肆 狐仙果(こせんか) その一
初めまして。
こうやって、人前で話すのは慣れてないので、やっぱ緊張しますね。
僕ですか?
タイラコウイチと言います。
フリーターやってます。
二年前に大学出たんですけど。
就職失敗しちゃって。ははは。
そんなことより、僕が経験した話ですよね。
多分この話をしても、あまり信じてもらえないと思うんですけどね。
僕がまだ大学二年の時の話です。
皆さん、西遊記って読んだことありますか?
そうです。
孫悟空とか、三蔵法師が出てくるやつです。
僕、こう見えて結構読書好きなんですよ。
西遊記も、原書の翻訳本を、何回も読み返してたんです。
今でも持ってますよ。
その西遊記に出てくるエピソードの中に、人参果という物が出てくるのが、あるんですよ。
ご存じないですかね。
まあ、金角銀角とか、牛魔王みたいな、有名なエピソードじゃないんで、仕方ないですけどね。
で、その人参果ですが、人参と言っても、土の中にあるんじゃなくて、木に成ってるんです。
それがどうした、という顔をされてますね。
実は僕たち、そのエピソードと、似たような経験をしたんですよ。
ほら、やっぱり嘘だろって、顔してますよね。
僕も、逆の立場だったら、嘘だと思いますよ。
でも、事実なんです。
僕たち、四年前に不思議な場所に迷い込んだんです。
あ、僕
その頃僕たちは、つるんでよく旅行に行ってたんですよ。
行き先とか、泊る所とかは前もって決めずに、その時その時、二人で相談して決めるみたいな、かなり適当な旅行でした。
学生なんで、あまりお金もなかったんですけどね。
その時は二人とも、短期のバイトで稼いだ金があったんで、少し奮発して遠出しました。
行き先は、僕たちにしては珍しく、宮崎県の高千穂に決めて出かけたんです。
皆さんもご存じでしょ?
天岩戸の神話で有名な場所です。
高千穂峡とか、綺麗でしたね。
せっかくだから、天岩戸神社も見てきましたしね。
一通り有名な観光地巡りをした後、まだ少しお金と時間に余裕があったんで、途端に物好きの血が騒いじゃったんですね。
少し観光地から外れた場所にも、行って見ようということになったんですよ。
高千穂町から、熊本方面に向かう県道を少し歩いた後、僕たちは県道から逸れて、山に入る脇道に踏み込みました。
そういうことは何時ものことで、道に迷いそうだったら、あまり深入りせずに、元来た道を戻るのが常でした。
脇道を少し上ると、Y字型の三差路に行き当たりました。
左右どちらも、山を登る道のようでした。
Y字路って、強制的に二者択一を迫られているようで、何となく嫌ですよね。
そこで間違った選択をすると、運命が変わってしまいそうで。
そんな気がしませんか?
僕は何となく嫌な感じがしたので、クリヤマ君に引き返そうと提案しました。
しかし彼は、せっかくここまで来たのだから、もう少し上まで進もうと主張しました。
結局僕たちは、ジャンケンで決めることにしました。
そして、ジャンケンに勝ったクリヤマ君は、左の道を選択したのです。
その山道は割となだらかで、登るのに左程苦労はしませんでした。
そして小一時間ほど進んだ時、行く手に人家が見えたのです。
そこは数件の民家が立ち並ぶ、小さな集落でした。
中には何故か、人気がありませんでした。
――廃村かな?
僕は思ったのですが、その割には、集落の中が荒れている様子はありませんでした。
僕たちが登って来た道は、その集落が終着点だったので、元来た道を引き返すことにしました。
そして道を下って行ったのですが、いくら進んでも、あの三差路に辿り着けません。
道は一本しかなかったので、迷うはずもないのですが、ただ真っ直ぐの道が続いているだけで、行けども行けども、だらだらと長い下りが続くだけでした。
そしてとうとう、日が暮れ始めたのです。
僕たちはそのまま道を下るか、あるいはあの集落まで引き返すか、迷いました。
するとその時、下から人が登って来たのです。
その人は、四十代くらいに見える男性で、グレーの作業服を着ていました。
僕たちを見て、その人は少し驚いたようですが、すぐに近づいて来て、事情を聞いてくれました。
その人は『コモリ』と名乗りました。
どうやら、先程の集落の住人のようでした。
「ああ、道に迷われたんですね。すぐに陽が落ちて、山道は真っ暗になりますから、危険です。今日はうちに泊まって行きなさい。すぐ上ですから」
その人は親切にそう言ってくれましたが、僕は不思議でなりませんでした。
だって、あの集落から結構下って来ていたのですから、引き返すにしても、そんなに近くはない筈なんです。
ただ、僕たちはかなり歩き疲れていて、知らない場所で道に迷うことも怖かったので、その人について行くことにしました。
コモリさんの言葉通り、道を戻ると、十分程で集落に到着しました。
――今まで、どこをどう歩き回っていたんだろう?
僕とクリヤマ君は、顔を見合わせましたが、集落に辿り着いた時には、陽も大分と暮れていたので、コモリさんのお宅に、お世話になることにしたのです。
そこは集落の奥にある、少し大きめの平屋でした。
コモリさんは、一人暮らしのようで、家の中には誰もいませんでした。
コモリさんに訊くと、集落には彼以外、誰も住んでいないとのことでした。
僕は、山での一人暮らしは大変だろうなと、ぼんやりと思いました。
暗い外から、灯りが点る家の中に入ると、やはりホッとした気分になります。
山の中なのに、不思議と電灯があったので訊いてみると、自家発電しているという答えが返ってきました。
「ちょっと待ってね。大したものはないけど、ご飯用意するから」
コモリさんは、親切にそう言ってくれました。
「すみません。トイレお借りしていいですか?」
僕が尋ねると、コモリさんは厨房脇のトイレに案内してくれました。
用を足してトイレを出ると、厨房に立つコモリさんの背中が見えました。
何気なく彼の手元を見ると、何かを切っていました。
それは、小さな人型をした、黒褐色の物でした。
目の錯覚かも知れませんが、微妙に動いているように見えます。
そしてコモリさんが包丁を入れた時。
「キュー」と、小さな声が聞こえた気がしたのです。
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