第5話『チュートリアル~舞闘士~』

 わたしはメガロベアの顔面に向けて指先を向ける。


「オーラバレット!」


 オーラバレット。気力の弾丸を発射する全職標準装備の近、中距離用気功系基礎スキルである。基礎スキルといっても45口径の拳銃に匹敵する威力があり、対人や、小型のエネミーには十分通用する。


 まあ、クマを倒すには威力不足だ。チャージすれば拡散で発射できるけど散弾じゃなー。


 至近距離で放ったオーラバレットに、驚いたメガロベアが大きくのけぞった。今はそれで充分。その間にわたしは体勢を立て直すと、次のスキルを発動する。


「オーラドライブ!」


 オーラドライブは気功系基礎支援スキルで、身体能力を向上させる。OSGでは筋力と敏捷が3割上昇する効果があった。


 そうだね。人間の筋力が3割増しになったってクマは倒せない。だけど、オーラドライブを発動した瞬間、わたしは身体が綿毛のように軽くなるのを感じた。100メートル走で10秒だったのが7秒で走れるようになった程度の変化だけどね。


 向上してるのは筋力だけじゃなくて動体視力や、聴力といった感覚もだ。設定上は知ってたけど、感覚の向上を体感するのはで使用する今回が初めてになる。


 動体視力が上がったことで、メガロベアの動きがさらに見えるようになった。機動力の向上と合わせて、さっきまでとはもう別ゲーと言えるくらいの変化である。


 ガルッ!


 メガロベアはオーラバレットを受けて怒り心頭のご様子だ。執拗な攻撃を仕掛けてくるが、わたしは速さでそれを翻弄する。


「オーラセイバー!」


 クマパンチを掻い潜り、わき腹を気力の刃で切り裂く。オーラセイバーは、オーラバレットと同じく、気功系の接近戦用基礎スキルだ。威力は鉈を振るう程度で、やはりクマを倒すには力不足。


 気功系基礎スキルのオーラシリーズは、あと防御用のオーラシールドと、回復用のオーラエイドなんかがあるけれど、わざわざクマパンチを食らって試そうとは思わない。当たれば即死なのは変わってないから。あと、いちいち声に出さなくても使えるけど、気分は大事。


「手を貸してくれてありがとうツクネ様」


 わたしは危機的状況で手助けしてくれたツクネ様に礼を言う。リンゴをぶつけた瞬間、管理者の力で、わたしの中で混線している状態だった、神経とスキルの接続を正してくれたのだ。痛かったけど。


「ふん! 手間をかけさせおって! だが、気功だけでは力不足じゃな。魔法はまだ使えんのか?」

「んー、行けそうだけどちょっと待って」


 魔法の使用も行けそうな気はする。でも、失敗の恐れもある。まずは距離をとって仕切り直しといきたかった。


 頭を踏み台にして、メガロベアの背後へ飛ぶ。


「ふぅ」


 OSGでは息が上がることは無かった。スタミナが切れる事も無かった。でも今は違う。体力には限界があり、傷を負えば動きは阻害される。


 あまり遊んではいられないね。ここからは本気だよ!


 わたしは羽織っていたケープコートを脱ぎ捨てた。ケープコートの下は扇情的なオリエンタルな踊り子の衣装で、防御力は皆無である。ほとんど裸のような格好だが、例え鎧を着ていたとしても、メガロベアのクマパンチは防げないだろう。だから、身軽な衣装で挑むのは間違っていない……はず。それに素肌の方がより魔力を感じる……気がする。


 OSGでも本気を出すときは脱いでいた。OSGでは防具と衣服は別になっていて、衣服でパラメーターは変化しない。だから、プレイヤーキャラは各々好きな格好でプレイしていたのである。


 プレイヤー共のリビドーとテンションは上がりまくってたみたいだけどなー。


 まあ、友人からは痴女ばっふぁーとか、ふんどしみゅ裸とか散々笑われたけどね。


 恥ずかしいなんて思わない。だってわたし踊り子だもん。見られるのだって仕事の内だ。


 ただし、『見抜き』は勝手にしてくれよ? いちいちDMで言ってくんな!


 ……グオッ!


 メガロベアが警戒した様子を見せる。わたしを餌から強敵に認識を改めたようだ。


 魔法も行けるだろう。踊り子は中級の攻撃魔法スキルが使えるから、メガロベア程度なら安全な距離からそれで倒せる。でも、それはわたしの戦い方じゃない。


 OSGではメインとなる職に、サブ職を入れる事でプレイヤーに合った戦闘スタイルをとることが出来た。


 例えば、メイン剣士にサブ闘士といった脳筋プレイ。


 例えば、メイン僧侶に、サブ薬師の聖女プレイ。


 例えば、メイン銃士に、サブ召喚士を入れた遠距離チキンプレイ。


 そして、わたしが選択していたのは、支援職である踊り子をメインに、前衛職である闘士をサブ職に入れた、突撃前衛支援プレイだ。


 踊り子は装備できる武器が多く、前衛での戦闘もこなせる支援職だ。弱点は敏捷以外のステータスが低めで、器用貧乏感が強いこと。


 闘士は、高いHPと攻撃力を持つバリバリの前衛職で、弱点は装備できる武器が少なく、攻撃スキルの癖が強く扱いが難しいというもの。


 踊り子と闘士の組み合わせは、お互いの弱点を打ち消しあい、OSGサービス開始間もないころは人気があった。


 手数が多いとソロプレイで楽だし、ボス戦では前衛と一緒に突っ込んで、攻撃、支援、回復の全てをこなせることで重宝された。前衛としては頼りないHPは、当たらなければどうということないしね。


 そんな大忙しのピーキープレイで活躍していたことから、プレイヤーは舞闘士と自称していた。痛い。


 でも、それも中盤ごろまでの話。ボス戦の難易度が上がってくると、前衛、後衛、支援の役割を明確にして連携しないと攻略が難しくなり、複合職よりも一芸に特化した職が求められるようになっていく。


 舞闘士(自称)にとっては不遇な時代の始まりだ。


 前衛に出るにはHPが低い。高難易度では回避もままならず、自身の回復で手がいっぱいで支援どころではない。後衛に回っても攻撃が低いし、支援範囲が狭いから、前衛に支援が届かなくなる。こうして、舞闘士(自称)は完全に足手まといになってしまったのである。


 舞闘士(自称)に限らず複合職全体に言えたことだけどね。


 もっとも、OSGでは職を自由に切り替える事ができたから、特化した職に変更すればよかった。わたしは一応古参プレイヤーだったし、ノウハウも資金もあった。装備を整えればいくらでも活躍できたと思う。


 でもさ。つまんなかったんだ。


 鉄火場のようなプレイに慣れたわたしには、特化した職で自分の役割を全うする協力プレイってやつがね、どーうしてもつまんなかったんだ。


 クランマスターからは「ミュラちゃんが我儘なだけ」ってド正論で殴られましたけどね。そりゃ、仕事なら、つまらないからやらないは通らないよ。


 でも、OSGはゲームだ。楽しくなければやる意味はないし、周囲としても、やりたくないなら仕方ないで話はおしまいだ。


 わたしはボス戦に出なくなった。


 惰性でデイリーこなすだけの日々になった。


 仲間とも疎遠になっていって、彼らの活躍を遥か後方から眺めている間に、OSGは終わってしまった。みんな消えてしまった。


 わたしは後悔していたんだ。例えゲームでも、本気で向き合わず、取り残されて行った事を酷く後悔していたんだ。


 そこにツクネ様がチャンスをくれた。新しい世界で、こんどこそ命を熱く燃やし尽くすような人生を送りたいから、ごめんねクマさん。わたしは今ここであなたのご飯にはなれない。


 軽くステップを踏んでリズムをとる。腕を空に向けて、大きく身体を伸ばす。


「オーラバーン」


 気力を最大限に昂らせ、オーラ系スキルの威力を倍増させる、踊り子固有の気功系支援スキルだ。


 オーラバーンで終わりではない。本命はここからだ。


 さあ、クマさんかかっておいで。あなたに異界の舞技を見せてあげるよ。


「勝負だクマさん!」


 挑発するように身をかがめて、片手を地面に付く。


 魔導回路接続。イグニッション、ディストーションドライブスタンバイ!


「はっけよい!」


 途端、わたしの身体が金色の光に包まれる。


 成功!


 攻撃力と防御力を劇的に向上させる次元系支援魔法、イグニッションとディストーションがわたしの身体を高位次元へと押し上げたのだ。


 攻撃力向上魔法のイグニッションと、防御力向上魔法ディストーションは、イグニッションだけだと赤に、ディストーションだけだと青に、両方かかると金色に発光する。これで、パーティメンバーにちゃんと支援がかかってるか目視で確認できて便利なんだけど、その見た目から、トラ◯ザムだの界◯拳だの、スーパーモードだの好き勝手な掛け声とモーションで発動させるのが常態化していた。一部のDBファンから、両方かけると弱体化するだろとかなんとか、わけわかんない難くせつけられたのを覚えている。


 イグニッションとディストーション(通称イグディス)は強力だが持続時間は3分と短い。ボス戦中、パーティメンバーを金色状態で維持できるかが、支援職の腕の見せ所なのだ。


 因みに、わたしのお相撲スタイルでの発動はプレイヤーの趣味だ。OSGでは結構ウケてたよ。


 グォッ!


 立ち上がり、クマパンチを繰り出すメガロベア。わたしはあえて懐に飛び込むことで回避する。そして……


「どっすこぉーーい!」


 グォォォォォン!?!?!?


 メガロベアの腹に潜り込み分厚い毛皮を掴むと、メガロベアの巨体を持ち上げ……投げた。


 背中から地面に叩きつけられるメガロベア。


 オーラバーンで強化されたオーラドライブ。イグニッション&ディストーションによって、ついに人はクマを凌駕したのだ。


 起き上がったメガロベアの腹に張り手を入れて、怯ませると、後ろ足を掬って再び転がす。


「今降参するなら家来にしてあげよう」


 メガロベアはこちらの都合に付き合わされた被害者だ。スキルが使えるようになった今、撤退するなら追わないし、家来になるなら、森にいる間お馬さん代わりに使ってやっても良い。


 ガォン!


 返答はクマパンチ。またしても交渉は決裂だ。メガロベアは完全にわたしを敵と認識したようで、牙をむき出しにして襲いかかる。


「やっぱ駄目か」


 ごめん。わたしは心の中で謝ると、メガロベアの命を奪うべく気力を練り上げ強く踏み込む。


「列破破鋼拳!」


 次の瞬間、わたしはメガロベアの胸に手刀をめり込ませていた。毛皮と筋肉の壁を貫き、ろっ骨を砕き、心臓を貫く。そして……


「爆!」


 列破破鋼拳は貫手で相手の身体をぶち抜いて、体内で気の爆発を起こす闘士固有の気功系スキルだ。貫手なのに拳なのは何故? というのはわたしに聞かないで。


 心臓を吹っ飛ばされたメガロベアは、逆流した血を鼻や目から噴き出しながらこと切れた。


 OSGだと、HP削りきるまでエネミーは死なない。でも、現実の生物の場合、心臓が吹っ飛べば……まあ、こうなる。


「決まった」


 メガロベアの躯から腕を引き抜く。血が噴き出し、肌を濡らす。


 気持ち悪い。臭い。


 血肉の感触も匂いも、生き物を殺す罪悪感も、OSGには無かったものだ。


 気持ち悪い。シャワー浴びたい。


「かかかっ! これじゃよこれ! これが見たかったんじゃ! を投げ飛ばすとか普通はやらんぞ? やはり其方は面白い!」

「悪趣味だよツクネ様。無益な殺生をさせられた」


 一応いっとくけど、わたし、別に戦うのが好きってわけじゃない。勝負事は好きだけど、命のやり取りを積極的にやりたいとは思わない。


「益はあったじゃろうが! それに創造主とはえてして理不尽の権化と決まっておるのじゃ!」


 にんまり笑うツクネ様。


 わたしは小さくため息をひとつ。


「因みに、メガロベアがハードモードなら、イージーモードはどんな相手だっだんです? 角のあるウサギとか?」

「そんな村人でも倒せるような相手なわけが無かろう。の相手は小奴じゃ!」


 しまった! 余計な話をふったかも!?


 後悔した時にはもう遅い。ツクネ様が小石を投げた方角から雄叫びが上がる。


 ブモォォォォォ!


「いのぉ!?」


 それは鼻先に角を持つ巨大イノシシだった。わたしは、まっしぐらに突っ込んできたそのイノシシの角を白刃取りで受け止めると、捻るように投げ倒す。


 ブモッ!?


 横倒しになったところを、目にオーラバレットを打ち込んだ。オーラバーンの効果で、オーラバレットの威力は対物ライフル並みにまで上がっている。気力の弾丸に頭蓋を貫かれ、イノシシは息絶える。


 あっさり倒せたけど、気功も魔法も無かったらぐっさりいってたぞ!?


ではやはり其方には力不足じゃったな! よし! 次はでいくかのう! それからじゃー!」

「ちょっとまって!?」

「問答無用じゃー!」


 小石をぽいっと放るツクネ様。


 その後わたしは、腕が6本あるオーガ、それにやたらでかくて頭が沢山あるトカゲと戦わさせられた。


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