2章

第16話 ☆リリアナちゃんの決意

 ――ようやく寝れる。


 最近はとにかく忙しい。身体から伝わる疲労感も中々だ。

 ベッドにダイブすると、孤児院のものとは違う柔らかな感触が私を包む。目を閉じると、色んな思いが湧き出てきた。


 ――忙しいからって負けてはいけない。


 多忙というのが言い訳になるだろうか。

 答えに迷う必要はない。ならないわけがないからだ。

 でも、運命の前ではそう言っていられないことがあるのを私は知っている。体力が尽きて倒れてしまいそうでも走らないといけない時がある。


 ――たとえ無理難題であったとしても。


 運命で決まっているから何もしないなんて、私には出来ない。例えば、眼の前で苦しんでいる人がいたとして、その人を放ってどこかへ行くなんてあり得ない。

 知らないわけじゃない。待ち受けている運命は波乱万丈の方が良い。ストーリーというのは盛り上がった方がいい。だから山もあれば谷もある。

 でもそれは人生ではない。人生は人生で、ストーリーはストーリーで別のものだ。そして確かなのは、私も、皆も生きていること。


 王子に待ち受ける運命。それは彼からすると悲惨と言っていい。信頼していた仲間、支えてくれた仲間、それらを次々に失っていき、心を苛まれる。そうやって傷心した王子をヒロインが温かく癒やし、また立ち上がるための切っ掛けになる。でもそれは、悪く言えばストーリー展開のために犠牲になった人たちがいるということだ。一人の人生のために、その他全てが巻き込まれるようなものだ。もしこれをヒロインのアリシアちゃんが自覚したのなら、きっと抗うに違いない。だから、私もアリシアちゃんがするようにする。

 役目は近い。もうしばらくすると、王子が地方の視察から帰って来るはずだ。一見、ただのなんてことはない視察。王子が学園にいない間にアリシアちゃんが学園内であれこれと頑張るフェーズだ。王子と仲が良いということで嫉妬されたり、友達とか作って学業に励んだり、色んな形で学園に馴染んでいく。


 でも本当はそれだけじゃない。ただの学園フェーズに思わせて、裏では酷い物語が行われている。

 王子が視察に行ったことにはちゃんと理由がある。その場所は敵対派閥の領地なのだけど、ほんの少し前まで味方だった場所だ。何があったかまでは書かれていなかったから分からないけれど、王子の派閥が嵌められたことは確かだ。後手後手になってしまったその件について調べるために、王子自ら出向いたのが今回の視察になる。

 疑うに至る要件はいくつもあった。

 でも王子は失敗してしまう。

 最悪だったのが、王子が去ってから反乱が起こったこと。

 初めから怪しいと思って視察に行ったはずなのに、大した物証も得られずに帰って来る。でもそれから少しして、王都まで情報が届くほどの大規模な反乱が起きてしまう。それを見抜けなかった王子は無能だと叩かれる。王子の派閥から有力者だった貴族の離脱者も出てしまい、王子は派閥全体の足を引っ張ってしまったと、酷く落ち込む。


 そこでアリシアちゃんが慰めて王子の挽回ストーリーの布石に繋がるのだけど、アリシアちゃんがいない現状では、事情を知っている私が代わりにやるしかない。

 しょせん偽物の私に出来ることなんて大してないけれど、用意された運命を少しでも変えれるようになりたい。アリシアちゃんの恋愛に関しては、私ががっつりサポートして何とかする。というか、やる。王子の信頼を獲得して、言葉巧みにアリシアちゃんの魅力を脳に刷り込んでみせる。

 今は何故かアリシアちゃんが転入してきてないから、いつ転入して来てもいいように私が環境を少しでも良くしておく。そして親友ポジを絶対に手に入れる。

 気分が良くなると、緊張が解けてリラックス出来たのか、ほどよく眠気が来た。

 また明日、頑張ろう。






 目が覚めたのは、予定より少しだけ早かった。寝直すには心許ない時間なので、日の光でも浴びることにした。最低限の身支度を終えると、寮にある自室を出た。

 朝日が眩しい。ぐっと腕を上に伸ばす。腰が反って、少し気持ちがいい。光が額に当たる。眩しくて薄めになる。目が覚めてきた。


「よしっ」


 目を大きく開けると、少し遠くに金髪ドリルなお嬢様が呆れたような顔でこちらを見ているのが見えた。そのお嬢様はいつも取り巻きを連れているけれど、朝早い時は一人の時が多かった。


「ちょっと、そこの庶民――」


 出会い方さえ違ければ友達になれた人って絶対にいると思う。それは前世でもそうだ。こうして別の人間として生きたことで、ようやくこういう考えを得れた。


「これはオフィーリア様、おはようございます」


 礼儀として頭を下げる。

 この学園では、全員何かを学ぶ生徒ということで身分がないことになっている。だから名前を呼ぶ時も家名じゃなくて、個人名を使うように促されている。形式というのは大切で、こういうことの積み重ねで理想は形になっていく。とはいっても、貴族ばかりの現状で身分がないというのも実際はあり得ない。やっぱり気を遣いすぎる程に遣わなければいけない相手もいる。それに私のミスはすなわちアリシアちゃんのミスになる。でも逆に言えば私の成功はアリシアちゃんの助けになる可能性がある。

 つまり私はコミュ力お化けになる必要があった。

 お嬢様だろうが幽霊だろうが仲良くなってみせる。

 でもこれは、今思えば愚かな意気込みだった。なんていうかやり過ぎた。


「……寝癖が直ってませんわ。まったく学園の一員としての自覚が――」


 オフィーリア様は何かと口うるさい。脳内に蓄えられている小言はおそらく千を超えるだろう。そして瞬間的に五個くらいは新しく生み出しているに違いない。

 彼女はこの学園において、黙っていても取り巻きが出来上がるような存在だ。歩くだけで取り巻きの渦が巻き起こる。私はこれを『異世界・権力クルーズの旅』と呼んでいる。高い権力を持つ者を打ち倒す爽快感のために、彼女は全身を両面テープで補強され、来たる時までカーペットクリーナー(お嬢様)を全うしているのだ。


 色んな事情はあるだろうけど、彼女は優秀だ。身分に対してハッキリとした意見を持ち、礼儀作法にも精通しており、成績も良く美貌まで兼ね合わせている。しかし皮肉なのは、彼女の嫌いなものは権力に寄生するタイプの人間だ。学園に特別枠として庶民が入学してきたことで、庶民が貴族社会に寄生しに来たと思い、平民枠そのものに目くじらを立てていた。

 そんな中、王子が贔屓とも捉えられなくもない感じでヒロインに接する。当然オフィーリア様はそれが気に食わない。せめてもの妥協点として、貴族としての在り方や常識を押し付けようとするが、物語が進む事にそれらはヒロインに打ち砕かれていく。彼女はそういう運命が用意されたキャラクターだ。


 私は彼女というより、その役目そのものが気に食わない。

 私は彼女の嫌いなものも好きなものもある程度なら知っている。だから険悪な関係にならないようにと気をつけた。

 そしてやり過ぎた。


「あら、枝毛。……まったく、この間譲ってあげた洗髪料は使っているのかしら? まったくこれだから庶民は……」


 彼女は今、私の寝癖直しを行っている。ちゃんと櫛まで持っている。

 彼女に良い印象を持ってもらうために、自分で事業を始めるつもりで学園に来たという設定を作って、全力でプレゼンしたら、それらはもうお目々をお輝かせあそばれた。どうやら彼女は事業をやってみたかったらしい。「手を貸してさしあげますわ」と言われた。詳しくは知らなかったけど、確かにゲーム内のどっかのタイミングで、事業をやってるという自慢をする台詞があったことを思い出した。まあしばらくしたら潰れてしまうのだけど。

 でもそれは今はどうでもいい。


「――遊び呆けている貴方とは違って、私は日々着実に仕事を行っておりますわ。したがって、準備も最終段階。もう少ししたら開店出来そうですのよ」


 謎の行動力を発揮され、私のでまかせから始まった事業が本当に始まりそうになっていた。

 でも思うに、美味しいものが悪い。善人も悪人も関係なく、美味しいものは美味しいのだ。仕方ない。


 この世界は、元の地球と本当に酷似していて、牛乳もあれば卵もあった。違いを言うと、牛は「モォー」と鳴かずに「モァー」と鳴くとかその程度で、小麦としか言いようのない穀物があったりと、元の世界の知識を利用出来ることが多々あった。

 それで私はクレープもどきを作った。お嬢様の権力パワーを使って氷室を借りて、冷たくて美味しいスイーツを考案した。クリームは全部カスタードで自作した。生地も簡単。学園祭を思い出した。氷室できっちり冷やした果実を刻んで、生地で包んでしまえばクレープみたいなやつの完成だ。試食したオフィーリア様はしばらく「庶民のくせに……」としか言えない身体になってしまった。


 砂糖も安くないし、材料も冷やす必要があったりと、コストはそれなりにかかって、庶民は庶民でも中間層からようやく買えるものになってしまったことは残念だった。孤児院の皆や、それなりに親しくなった下町の人たちは対象外な商品だ。もちろん考案した私も対象外だ。カカオ農園で働く子どもたちがチョコレートを口にしたことがないみたいな話だ。皆のことを思うと、もっと安く出来なかったかとちょっと悔いが残る。

 この辺りの悩みはお嬢様とは共有出来ないだろう。


「この私が関わっているとはいえ、油断は禁物ですわ。立地も良い場所をおさえていますし、そう簡単には失敗しないとは思いますけれど、万が一ということもあるでしょう?」

「そうですね。実は店構えに少し手を入れて万全にしたいと思っていまして」

「店構えにですの?」

「はい。実はちょっと店の様相が高級すぎるので、中級くらいに落としたいのです」

「何を言っていますの? この私が――」


 オフィーリア様のご高説が始まった。内容は聞く前から分かっている。でも口を挟むわけにもいかないので、終わるまで待つ。


「――ということなのですわ」


 終わった。否定から入るのは本当は良くないけど、オフィーリア様はこの手の意見を遠回しに言われるのを嫌うので率直に言う。


「――違うんです。購入者に合わせるんです。今回に限っては、貴族ばかりではありませんので、ある程度の気品は保ったまま、ある程度の親しみがあるようにしたいんです」


 難色を示すお嬢様。

 しかし、ウィークポイントも把握済みだ。


「民心を得る予行練習と思っていただければ」

「民心?」

「はい。民の上に立つ大貴族だからこそ必要なことかと思います。オフィーリア様は、大貴族であります。それも大変優秀で、その上にこうやって何か形にしようとする努力家でもあります。であればやはり、そのもう一段階上の存在になるべく、あらゆる全てを塗り替えてしまうような素晴らしい道を行くべきではありませんか?」

「な、なるほど、……そうですわね」


 お嬢様を動かせるために、心のどこをくすぐってあげればいいかは、よく知ってる。本来なら敵対関係として接することになるけれど、もうこうなってしまっては私の好きにしようと思う。行くところまで行きたい。

 オフィーリア様をただのお嬢様には留まらせず、ゆくゆくは完全究極体超絶お嬢様にするつもりだ。天よりも高い気位、地を穿つ金髪ドリル。さらには大海にまで響き渡る高笑い。そこまで備え付ければ完成だ。今はまだ幼体みたいなもので、汎用それなりお嬢様くらいだけど伸びしろは充分だ。ぜひ頑張りたい。


 私は彼女の運命も変えてみせる。

 彼女に待ち受ける運命は、ハードというよりも悲惨と言ってしまった方がしっくりくる。

 私はそれを許容しない。

 彼女の父、つまりはこの国の宰相の失脚に巻き込まれさせないためにも。

 王子の派閥、つまりは女王派閥と別に宰相の派閥がある。このゲームのシナリオは、その派閥争いの中でいくつかの選択をすることで、複数あるエンドのどれかを迎え、それがハッピーであったりバッドだったり中間だったりとどれかしらのエンドに行き着く。ハッピーエンドを選択出来れば宰相は失脚するが、その際には宰相の娘であるオフィーリア様も連座してしまう。最悪処刑エンドまである。


 だけど、そもそも私はアリシアちゃんの大ファンだ。控えめに言っても激推ししている。だから、私はアリシアちゃんがハッピーになるエンドを選ぶ。でも、今になってはそれに加えてオフィーリア様もハッピーになるエンドを選びたい。

 でもそれは叶わない。なぜならば、そんなエンドは存在しないからだ。当たり前の話で、存在しないものを選ぶことなんて出来ない。

 とすれば、選択自体を放棄するしかない。つまり、別のエンドを新たに作り出さなければいけない。それを私がやる。私しか知らない以上は、私がやらなければならない。友人の不幸を認識した上で、顔を背けて笑顔でいれるような精神は持ち合わせていない。


 だから私が、王子もオフィーリア様もハッピーにしてみせる。

 それは私に課せられた運命などではない。私が私に課した目標だ。

 もし、アリシアちゃんがいたなら、きっと同意してくれるはずだ。それどころか、一緒に頑張ってくれるかもしれない。アリシアちゃんはきっといるはずだ。だから信じて待とう。

 私に出来ること、やるべきことはいっぱいある。

 努力なんてものは、報われると信じるから頑張れるのだから。

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