雨夜鳥
九戸政景
雨夜鳥
大雨が降る夜、
「はあ、雨って良い思い出がないんだよな。彼女、いや元彼女の浮気を目撃したのも雨の日だったしなぁ……」
泉貴はその整った顔を歪ませながら深い悲しみと共にため息を再度つく。項垂れるその背中には悲壮感が漂っており、スーツの草臥れ方も相まって若者とは思えない哀愁も感じられる程だった。
そうして泉貴は窓に手をつけたままでしばらくボーッと雨を眺めていた。泉貴の心情を表すかのような大雨はただ降り続けるだけであり、夜の暗闇の中で激しい雨音が響き続けていた。
「……こうやってボーッと見ていたってしょうがないし、さっさと着替えて飯にしよう」
ため息混じりに言いながら泉貴が窓から離れようとしたその時、窓はコンッという軽い音を立てた。
「え?」
窓に視線を戻すと、窓の桟のところには青い鳥が倒れていた。泉貴はボーッと見ていたが、やがてハッとすると窓を急いで開け始めた。
「とりあえず中に入れてやらないと……!」
青い鳥を中に入れると、泉貴はタンスから取り出したハンドタオルをテーブルに広げ、その上に青い鳥を乗せた。青い鳥は寒さで体を震わせながら弱々しい声で鳴いており、今にもその命の灯は消えそうになっていた。
「まずは体を拭いてやって……その後は暖めてやらないと……!」
泉貴は青い鳥を助けるために必死になって行動した。それが自分の使命かのように泉貴は着替える事や恋人に裏切られた悲しみすらも忘れて青い鳥の命を助けるためだけにただ動き続けた。
そして十数分後、タオルの上で倒れる青い鳥の呼吸が安定してくると、泉貴は額に浮かんだ汗を拭いながら笑みを浮かべた。
「よかった……それにしてもインコみたいだけど、どこから飛んできたんだ? ペットが逃げ出したっていう話はよく聞くけど、こんな雨の中逃げ出すなんて中々無いんじゃないか?」
泉貴は腕を組みながら首を傾げていたがやがて諦めた様子で頭を振った。
「まあ考えてもわからないか。とりあえず、このインコは元気になるまでウチで面倒を見よう。雨宿りならぬこの雨夜鳥をな」
青いインコを見ながら泉貴は独り言ちていたその時、インターフォンが鳴り、泉貴は玄関に向かった。そしてドアを開けると、そこには不安そうな顔で傘をさすスーツ姿の女性がいた。
「あれ、
「え……あ、立神先輩。ここは立神先輩のお家だったんですね……」
「知ってて来たわけじゃないんだね。まあこんな雨の中で立ち話もなんだからとりあえず上がって。だいぶ冷えてるみたいだしさ」
「は、はい……」
照山みちるは傘を閉じると玄関の傘立てに傘を置き、暗い表情のままで家に上がった。そして泉貴からの心配そうな視線を浴びながらみちるはリビングまで歩いてくると、テーブルの上にいたインコの姿に目を開きながら驚いた。
「ち、チルチル!」
「え?」
みちるはテーブルに駆け寄ってインコを持ち上げると、目からポロポロと涙を流した。
「よかった、本当によかった……!」
インコを見ながらみちるが涙声で言っていると、泉貴はみちるに近づいた。
「そのインコ、照山さんのところのペットだったんだね」
「はい。私がみちるという名前でこの子が青い鳥なのもあって、メーテルリンクの青い鳥に出てくるミチルの兄の名前をつけたんです」
「なるほど」
「帰ってすぐにエサをあげようとしたら換気のために軽く開けていた窓から逃げてしまって、着替えるのも後にして探していたんです。保護していただき本当にありがとうございました!」
チルチルを手に乗せたままでみちるが頭を下げると、泉貴は笑みを浮かべた。
「偶然でも照山さんのところのペットを保護出来ててよかったよ。それにしても、この雨に濡れてたら長い事飛べないだろうし、照山さんの家とウチって結構近いのかな」
「そうだと思います。探し始めたのもだいたい20分前くらいでしたから」
「じゃあ本当にご近所か。それならチルチルが元気になるまでウチで休んでいきなよ。照山さんだって傘をさしていたとはいえ体が冷えてるだろうからさ」
「そ、そんな申し訳ないですよ」
「良いから良いから。まあ同じ会社の人間とはいえ異性の家にいるのは不安かもしれないけど」
「そ、そんな事ないです……!」
みちるの声に泉貴は驚く。
「他の人だったらそうですけど、立神先輩なら安心出来ますから……」
「それは嬉しいけど、でもどうして?」
「……私、実は立神先輩の事が好きで、前から話をするきっかけがないかなと思っていたんです。だから、立神先輩が出てきた時は嬉しかったです。チルチルを利用する形にはなってしまいますけど、少しでも話が出来るなと思いましたし」
「そうか……」
泉貴は小さくため息をついた後、みちるに対して微笑みかけた。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。少し前に恋人と別れたのが雨の日だったのもあってさっきまで憂鬱だったしさ」
「そうだったんですね。私でよければお話を聞きますよ。チルチルを助けていただいた件もありますし」
「ありがとう。それにしても、童話とは違う結末になったな」
「え、どういう事ですか?」
チルチルを見ながら泉貴はその体を軽く撫でる。
「童話は幸せは身近なところにあったって話だったけど、俺達の場合は青い鳥が幸せを運んできてくれたからさ」
「……そうですね。逃げちゃった時は大変でしたけど、チルチルに感謝しないとですね」
「ああ」
泉貴とみちるは揃ってチルチルに視線を向ける。その後、雨が少しずつ弱まっていく中で泉貴が淹れた飲み物を味わいながら二人はリビングで話していたが、それと同時に二人は心からの幸せを噛み締めており、その中心では青い鳥が静かに体を丸めていた。
雨夜鳥 九戸政景 @2012712
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