第12話 舌戦、互角につき、激おこぷんぷん

 男が言う。


「仮面を取れ」

「何で? 関係ないじゃん」


 アリアは疑問を口にした。理由が分からない。


「そんな限られた視界じゃ勝負にもならねえからだ」

「じゃあ取らせてみなよ」


 アリアは攻撃を誘った。


「そうか――」


 舐めていた、という程ではない。観察はしていた。だが、その一瞬の斬撃は、


「わっ」


 仮面を掠め、弾き飛ばした。


 ――早い、いや深い。


 避けたつもりだったが、斬撃の先が引っかかった。

 カランと音を立てて、仮面が石畳の地面に落ちた。月明かりの下、アリアの顔があらわになる。


「……驚いたな。女なのは分かっていたが……」


 男にとっては衝撃だった。信じられないほどの透明感。みずみずしさ。空想、妄想の産物。もしくは神話。


「斬るのが惜しいな」


 そう言いつつも、男は構えた。剣士としての秩序がある。見惚れて逃げられました、ではこの道の先はない。


「うーん、どうしようかな」


 アリアには迷いがあった。あまり時間はかけたくない。だが、見たいものもあった。仮面のせいとはいえ、よく見えなかった太刀筋。


 ――少しだけ。


 確かめたくなった。

 アリアは距離をさっと縮めると、素早く打ち込んだ。鋭く、速い斬撃。受け止められるも、構わず、二、三と続ける。


「ほう」


 男は関心した。だが、


「ぬるいな――」


 打ち込んでいくアリアの剣に合わせ、ぶつけるようにして打ち返した。アリアの腕が後ろへのけぞる。


「なるほど、中々の才だ。この速さでこの重さ。鋭くキレがある。大抵のやつなら相手にならないだろうな」


 男はぐっと力を込めて打ち込み、衝撃でアリアを身体ごと後ろへ飛ばした。


「だが、上には上がいる。俺も似たようなものだった。若い時は自分より強いやつなんていないんじゃないかって思っていたさ。――いや、今も若いんだがな」


 咳払いをすると、男は続けた。


 「とにかくだ、世界の広さを知らぬ剣だって言いたいわけだ。己よりも優れた相手に勝つ、そんな苦悩に満ちた日々を過ごしたことがない剣に俺は斬れん。何より、俺はお前の全てを上回っている」


 アリアは首を傾げた。


「長々と何が言いたいの?」

「諦めろ。今剣を収めて、負けを認めるなら、俺が師に推薦してやる。そうすればこの場でお前だけは罪人ではなくなり、生き残れる」

「はは。冗談きついね」


 死にに行った彼らを冒涜したかのような言葉に感じた。

 アリアは男に剣を突きつけた。


「世界の広さを知らないというなら、あなたもそうだよ。知った気になっているだけだ」

「へぇ? じゃあお前が教えてくれるのか? 俺の師は、この王国に剣の腕だけで取り立てられた人だ。その師から直々に手ほどきを受けている俺よりも、お前の方が知っているとでも思うのか?」

「さあ? 見たことないし」

「そうかよ」


 それにしても男臭いというか、読んだことない一昔前の漫画の主人公のようなやつだった。情に厚いが、時には感情を殺すことも出来る。そんなやつだと思った。


「最後に良いことを教えてやるよ。その師は、お前の後ろ、すなわち館の中にいる。つまりはお前が送り出したやつらは今頃全員死んでるってことだ。例え正規兵が百人でかかっても傷一つもつけれないだろうよ」

「じゃあ、あなたもそのくらいやれるの?」

「そうだ、俺でも似たようなことは出来る。だが師の場合は倍、いやその倍くらいはいけるだろうがな。……まだまだ遠いところにいる人だ」


 アリアは感情のゆらぎを見た。


「いいね。お前の鬱屈を感じられた」

「あ?」

「越せる気がしないんだろ?」

「……死にたいって言ってるって捉えていいんだな?」

「『出来ないことは言わないものだ』これは私の師から教わったこと」

「そうか、ならお前の師ごと斬ってやるよ」


 アリアは笑ってみせた。

 傷つけられるプライドなんてない。そんなものよりずっと高いところに自分はある。……なんてことはなく、ちゃんとムッとした。全てを打ち破り、万策尽きて泣き出すまで許さないと誓った。控えめな激おこだった。


「いくぜ――」


 男の手が、腕が、動く。

 剣の先。引っ掻くような、えぐるような斬撃。

 力強く速い。

 アリアは受け流した。


「見辛いだろ? 一応言っておくか、これは俺の技術の全てが詰まっている。そして、これは連続する」


 言葉通りの連撃。

 避けるには、動作が見え辛い。変幻自在と言うべきか、角度も深浅もはっきりとしない。


「っ――」


 予測に近い動きで、受け、流していく。

 連撃毎に、少しずつ下がっていく。しかし、後ろには館。下がれる範囲には限りがある。

 男が得意気に言う。


「これが俺の剣だ。俺の斬撃はエグる。名付けてエグ剣だ」

「エグ剣」


 ネーミングセンスはないらしい。


「そろそろ終わらせるぜ。遅すぎるって師匠にどやされたくないからな」

「どやされるなら、頭の弱さじゃない?」

「ああ? お前も似たようなもんだろう? 俺と同じ匂いがするぜ」


 アリアは驚愕した。そして、


「は? え、お前今なんつった」


 激おこに激おこが追加された。


「だから俺と同類だろ?」

「はい、カッチーン。キレました。これから十年間、毎日朝起きる度に生まれてごめんなさいって言わせてやる」

「ほらバカじゃん。まあでも俺は自覚あるバカだけど、お前は自覚ないバカだから俺の方がマシだな」


 激昂するアリアの頭に言葉が流れてきた。キレすぎると逆に冷静になることがある。

 『愚か者ほど偉そうにするものだ』師の言葉だ。物を知らない人間ほど、自分が物を知っている人間だと勘違いしがちだ。そしてそれは賢さでも同じだ。


(落ち着け落ち着け。相手はただの馬鹿だ)


 アリアは肺から息を吐いた。何かを制した、勝ったような気がした。


「……残念だけど、その手にはのらない。感情に揺さぶりを欠けて動揺を誘おうとしたみたいだけど、それは私もよくやる手なんだよね」

「んだよ。楽させてくれよ」

「ふふん」


 少なくとも舌戦においては、同レベルの戦いをしていることにアリアは気づいていない。

 そうしていると、アリアの後ろ、館の扉が開かれた。

 煽り合っていた男がビクッと身体を硬直させた。


「し、師匠――」

「ベイン、いつまでそうしているつもりだ?」


 アリアが首を後ろに向ける。

 長い金髪、冷たい目の背の高い男だった。歳の頃は分からない。三十台くらいだろうか。いや、二十でも四十でも信じれる。


「ち、違うんす! ちょっと勧誘していただけで!」


 ベインと呼ばれた男は、手をわちゃわちゃと振りながら、そう言った。


「勧誘? その娘をか?」

「はい! こう見えても中々やりそうで――」

「ほう」


 アリアの目が何かを捉えた。横に跳ぶ。

 居なくなった空間を斬撃がかすめる。


「なるほど、お前が言うだけはありそうだ」


 アリアは前後から挟まれる形からは脱した。アリアから見ると、前方の左右に二人の剣士がそれぞれ位置していることになった。自分の後ろには若干のスペース。その先には壁。

 状況は良くない。


(でも、こいつはもうやる気なさそう)


 ベインは剣を収めてはいないだけで、実際には戦意は感じられない。


(だからといって、警戒をなくすほど甘くもないけど)


 意識を配分しなおしたアリアは、師匠と呼ばれている金髪の男に向き直った。


「中の人は?」

「斬った。もう誰も残っていない」


 アリアは金髪の男をじっと見た。先程の一撃は試すようなものだった。しかし、それでもその速さはかなりのものだった。村人たちでは勝負にもならなかっただろう。


(ならば仕方ない)


 ここにいる理由がなくなった。


「帰っていい?」

「許すと思うか?」

「んじゃ、逃げる」

「不可能だ」


 アリアは、微かにだが見えた。男の手がブレるところを。軌道を予測し、剣でせき止める。

 金属がぶつかる高い音。


(はっや――)


 アリアは身の危険を感じた。

 これほどに速い斬撃は、初めてだった。


(ピストルじゃないんだから)


 アリアは呼吸を意識した。このままではまずい。


「――今のを防ぐとは中々。誇っていい。初見で我が剣を受けれたことをな。――よし、次は打ち込んでくるといい」

「だから逃げるって言ってるやろがい」


 ぶーくさ言いつつも、意識を金髪の男の動作に集めていた。研ぎ澄まされていく意識と身体。意識の大半を反応に振った。


 ――来た。


 斬撃。

 金属の音。

 それは先ほどよりも早かった。


「すげぇ……」


 二人の様子を見ているベインがそうつぶやいた。

 金髪の男は眉を上げた。


「見事だ。名を聞いておこう」

「そういうのは自分から言うんじゃない?」

「……俺はエドガーだ。お前は?」

「ひみつ」


 アリアは舌を出した。

 金髪の男は表情を固くして、構えた。


「さらに速くいく――」


 エドガーはこれまでは太刀筋を見せないように剣を振っていた。だが今度はしっかりと構えた。


(見やすくなった)


 が、視認出来る手のブレが極小になった。想定を超える速さ。


(まずっ)


 剣に衝撃。防いだ――が、腕が弾かれた。


(力が加わる位置か読めない)


 さらにもう一撃。

 金属音。腕が大きく弾かれる。

 アリアのこめかみから汗が流れる。


「見事。ではさらに次、最速だ――」


 目を見開くアリア。

 見えなかった。


(なろっ)


 己の身を防ぐため、剣で盾を描くように縦に薙いだ。

 高い音、遅れて鈍い音。

 アリアの剣、つまりは村人から貰った剣が折れた。


「っ――」


 アリアは理由をすぐにさとった。防ぎ方が悪すぎた。これまで力を流せないまま、素直に斬撃を受け止めすぎている。剣が負荷に耐えれなかった。


 アリアは体制が崩れたように身を後方に傾け、金髪の男から右手を隠した。続いて、体制を整えるための足の動き。カモフラージュ。その動作際に、相手からは見えなくなった右手で折れた剣を放った。

 当然、弾かれるも、一瞬だけエドガーの意識が逸れた。アリアはその隙に、後ろの壁を駆け上がり、その場から消えた。


「あいつ……」


 ベインのつぶやき。

 残された二人はアリアが去った壁に視線をやった。


「どう評価する?」

「センス、っすかね?」

「お前はまだ半人前だな。あれはセンスなどではない」

「じゃあなんすか?」

「場慣れだ。恐ろしく場数を踏んでるやつの動きだ」

「えー全然分かんなかったっすわ……」


 そういう見た目ではなかった。街中で甘い食べ物でも食べて喜ぶような少女。ベインにはそう見えていた。ふと地面に視線を落とすと、飛ばしたはずの仮面がなかった。いつの間に回収していたのか。ベインは信じられなかった。剣士として考えざるを得ない。


「……次やる時、俺は勝てるのか?」

「ふん。やるまで分かるわけがないだろう。だが、今回と次回とでは、こちらの太刀筋を確認出来た向こうの方が、さっき斬り合った時より勝率は上がるだろうな」

「でも、防戦一方って感じだったっすよ?」

「情報収集とばかりに、俺の様子をよく観察していたからな。それでどうするつもりかは知らんが」

「じゃあ師匠はまんまと手の内を見られたってわけですか?」

「馬鹿者。俺の剣が、見られて困るような手札に思えるか?」

「それもそっすね」


 エドガーは懐から煙草出して咥えた。ベインはさっと火を点けてあげた。


「師匠の剣は、王にすら乞われる神速の剣。一度で見切れるとは思えない。あいつは次やる時どうするつもりだろう」

「それも向こうにその気があればの話だ」


 ため息。

 ふたりとも苦い顔をした。


「……それにしても命令とはいえ、つまらない仕事だ」

「まったくっすわ。なんであんな豚に手を貸してやらなきゃならんのか。でも師匠がそれを言っちゃだめでしょ」


 ベインも煙草を取り出し、吸い始めた。


「ったく、こんなもんで紛らわさないとやってられねえ」

「戦士ですらない者を斬らされた俺よりマシだろう。剣が腐る」

「そいつぁ……」

「いっそ昔に戻ってやろうか」

「許可されるとは思いませんがね」

「だろうな。だが、こんな仕事をさせられるとは思わなかった」


 ため息は煙とともに消えていった。


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