第12話、惑星カルデバランで待つ者(後編)
惑星カルデバランは中規模の輸送中継基地になっている星だ。
宇宙港はいくつもあるし、それぞれに巨大な倉庫や宇宙船の整備ドックなんかが設置されている。
こういうそこそこ大きくて、それでいて行政府の管理が薄い中継基地は、密輸には持ってこいだろう。
予めキム・ジユンより教えられていた第203宇宙港に船を近づける。
合言葉を告げると17番デッキに船をつけろ、という返答が来た。
第203宇宙港自体が町からかなり離れた砂漠と岩山の中にあるのだが、その中でも17番デッキはさらに岩山と倉庫に隔たれ、周囲からの目が届かない場所にあった。
着陸したマッタリン号から、まずは俺とクレアだけが下船する。
既に港には、三十人近い男達がフィークリフトなど準備して待っていた。
どの男も目つきが悪い。只者ではないだろう。
倉庫の中から黒いスーツの男が五人、現れる。
中央の一人は既に見知った顔である。キム・ジユンだ。
「予定より半日ほど遅かったですねぇ、何かあったんですか?」
キムは笑顔ながらも、圧をかけるようにそう言った。
「GPOのパトロールが予想よりも多かったんだ。それで見つからないように小惑星帯を抜けて来たんだが、その時にちょっと岩にぶつかってね。少し時間がかかった。それでも最初に提示された日程よりは、丸一日近く早かったんだ。文句はないだろ?」
「まぁそれはそうですが。待たされている身としては、一分遅れても不安になるものですよ」
「それは悪かったな。コッチも安全第一でやっているんでね。でもあんなにGPOのパトロールが出ているなんて、何かあったのか?」
「さあ、私たちには分かりませんね。お偉い方のやる事は」
そのキムの発現に、俺は「白々しい」と思った。
だがそれを口にする事はない。
「じゃあ無事に荷物を届けたんだ。残金を頂こうか?」
「待って下さい。まずは荷物を確認してからです」
「荷物は船倉にある。中に入って確認してくれればいい」
「それは筋違いでしょう。荷物をキチンと船から降ろすまでが、そちらの仕事です」
キムは当然とばかりにそう言い切った。
一見正論っぽいが、本音は船倉に入りたくないのだろう。
俺たちが罠を仕掛けている可能性を警戒している。
用心深い男だ。
「わかった。じゃあ俺たちは船に戻って、積荷を持って降りて来るよ」
「ええ、そうして下さい。それから荷物を降ろしたら、全員でこちらに来て頂けますか? お礼と言っては何ですが、ちょっとしたお礼の席を設けていますから。どうせ今夜はこちらに止まられるのでしょう? 宿の方も手配しています」
「それはありがたい。ご親切にどうも」
俺とクレアは一度船に戻った。
三十分後、俺たちは船の右舷船倉を開き、全員で冷凍睡眠装置の入ったコンテナを港に降ろした。
マリーがリフトを運転し、顔をバンダナで隠したデカメロンさんと猫明が、両側からロープで倒れないように引っ張っている。
キムを中心とした五人の黒スーツの男達がコンテナの前に集まってきた。
三十人の部下たちは少し離れた所で俺たちを遠巻きに見ている。
コンテナの扉を見たキムの顔色が変わった。
「封印シールが破れている……どういう事だ?」
「さっき話しただろ。小惑星にぶつかったって。それで衝撃でコンテナがの扉が外れたみたいなんだ。だけど中身は問題無さそうだよ」
キムは渋い顔をしながら「これは契約違反に当たる。報酬は減額せざるをえませんな」と言ってコンテナの中に入った。残り四人も一緒だ。
黒い直方体の前面にあるパネルを操作している。
つまりこの場で地位が高いと思われる五人が、全員コンテナの中に入った訳だ。
絶好のチャンス!
バンダナを外したデカメロンさんが、コンテナに入りこむと銃を引き抜いた。
「動くな! 銀河警察機構だ! 貴様らを銀河治安維持特別法により逮捕する!」
四人が慌てて振り向く。
「動くなと言っただろう! 全員、両手を頭の上で組め!」
再びデカメロンさんが叫んだ。
四人は目配せをするが、デカメロンさんはコンテナの中にいるため、外に居る三十人の部下からは死角になる。
よって三十人の部下は彼女を狙い撃てないのだ。
さらにはリフトの上には、マシンガンを構えたマリーが狙っていた。
(さすがに動きもタイミングもいいな)
俺はそう思いながらデカメロン刑事の動きを見ていた。
コンテナの中で四人は言われるがままに両手を頭の上に組んだが、一人キムだけは気にせずに冷凍睡眠装置を見ていた。
「おい、おまえ。おまえもだ! 両手を頭の上に組んでコッチを向くんだ」
キムがゆっくりと振り返る。
その顔を見てデカメロン刑事が憎々し気に呟いた。
「やっぱりオマエか。ライリー洪……」
「これはこれは、意外な所でお会いしましたね、デカメロン刑事」
クレアが尋ねた。
「知っている人なんですか? デカメロン刑事」
「ああ。こいつはGPOの内部査察官、ライリー洪だ」
予想通り、やはりGPO内部に海賊カルテルへの内通者がいたのだ。
「内部査察官はGPOの捜査官を監視する役目と、行政府の情報を精査する役目を持っている」
「だからいち早く、魔法少女の情報を掴む事が出来たんですね」
クレアの問いにデカメロン刑事は「その通りだ」と答えた。
キム・ジユン、いやライリー洪が不敵に笑う。
「アナタはいつから私に目をつけていたんですか?」
「半年前の事件からだ。あまりにGPOの捜査官が殺されているんでな。絶対に内部に裏切者がいると思っていた。そしてこれだけ捜査官の情報に詳しいのは査察官に違いないと思っていたんだ。そして今回、魔法少女強奪の事件を知って行政府に情報を取得した者を調べたんだ。そうしたらアンタの名前があったと言うわけさ」
「なるほど、なるほど。よく調べましたね。それで私の正体と証拠を掴むために、この輸送船に乗り込んだという訳ですか」
「そうだ。幸いにしてこの宇宙船の船長は、私の顔なじみでな。快く協力してくれたよ」
それを聞いたライリー洪の頬に笑みが浮かんだ。
「じゃあ私はまんまと一杯食わされたと、アナタはそう言いたいんですね?」
「ああ、そうだ。この状況は無線でGPOの支部に送信している。証拠が上がっている以上、逃げられないぞ」
するとライリー洪は大きな声で笑い出した。
「なにがおかしい!」
デカメロン刑事が怒鳴ると、ライリー洪は楽しむような目を彼女に向けた。
「ただの捜査官のアナタが私に気づいた事に、査察官の私が気づかないと本気で思っているんですか?」
「なに?」
「そもそも私がアナタの知り合いの船に仕事を頼んだのは、本当にただの偶然だけだと思っているんですか?」
「まさか……それも仕組んだというのか?」
「まぁ仕組んだは言い過ぎかもしれませんが、タイミング良く彼が逃亡して海賊になったので、それを利用させて貰おうと思ったんです。アナタがそこに乗り込んでくる事も百も承知ですよ」
デカメロン刑事の顔が歪む。
「負け惜しみもいい加減にしろ。そうだとしても証拠が挙がってオマエがここで逮捕される事には変わらないだろ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。オマエら五人はここで私とジョージが狙っている。外にいる三十人の部下はコンテナの中にいる私は狙えないし、リフトの上から別の人間がマシンガンで狙っている。オマエの部下は手出しはできない」
「私の部下は手出しは出来ないかもしれませんが、私の新しい友人は手出しができそうですよ」
「なに?」
デカメロン刑事がそう言った瞬間。
俺はデカメロン刑事の持つ拳銃を撃ち飛ばした。
「うっ」
彼女が小さい呻き声を漏らした時には、俺はリフトの上でマシンガンを構えていたマリーに向かって拳銃を撃っていた。
俺の放った銃弾はマリーの腹部に命中し、彼女は声を上げる間もなくその場で倒れる。
デカメロン刑事が驚きの目で俺を見た。
「どういうつもりだ、ジョージ」
そんな彼女に、俺は冷酷な笑いを浮かべた。
「悪いっすね、デカメロンさん。俺は海賊になったんすよ」
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