにしてやるつもりでスチームバーストを連射していたものだから、周辺一帯が蒸し風呂状態だ。わたしもすっかり汗だくである。


 OSGにおいてスチームバーストは、効果範囲が広くて消費魔力も低いけど、威力が低く、使える魔法とはいえなかった。トカゲに対してもダメージは期待せず、目晦ましのつもりで使ったんだけど、何が効くかわからんもんだ。


「見事くりあじゃ! よう頑張ったのう! 幼体とはいえ、をひとりで倒すとは大したものじゃ!」


 ひゅどら? どっかで聞いたなー。なんかの神話に出てくる怪物だっけ? OSGにはいなかったからよくわからない。


 あれで幼体って、生体はどんな大怪獣だ?


「無理だろうと思って呼んでみたが、まさか倒してしまうとはのう」

「無理だろうって……殺す気だったんですか?」

「そんなわけあるまい。程度で死なせるものか。勿体ない。危なければ手を貸すし、降参してもよかったのじゃ」

「まじかーー!」

「あえて試練を与えたのは、其方に我が世界を緩い世界だと思ってほしくなかったのじゃよ」


 ああ、うん。その効果は十分あったよ。


 わたしは内心でツクネ様の世界舐めていた。OSGのスキルがあれば余裕で無双できるだろうって考えていた。でも、例え進んだ文明の世界の知識があっても、先進魔法が使えたとしても、わたしは決して最強無敵の存在ではないんだって、認識を改めさせられたのだ。


 まあ、それでも勝ったけどね!


「攻略法が解れば倒せん相手でもなかったじゃろ? とはいえ、それも簡単ではないがの」

「そういえば、水蒸気を発生させる魔法使ったら、急に再生しなくなりましたね?」

の細胞は実は熱に弱い。だが、外から火の魔法を放っても全身を覆う粘膜で防がれて通用せん。普通は戦士が作った傷口を、魔法使いが火の魔法で焼くという連携が必要になるのじゃが、それをひとりでやってしまうとは思わなんだ」


 なるほど。スチームバーストは300度の過熱水蒸気を発生させるから、生肉を調理するには丁度い。装甲や遮蔽物で簡単に防げてしまう温度だけど、高温の蒸気は触れれば大やけど。吸い込めば一瞬で肺を焼き、呼吸できなくなって死に至らしめる。実はかなりえげつない魔法だったのだ。


「暗くなってきたの。これでは終了じゃ。はよ部屋に戻って休むがよい」


 やった! 帰ったらすぐにシャワーだよ!


「と、言いたいところじゃが、その前に倒した魔獣は倉庫に入れておくのじゃぞ? 売ればそこそこの値がつくはずじゃ。ここで腐らせるのは惜しい。特にの血には猛毒があるから、放置して置いたらここら一体の森が枯れるぞ。落とした首も残らず回収じゃ」


 鬼ー!


「もー! そんなヤバいの呼ばないでくださいよ! わたし、返り血まみれなんだけど!?」

「新鮮なうちは大丈夫じゃ。だが、朝まで放置するとまずいのう。どれ、我も少しは手伝ってやるとするか」

「もー! 先にシャワー浴びちゃダメですかね?」

「駄目じゃ」

「ぶー」

「牛になったり豚になったり忙しい奴じゃの。ほれ、はよ始めんと暗くなってしまうぞ」

「ひーん!」

「今度は馬かの?」


 わたしが今日倒した魔物は4体だ。それだけならすぐ終わるだろうけど、ヒュドラの首がそこら中にごろごろ落ちている。斬っても斬っても生えてくるんだもん。わたしも、何本斬ったかなんて覚えていない。


 日没まであとわずか。暗くなったらもう回収は不可能だ。仕方なく起き上がって魔獣の躯の回収を始める。


「ほれ、あっちにもあるぞ」

「ういー」


 上空から指示を出すツクネ様。手伝うとか言ったくせに口しか出さない。まあ、見つけてくれるだけでもかなり助かるんだけどね。


 草木の生い茂った森の中で、幾つあるのかもわからない首を全部回収するには、ツクネ様センサーを頼るしかない。


 もともと全部ツクネ様のせいなんだけどね!


「こっちじゃ、こっち! こっちにもあるぞ!」

「ぎゃあ!?」

「かかかっ!? 色気のない声じゃのう」


 大きなお世話ですー!


 毒々しい色合いの頭が白目を向いてこっちを向いている。


 まったく、気味が悪いったらない。しかも、ヒュドラの首は、頭の部分だけでも最初に倒したメガロベアより大きいのだ。こんなの急に出くわしたら心臓止まるぞ?


 わたしは目を見ないようにしながら首を倉庫に回収する。


 倉庫にアイテムを回収するのも、感覚的に出来るようになっていた。◯ボタンを押してアイテムを拾う感覚だ。それだけで巨大な躯が次々倉庫に消えていく。


「よし、もうこれで最後じゃ」

「おわったー!」


 何とか陽が落ちきるまでに、ヒュドラの首を回収し終える事が出来た。わたしはARデバイサーを開いて、回収された魔物を確認する。


 ケラトボアの死体1体。

 メガロベアの死体1体。

 マスラオーガの死体1体。

 幼体ヒュドラの死体1体。

 幼体ヒュドラの首108本。


 どうやら、素材として処理されていない状態だと死体としてカウントされるらしい。


 マスラオーガってあの変態オーガの事か。なんでツクネ様はあんなのよこしたんだろ?


 首の数108本。煩悩かな?


 わたしはARデバイサーを閉じる。


 当然だが、ゲームと違って倒した魔物が自動で解体されたりはしない。倉庫に入れておけば腐る事は無いけど、死体を入れたままにしておくのも気持ち悪い。とはいえ、わたしには魔物を解体する知識も技術も無い。でかいのばっかりだし、とてもじゃないが、素人の手には負えないだろう。一番良いのは、やはり専門の技術と設備のある業者に丸投げすることだ。やっぱりここは冒険者ギルドかな?


「ねえ、ツクネ様? この世界にも冒険者ギルドってあるんですか?」

「うむ。大きい街に行けばあるぞ。だが、恐らく其方が思っているのとは……いや、まずは行ってみるとよい」


 なんか言いかけたみたいだけど、まあいいか。


 よーし! 街に行こう! 俺つえーでの定番。冒険者ギルドで倒した魔獣を山積みにして、『なんじゃこりゃ!? とんでもねぇ新人が来やがった!?』イベントを起こすのだー! で、死体は全部引き取ってもらおう。


「何をしておる。部屋に帰るぞ」

「はぁい。ステータスオ……」

「言うなというに!」

「いたっ!」


 昼間でも薄暗い森の中だ。星明りなんて届きやしない。真っ暗になる前にわたし達はマイルームに帰還した。


 ツクネ様のげんこつは結構痛い。

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