第4話『チュートリアル~戦闘~』

 わたしとツクネ様はマイルームを出て、再び森の中へと戻って来た。


にはや鑑定といった機能もあるぞ。使い方は其方の方詳しいじゃろ?」


 アイコンのデザインは見たことがあるものばかりだ。地図のアイコンがマップ。ルーペのアイコンが鑑定だろう。わたしはプレイヤーの知識を一部引き継いでいるっぽいから、画面の見方はなんとなくわかる。倉庫にしてもOSGのシステム画面で見ていたもの同じだったから、初めて使う気がしないくらい使いやすかった。


「これ、OSGのパクリ?」

「参考にしたと言え」


 ARデバイサーには、OSGでプレイヤーが使っていたシステム面での機能が集約されているようだ。だけど一部無くなっている機能も存在する。


「ツクネ様? レーダー無いんですか?」

「考えたが、何に反応するようにすればいいのかわからんかったから無しにした」


 いや、レーダーというか、探索魔法やスキルって異世界物のお約束だし。わからんかったで済まさずに、もうちょっと考えて欲しかった。


「何にって、そりゃエネミーじゃないですかね?」

「我が世界はではないのじゃぞ? 何をもってえねみーとするんじゃ?」


 OSGでは人間だろうが、魔物だろうが、異次元生物だろうが、倒せば経験値が入ってアイテムがドロップする存在を敵としてレーダーに表示されていた。だけどそれは、OSGがゲームだったから。


 ツクネ様の言葉に、わたしはこの世界が現実であるのだと、改めて実感させられる。


「うーん。襲ってくるやつとか?」

「攻撃されるまで反応せんのじゃ遅いじゃろ?」

「相手の敵意に反応するとか?」

「それ、街中に入ったら面白いことになりそうじゃの? 其方同性に嫌われそうじゃし」


 なんてこと言いやがる!? わたしは踊り子だぞ!? 皆を笑顔にするのが仕事のアイドルだぞ!?


「獣も魔物も敵意で人を襲うわけではないぞ? あえて怒らせるような真似をせぬ限り、感情で襲ってくるような生き物は人間だけじゃ」

「じゃあ、脅威になる生物とか?」

「人にとって真に脅威となるのは、魔物よりも疫病じゃろ? 竜に襲われて死んだ人間より、で死んだ人間の方が、圧倒的に多いのじゃ。や細菌、媒介するねずみや蚊を表示させていたら、わけわからんようになるぞ?」


 まったく。ああ言えばこう言うツクネ様だ。


「ふふん。道具に頼らず、敵意を持つ相手は自分で察知できるよう鍛錬する事じゃ!」


 小さな手で頭をぺちぺちと叩くツクネ様。ぶー。


「さて、これから気力と魔力を扱う訓練を行う。一旦を消すがよい」

「消し方は?」

「右上のばってんじゃ」

「ほんとスマホみたい」

「参考にしたからの」


 ツクネ様の言う通りバツ印を押すと、手のひらの上にあったARデバイサーは消える。


「慣れれば音声入力無しで、自在に出し入れできるようになるじゃろう」


 なるほど。ARデバイサーアクティブは絶対じゃないのか。


「ステータスオープン」


 あ、出た。


「これ! それは言うなと言うたじゃろう!」

「あいたっ!」


 蹴られた。結構痛い。


「まったく! 魔力と気力について、で優しく教えてやろうと思ったが気が変わった! でいくぞ!」

「あのー、こっちはこの世界初心者なんでお手柔らかに……」


 難易度ハードはOSGではレベル20からだった。始めたばかりの初心者にはきついと思うぞ?


「問答無用じゃ! とりゃ!」


 掛け声を上げて、ツクネ様はさっきまで食べていたリンゴの芯を森の奥に向かって放り投げる。力があるのか超能力かは知らないが、リンゴの芯はやたら勢いよく飛んでいって見えなくなった。


 もー、森にゴミ捨てちゃ駄目だよツクネ様。


「ん?」


 リンゴの芯が飛んで行った方から何かが近づいてくる。草木の揺れ具合から結構大きい。


「ちょっと、ツクネ様? 何を怒らせたの? って……くまぁぁぁぁぁ!?」


 現れたのは真っ黒い毛に覆われた巨大なクマだ。後ろ足で立ち上がった全高は4メートルくらいある。体重は1トンを下らないだろう。


「かかかっ! の大物じゃ! 転生者はを倒して一人前って言うじゃろう? 練習相手として不足はあるまい!」


 そんな格言知るか!


 普通は角のあるウサギとか、スライム倒しながら成長していくものなんじゃないかな? 最初からクマ倒すような俺つえーは今時流行らないよ!? たぶん。


「わたし今丸腰なんだけど?」

「なに、には特殊な能力は無い。武器は爪と牙。そして圧倒的だけじゃ! 耐久力が高く人の身で倒すのはきつかろうが、其方が気力と魔力を使いこなせれば容易に倒せる相手じゃぞ?」


 ぱぅわぁじゃねーよ! 今は気力も魔力も使えないんだよ!


 メガロベアのサイズは、OSGの最初のステージボスであるハンマーコングに近い。見た目がクマな分まだ可愛げがあるけど、いきなりボスクラスは、ちょっとスパルタが過ぎませんかね?


 金色の目がこちらを向く。どうやらロックオンされたらしい。


 クマさんクマさん。お友達になりましょう!


 はい! 笑顔!


 ガォン!


 太い声を上げて襲い掛かってくるメガロベア。わたしはそれを躱すが、クマパンチを受けた後ろの木が、バキバキと音を立てながらへし折れた。


 駄目かー。クマ公にはわたしの魅力が伝わらないと見える。


 倒せと言われても、今のわたしは初期装備すら無い丸腰だ。あのクマパンチを食らったら一発でミンチである。


 まあ、当たればね。


 グォォッ!


 再度クマパンチを繰り出してくるメガロベア。わたしはそれをひょいと躱す。OSGでは回避タンクもやってたからね。避けるのは得意なのだ。


「見え見えだよクマさん!」


 クマパンチや突進をひらりひらりと躱してのける。面白いくらい良く動く身体だ。運動神経だけでなく動体視力にも優れていてメガロベアのクマパンチなんて止まって見える……とまでは言わないけれど、よほどのヘマをしなければ当たらないってくらいには見えている。


 とはいえ、今はこちらから攻撃する手段が無い。例え武器があったとしても、OSGの武器ならとにかく、この世界の剣や槍で倒すのは難しいだろう。弩あたりがいるんじゃないかな?


 逃げるという選択肢も無い。直進速度、森の中での走破能力は向うが上だ。逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろうから背中は見せられない。常に視界に入れ続け、攻撃を躱し続けるのが、今出来る唯一の手段である。


 スキルが使えれば、一発で逆転できるんだけど!


 OSGでは、気功も魔法を全てひっくるめてスキルと呼んでいた。


 スキルは大きくみっつの系統に分けられている。


 気力を基にした気功。


 魔力を用いた魔法。


 そして、自然科学を元に、様々な武器やアイテムを生み出す錬金術。


 錬金術は、自身で製作した薬品や銃といった武器を使うスキルなんだけど、これはもう忘れていい。だって、武器も薬品もこの世界に持ってこれなかったから。あと、一応言っとくけど、錬金術と管理者としての力は全くの別物だ。


 気力も魔力も身体では感じている。ただスキルとして発動させるにはこう……なんというか絡み合った糸がほどけていないような状態で、意識と上手く繋がらない。なんせ、第六感から八感までみっつ同時に来たからね。言語化は難しいが、とにかく今は無理なのだ。


 メガロベアの体当たりをひらりと躱す。相手は隙だらけだというのに、何もできないのがもどかしい。


「その程度のくまっころに何を手こずっておる。さっさと倒さんと日が暮れてしまうぞ?」


 上空に浮遊して煽ってくるツクネ様。何処から出したのか、ふたつめのリンゴを齧ってるし。


「クマさんや。一緒にまずあの人形を倒さないか?」


 グオッ!


 クマさんパンチが飛んできた。交渉は決裂だ。


「あほなこと言うとらんでさっさと倒すのじゃー!」


 そんなこと言われてもなー。


 ツクネ様に煽られてるのもあるが、わたしもじれてきたんだと思う。これまでわたしはメガロベア攻撃を余裕を持って躱して来た。けれど……


 迫るメガロベア。クマフックをしゃがみ回避。その顎に掌底を打ち込む。


 駄目。効いてない。


 わたしはくるりと身を翻し、大きく足を上げて振り下ろす。踵落とし。


「馬鹿者!」


 ツクネ様が慌てたように声を上げた。


 そう。わたしは馬鹿だった。小娘の打撃なんか、この怪物に効くはずないのだ。


「ひゃっ!?」


 案の定、強靭な身体に弾かれて、バランスを崩したわたしはその場に尻餅をついてしまう。


 はやる心、そして、身体能力への慢心が起こした痛恨のミス!


 巨体で押しつぶそうというのか、メガロベアが威嚇するように立ち上がる。


 終わった。


 そう思った瞬間だ。


「仕方がないのう!」

「あいたっ!」


 ツクネ様が食べかけのリンゴをわたしに向かって投げたのだ。


 わたしはそれを頭に受けて……その瞬間、何かが嵌った。来た。繋がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る