第10話 風雲急を告げる
その姿に驚愕した。
土の床に寝かされたそれは、整った顔立ちをしていた。躰つきからして、おそらく男性とおもわれるが細面で女性にも見える。
中性的だった。
緑色の髪。そして尖った耳。
すでに息をしていない……いや、そもそも生物じゃない。切り取られた腕や破壊された腹部から電気コードや金属片が見えた。
マジモンにヤバい匂いがぷんぷんした。
「ロボット?」
間違いなくエルフの姿を模して創られたとおもわれる。誰が、何の目的で。
「此奴は機械城に棲むと噂される魔王の配下の者にござる」
「魔王?」
それまでの時代劇的雰囲気に似つかわしくない単語が、源次郎の口から飛び出す。
俺は混乱した。それは、そうだろう。その魔王なる人物は、極東の島国で萌え萌えなラノベ創作物である『ナーロッパ異世界』を知っているということだ。
日本からの転移者が他にもいることを証明していた。
「三年前に突然現れたでござる。追跡した者によると山向こうの絶壁に黒々したカラクリの城が建っていたと。我々はこれを機械城と呼ぶことにした」
「いきなり襲撃してきたのか」
「最初は、魔王からの要求を携えてきた。この町を明け渡せと。むろん、そのような理不尽は聞けぬ。すると翌日に大勢の兵団で攻め込んできたでござる」
「よく追い返せたね」
「我々は日々鍛錬を惜しまぬ武士。このような如何わしい連中には負けぬ」
「襲撃はその一回だけ?」
「いや、何度も襲来した。そのたびに仲間を失ったが、それは敵も同じ。そのトンガリ耳はつい最近討ち取ったものにござる」
これは大変なことだ。源次郎の話だと、また襲ってくるだろう。
次はいつだ。明日か、明後日か。
「旦那様には申し訳なく思っている。だから、こいつはここへ保管して敵殲滅の誓いを皆で共有しているのだ」
「……旦那様?」
「奥方様が屋敷へ潜入したトンガリ耳に殺された。無念だ」
俺は心の震えがバレないよう硬い表情のまま部屋へと戻った。
底知れない不安が心を押しつぶす。殺されるかもしれない恐怖が脳裏をよぎる。布団にくるまり震えた。
まともに眠れないまま朝日が昇った。
萌を連れて町を逃げ出そうとジャージへ着替えていたら、おみつがやって来て何やら恭しく差し出してきた。木製のトレイに載せられていたのは金切りノコ……ああ、あの時に持ってきちゃったんだ。
「洗濯していたら短剣が出てきましたの。大切なものでしょう」
いや、ただの金切りノコだよ。でも、まあ向こうの世界の思い出の品ではあるな。
「ありがとう」
把手を握ったとき、部屋へ小次郎が飛び込んできた。
「てぇへんだ!」
風雲急を告げる。町はざわめき立つ。
「女子供は家に入れ。男で武器を持てるものは
源次郎が声をあげる。俺は恐怖と好奇心が綯い交ぜになった精神状態で外へ出る。
「おお、翔太どのも戦ってくれるのか」
源次郎に見つかり本心とは違う期待をかけられる。
否定しようとしたが、どう言い訳すれば良いかわからない。両手を顔の前に差し出して横に振る。
「なんと立派な短剣でござるな。嘸かし名のある名刀に違いない」
しまった。金切りノコを握ったままだ。
ってゆうか、こんな刃先の短いもので活躍出来るわけがないだろ。サムライならそのくらい見てわかるだろ。
「偵察に出ていた彌七の話だと接敵まで半刻ほど。
「陰陽師? 霊力?」
「翔太どのの体軀をみれば、これまで数々の武勲をあげた頼もしい英雄であることはわかり申す。されど、ヒト属は魔法が使えぬであろう」
初めて褒められた。
英雄なんかじゃないけど。勘違いにしてもなんか嬉しい。
……って、いま魔法って言ったか?
「陰陽師団より霊力を授かれよ。ある程度の魔法が使えるようになる。敵は強い。我々とて陰陽師団の霊力により互角の戦いが出来ているでござる」
驚いた。猫たちは魔法が使えるのか。これまで、そんな素振りはみせなかったぞ。
番屋へ無理矢理連行しようとした『岡っ引き猫』にしろ、道中でみかけた『商売猫』にしろ、そしてこの屋敷で働く『奉公猫』だってそうだ。地に足のついた生活をしている。
空を飛んだり、宙で火の玉を発生させたりしていない。少なくとも俺は見てない。
「霊力を使うのはとても疲れるでござる。翔太どのも使用には注意するでござるよ」
なるほど。魔法は最後の切り札みたいなものか。それとも戦闘時にのみパワーアップする特定スキルみたいなものかな。
源次郎はこれから迎え撃つ敵への備えがあるからと、腹心の
いやいや、待てよ。
確かに魔法には興味がある。陰陽師の猫たちにもぜひ会いたい。
だけど、これって俺が凶暴エルフ・ロボと戦う前提になってないか。冗談じゃ無い。上手く誤魔化して逃げだそう。
歩きながら必死になって言い訳を考えた。
【長期連載】異世界ねこ物語 猫海士ゲル @debianman
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