第13話、策士、策に溺れる!

「悪いっすね、デカメロンさん。俺は海賊になったんすよ」


そこで言葉一度切り、冷酷な笑みを浮かべて続ける。


「ここで海賊カルテルに名前を売っておくのも悪くないと思いましてね。昨夜の内にカルデバランのキムさん、いやライリー洪さんでしたっけ、に連絡を取って置いたんです。俺の船にGPOの刑事が乗り込んで来て、証拠を押えたらアンタらを逮捕しようとしているってね」


「な、なぜそんな事を……」


「なぜっていま説明したでしょ。俺は海賊として有利に生きていきたいんですよ。それにデカメロンさん、アナタの計画が成功すると思っていたんですか?」


「なに?」


「そもそも俺の船に、偶然知っている刑事が来るって言うのがおかしいでしょ。しかもわずか一日も経たない内に、目的地まで知っていて待ち伏せしているなんて。これは絶対に誰かが仕組んだ事だって考えたんです。そして仕組んだのデカメロンさんじゃなければ、あとは一人しかいないですよね? だから俺は勝ち馬に乗る事にしたんです」


「彼の言う通りですよ、デカメロン刑事」


ライリー洪が自分の懐から拳銃を抜き出した。


「私の本当の狙いは、ここでジョージとアナタを一緒に殺す事だったんです。ここでアナタ方二人が死ねば、魔法少女誘拐事件の犯人はアナタたちという事になる。私が駆け付けた時は二人は死んでいて、魔法少女は誰かが連れ去った後だったって筋書でね」


その後を俺が引き継ぐ。


「そんな展開はゴメンだから、俺が昨夜の内に連絡したんです。ちなみにデカメロンさんの愛人アンドロイド、アイツがスパイで洪さんに情報を送っていたらしいっすよ。あのアンドロイドの通信波をマリーがキャッチして、俺はデカメロンさんの動きが筒抜けだって確信したんですよ。それで昨夜、アンドロイドを介して洪さんに連絡したって訳です」


さらに交代でライリー洪が種明かしをする。


「アンドロイド刑事は三か月に一度はメンテナンスを受ける。その時にアナタのアンドロイドのプログラムをちょっとイジらせて貰いました。査察官の権限は捜査官より上なので、これも簡単でしたよ」


デカメロンさんは呆然と立ち尽くしていた。

四人の黒服も今は自分の銃を手にし、彼女に狙いとつけている。


「船長!」


鋭く俺を呼ぶ声が横から聞こえた。

振り向くとクレアが俺に銃を向けていた。


「船長! アナタは恩人であるデカメロンさんを裏切ったんですか?」


「ま、そういう事になるかな」


俺は余裕で両手を広げた。


「そ、それじゃあ、あの娘は、ミーシャさんはどうなるんですか?」


「どうって、当初からの予定通り、キムさんに引き渡す。それが俺たちの仕事だろ?」


「彼女がどんな目に合うか、わからないんですよ!」


「そんなのは俺の知った事じゃない。人間、誰だって一寸先は闇だ」


「最終兵器でこの世界が滅んでもいいって言うんですか!」


「この世界は俺の世界じゃないからな。本当の俺の世界は二百年前の二十一世紀だよ」


「あ、あなたって人は……」


クレアが俺に向かって銃の引き金を引こうとした。

だがその銃身が震えている。

俺はゆっくりと彼女に近づいた。


「コッチに来ないで! 本当に撃ちますよ!」


「撃てよ。遠慮は要らない」


「ほ、本気ですよ!」


そう言いながら彼女は後ずさる。

だが俺は気にせず彼女に近づくと、その手から拳銃をもぎ取った。


「クレア、オマエに仲間は撃てないよ。オマエは優し過ぎるからな」


クレアが唖然として俺を見る。


「それに引き金を引いても同じだ。オマエの銃に入っていたのは空砲だからな。昨夜、俺が点検の時にすり替えだんだ」


クレアが長い髪の間から凄まじい目で俺を睨んだ。


「アナタは、自分の欲望のために仲間であるマリーを殺したんですか?」


「そうだな。ここで死んでくれて良かったよ。でないといずれ、俺が卵を産み付けられて死ぬ所だっただろ」


「ケダモノ!」


クレアの右手が激しく俺の頬を打った。

俺はそれを避けずに受けたのだ。


「この一発くらいは殴られてやるよ」


俺はクレアにそう言い残すと猫明に目を向けた。


「猫明、オマエはどうする? 俺と一緒に来るか?」


猫明が困ったような顔をして俺とクレアを交互に見たが、やがて頭を垂れて言った。


「わかった、ジョージと一緒に行くにゃ。アタイには行く所なんてないから……」


猫明は力無い様子で俺の後に続く。

次に俺はライリー洪に向かって言った。


「洪さん、それじゃあビジネスの話をしようぜ」


その時には四人の黒服たちが、デカメロンさんとクレアの両手に手錠をかけていた。


「そうですね。詳しい話はオフィスの方でしましょうか」


ライリー洪が気取った感じでそう答える。



俺はキム・ジユン改めライリー洪の後について倉庫の中の事務室に入った。


「単なる事務室の割りには、ずいぶんと立派な部屋だな」


俺はさっそく高級そうなソファに身体を投げ出すと、周囲の家具や調度品を眺めた。


「重要な取引がある時は、ここに幹部が来る事もあるんですよ。何か飲みます?」


「いや、けっこう。それより俺のお願いは聞いて貰えてるよな?」


「クレアさんをすぐには殺さない、ですよね? 大丈夫、夜にはアナタの部屋にお届けしますよ」


「頼むよ。あんなイイ女、何もせずに殺しちまうなんて勿体なさ過ぎる。少なくとも一晩は堪能させて貰わないと」


「まさかと思いますが、彼女を助けて……なんて事を考えているんじゃないでしょうね?」


「俺に従うなら助けてやってもいいんじゃないか? まぁ昼間の調子じゃ、それは無さそうだけど」


「アナタが変な考えを持っていなければ、それでいいです」


ライリー洪はかなりいい匂いのする酒をグラスに入れて、俺の前に座った。

きっと相当な高級品なのだろう。


「ところでジョージ、アナタは冷凍睡眠装置の解除システムをロックしたとおっしゃいましたね」


「ロックしたのは俺じゃない。デカメロン刑事の指示で、マリーというウチの技術者がロックしたんだ」


「なるほど、だけどそのマリーさんはさっきアナタが撃ち殺した。だからロックの解除方法はアナタしか知らないと?」


俺が黙って頷くと「抜け目のない人だ」とライリー洪は笑った。


「ところで俺はいつ、カルテルの幹部になれるんだ?」


俺がそう尋ねると洪は首を左右に振った。


「そんなに簡単になれるもんじゃありません。少なくとも各地区のリーダー三人の推薦が必要です。それにアナタはまだ組織に入るための『血の誓約』もまだ受けていませんからね」


「俺がマリーを撃ち殺した事じゃダメなのか?」


「ダメですね。そのためにアナタにはデカメロン刑事を殺して貰います。GPOの捜査官を殺したら、もう後には戻れませんから」


「別にいいさ。ここまで来たら何人殺しても同じだ。それと仕事はキッチリやったんだから残金は貰うぜ」


俺がそう話した時だ。ライリー洪の持つスマホが鳴った。


「ああ、私だ。なんだ? え、それは本当か? そんな状態で?」


電話をしながらライリー洪が俺を睨む。


「わかった、すぐ行く。それまで冷凍睡眠装置は触るな」


スマホを胸に仕舞った洪は鋭い口調で言った。


「どうやら荷物に問題があるようです。ジョージ、一緒に来てください」



俺とライリー洪が倉庫に降りていくと、黒スーツ四人以外に技術系の部下らしい男五人がそこに居た。

一人の男が洪に説明を始める。


「冷凍睡眠装置の状態をチェックしたのですが、どうやら完全に凍ってしまっているようです。現時点では生命反応も見られません」


そう言ってパネルに接続したタブレットのモニターを見せる。

そこには完全に凍結した魔法少女ミーシャの姿があった。

それをしばらく食い入るように見ていた洪は「どういう事ですか、これは?」と言って俺を睨む。


「大丈夫だろ。瞬間冷凍すれば解凍しても元に戻るってマリーが言っていたぜ」


「そんな俗説はアテになりません。ここまで完全に凍結してしまっては生き返るとは思えませんよ」


ライリー洪がそう言うと、周囲の黒服四人が拳銃を手にした。

銃口は全て俺を狙っている。


「おいおい、そう短気を起こすな。俺は元に戻す手順を知っているって言っているだろ? それを確かめずに撃ち殺す気か? 本当に魔法少女は冷凍されたままオシャカになるぜ」


「そこまで言うなら、今すぐにここで元に戻して貰いましょうか? もしそれが出来ないようでしたら……」


そう言って凄むライリー洪に俺は笑いかけた。


「そんなに凄むなよ。わかった、今からやって見せるって」



それから二時間近くが経過した。

冷凍睡眠装置にはパスワード・ロックがかかっている上、完全冷凍された生物を蘇らせるには、複雑な手順と慎重な操作が必要だ。

ライリー洪たちはさっきからイライラしている。

十分毎に「まだ解凍できないんですか?」と聞いて来る。

その度に俺は「まだだよ。慌てるな。失敗して全てパーにしたくないだろ?」と答える。


俺の方にしても、それなりに焦ってはいた。中々信号が来ない。

それから四十分近く経った時、ようやく冷凍睡眠装置のパネルに「蘇生完了」の文字が浮かんだ。


「終わったぞ」


そう言って立ち上がった俺を、ライリー洪は押しのけて冷凍睡眠装置に飛びついた。

パネルの「OPEN」スイッチをもどかしく押す。

すると黒い冷凍睡眠装置の中央に光の筋が入り、観音開きでゆっくりと扉が開いた。

急いで中を覗き込んだライリー洪はしばらく硬直した後、「なんだこれは!」と叫んだ。

他の黒服四人も唖然として冷凍睡眠装置を覗き込んでいる。

それもそのはず、中には冷凍されたままの美少女の死体が入っていたからだ。


「失敗したのか!」


そう言って振り返った洪に、俺は静かに言った。


「いいや、成功さ」


その瞬間、強烈な炸裂音と共に倉庫の半分近くが吹っ飛んだ。

強烈なビーム砲が建物に撃ち込まれたのだ。

呆然とする洪たちの前に、メタリック・ボディの人型が飛び込んで来た。

装甲宇宙服だ。


「貴様らを全員、逮捕する!」


赤いラインの昭和ヒーローもどきがそう叫ぶ。

そのすぐ後ろには、ライン無しの装甲宇宙服もいた。

ソイツも銃を構えたまま叫ぶ。


「容赦しませんよ! 私の銃の腕は社内一でした!」


さらに消滅した建物の部分から、夜空をバックにマッタリン号のビーム砲が見える。


「イザとなったらウチがここから狙い撃つから、抵抗なんて考えないでよ」


スピーカー越しのその声はマリーのものだ。

ライリー洪が唖然とした調子で俺を見る。


「どういう事なんだ?」


「ん~、そうねぇ」


俺は頭をかきながら説明を始めた。


「簡単に言うと、最初に俺が撃った蜂女、マリーって名前なんだけど、彼女は死んでないんだよ。撃たれたフリをしていただけ。それでマリーと猫明がこの建物に侵入して、掴まっているクレアとデカメロン刑事を助けたんだ。それで今、反撃に出ているって事」


「なんだと? だがデカメロンもクレアって女も演技には見えなかったぞ」


そこへ装甲宇宙服を着たデカメロン刑事がやってきて、ライリー洪に手錠をかけた。


「そりゃそうさ。私たちは何も話は聞かされていなかったんだから」


レオンの装甲宇宙服を着たクレアが、黒スーツたちに銃を構えたまま言った。


「私もついさっきまで、本当に船長が裏切ったのかと思っていました」


「じゃあ、そこで凍っている魔法少女は?」


「もちろん偽物さ。本当のミーシャは船の中にずっと隠れていた。彼女は魔法で人形なんかを作れるんだってな。そこで俺は食糧庫にある豚肉で彼女ソックリの人形を作ってもらったんだ。おかげでしばらく肉は食えないだろうけど」


「じゃあ冷凍睡眠装置に手こずっていたのも、演技と言う訳か?」


「ご名答、アンタらの目をここに釘付けにしておきたかったんだ。その隙にマリーと猫明が二人を助けなければならないからな。ちなみに反撃完了のサインは、この冷凍睡眠装置の完了サインさ」


俺がそう言ってパネルを指さすと、ライリー洪が憎々し気に俺を睨んだ。

そんな彼をデカメロン刑事が引っ立てる。


「さあ、後は取調室でじっくり聞いてやる。もっとも全て録画しているから、オマエに逃げ道はないがな」


ライリー洪は俺の前を通った時、呪いのように吐き捨てた。


「ジョージ、これで済むと思うなよ。オマエは海賊カルテルを敵に回したんだ。墓場に入るまで後悔してろ!」


「誰かにこき使われるのは、もうウンザリなんだ。それに海賊カルテルに付け狙われるより、美少女たちに恨まれる方が怖いね」


俺はそう笑って返した。



倉庫に残っていた部下三十人は主犯が捕まると、即座に逃げ出した。

コッチは少人数だから仕方がない。

ただしライリー洪を含む主犯の黒スーツは確保したので、事件としては解決したと言ってよいだろう。


船に戻った俺は、ある意味ブーイングの嵐だった。

特に怒っていたのはクレアだ。


「マリーにも猫明にも話してあったのに、私だけ除け者なんてどういう事ですか!」


「いやぁクレアは真面目だろ。クレアに話したら敵にもバレちゃうと思ったんだよ」


デカメロンさんも不満顔だ。


「うまく行ったからいいようなものの……どうして情報が筒抜けで、私が敵の策にハマっていると教えなかった」


「あの状態で俺が話しても、デカメロンさんは聞かなかったでしょう。それにライリー洪はどの道、二人とも殺すつもりだったんです。あそこは俺が敵の懐に飛び込んだ方がいい」


マリーも不満を俺にぶつけた。


「仮死状態のウチを、そのまま倉庫に投げ入れておくなんて酷いんじゃない? 目が覚めたらゴミと一緒なんて……本当に捨てられたらどうしてくれるの?」


「死体を後生大事に部屋まで運んでいたら、実は生きているってバレちゃうだろ。でも悪かったと思っているよ、ゴメン」


俺をねぎらってくれたのはミーシャだけだ。


「ジョージお兄ちゃん、本当にありがとう。お兄ちゃんがいなかったら私、今頃どうなっていたか……」


「いやいや、ミーシャが作った冷凍死体がソックリに出来ていたお陰だよ。少なくとも誰もあれがただの人形だなんて思わなかったもんな」


「でも私だけ安全な船の中に隠れていて、みんなが危険な目にあったのに申し訳ないです」


「いいんだよ、それでミーシャが海賊に捕まらなかったら、全てOKだ」


そこでデカメロン刑事が話に入って来た。


「それなんだが、ミーシャは海賊に捕まった方が良かったみたいだぞ」


「え、どうして?」


その言葉はあまりに意外だったのだ。


「彼女は行くところがないからな。だから親切な海賊となら一緒に居たいそうだ」


「は?」


まだ意味がわからずポカンとする俺を、クルーの三人も笑いながら見ている。


「とりあえずミーシャはしばらくこの船に居る事になったよ。居所のわからない海賊なら、敵にも掴まりにくいだろ」


俺はそれで初めて意味がわかった。


「いいのか、ミーシャ?」


彼女は嬉しそうな笑顔で答えた。


「はい、よろしくお願いします。海賊さん!」

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宇宙海賊マッタリン~ブラック企業に生き返らされた俺、嫌になって脱走してマッタリ海賊になる! 震電みひろ @shinden_novel

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