第11話 覚悟と、道と、おじさん

 そのまま何事もなく、三日過ごした。

 三日も過ごすと、分かってくることもあって、家の中にいる人は出入りする者もいれば一切表には出ない人もいた。何かしら訳ありなのだろうと思って、アリアは特に聞くことはしなかった。

 このまま夜には街を出れそうだと思っていると、ウォルターがまだ勤務中であろう日が高い時間帯に戻ってきた。アリアに話さなければいけないことがあるとのことで、


「悪いな、嬢ちゃん。今日は急遽仕事が入った。今夜は諦めてくれ。また次の時にまた言う。そんなにかからないはずだ」


 とのことだった。

 アリアとしては同意する以外に方法がないので、「気にすることはない」と頷いた。


「嫌な仕事だ。まったく、いつまでこんなことを続ければいいのやら……」


 ウォルターは首を振った。


「――っと、すまん。今のは忘れてくれ」


 わざわざ追求することでもない。何も言わずに、ウォルターを見送った。

 特にやることもないアリアは、数日まったりと過ごしていると、ある時に住民の女の子に話しかけられた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんはどんな人なの?」


 その子はまだ十にも満たないくらいの年頃だった。他の住民たちはまだ警戒している様子だったが、この子は好奇心が強いらしい。


「どんなって言われても、……こんな人?」


 自身を指で差してそう言うアリア。説明する言葉を持っていない。


「お兄ちゃんのお嫁さんだったりしないの?」

「お兄ちゃんって?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」


 聞いてみると、どうやらウォルターのことを指しているらしかった。


「兄弟なの?」

「違うよ。本当のお兄ちゃんとはしばらく会ってないの。でもお兄ちゃんはお兄ちゃんって呼んでいいって」


 選ぶ言葉に困った。大体は察した。優しい嘘と言うべきか。今聞かせるべきではないとの判断だろう。


(この辺りは一体どうなってるのやら)


 統治者のせいで、民がここまで苦しまなければいけない理屈とはどういうものだろうか。少し昔の統治者側だった時のことを思い返した。やはり義務というのは果たさなければならないのだろう。ただ昔と今で違うことは、そのやり方が複数あると知っているということだ。

 一日後の夕方に、ウォルターが帰ってきた。


「待たせたな。明日ならいける」


 そう言うウォルターは、何だか酷く疲弊した様子だった。そこには聞くのをはばかれるような何かがあった。


「……普通に通り過ぎればいいんですよね?」

「ああ。相方も仲間みたいなもんだ。気にしなくて良い」


 とにかく街から出れるなら何でも良かった。アリアにはあの村に戻らなければいけない理由はなかったが、ターナーの最期くらいは報告するべきだろうと思った。




 ◇◆◇




 翌日の夜。

 アリアは仮面を付ると、夜陰に紛れ、門前までこっそりと向かった。


「どうも」

「お、来たか」


 ウォルターは辺りを見回すと、


「丁度今は誰もいない。さっさと行け」


 と神妙な面持ちで言った。


「助かりました」

「気にしなくて良い。元はといえば、ウチの問題だ。まあ礼がしたいって言うんなら、さっさと別の領に行って、この現状を噂として広めておいてくれ」

「周りの領は知らないんですか?」

「そんなわけはない。だが、何のアクションもないのも事実だ。賄賂でも送られてるのか、そこまでする義理はないのか、もしくは阻まれているだけなのか、俺達には分からない」


 アリアは聞くことが一つ浮かんだ。


「最後に今の領主の外見について教えてもらってもいいですか?」

「……何をするつもりだ? 命の使い方について教えが必要な人間には思えなかったが」

「聞くところによると、知ってる人かもしれなかったので一応と思って」

「知ってるかもしれないだと? ……まぁいい、――だ」


 ウォルターから聞いた話で、アリアははっきりと理解出来た。


(あいつか)


 父親に顔を見せろと言われた時にいた軍人だ。不快だったのでよく憶えていた。


(……裏切りがどうとか言ってたけど)


 思わぬところで思わぬ話になった。どうやら仇討ちになるかもしれない。当人に直接聞いてみるのが良いかもしれないが、通常の手段では会うことは叶わないだろう。


「もういいか? 人には見られたくない」


 ウォルターとの話はそれで終わった。

 アリアは街から去った。

 夜、一人。速度は一人用でいい。


(急ごう)


 薄暗い月明かりの下、飛ぶように影が跳躍した。

 やがて村の周辺まで着くと、違和感をおぼえた。


 ――空気が違う。


 やがてその姿が見えてくると、倒壊した家屋、踏み荒らされた畑、そこら中で火の残りから発せられる煙が上がっていた。

 村の中は、農具や武具、血や木片、とにかく散らかっていた。


 ――一体何が。


 少し離れた所で、音がなっていた。ざくざくと、土を掘る音。


「あ」


 土埃で汚れた、村長の姿がそこにあった。穴を掘っている。傍らには、見覚えのある人やない人が二度と動きそうにない様子で横たわっている。

 村長がアリアに気づいた。


「――あなたは」


 アリアは何から話すべきか困った。だがその必要はなかった。


「彼の、最期を教えていただけますか?」

「え?」

「ターナーです」

「知ってるんですか?」

「ええ。そりゃそうです。この村の現状はそのために起こったことですから」

「それは」


 報復だろう。彼の死体は置いたままにしていた。兵たちが調べたのだろう。


「ああ、勘違いしてほしくはないのですが、あなたは当然、ターナーに対しても恨みはありません」

「そうなんですか?」

「運が悪かった。ただそれだけですので。恨むことはない」

「運ですか」

「ええ、運です。運が悪いから、この領、この地にあんなのが来た。あとは運が悪い順に死んでいくだけ。私たちはまだ長く生きた方でしょう」


 その言葉から、その目から、もうこの先を生きていくつもりがないことを察せられた。

 アリアはターナーの最期について話した。


「……そうですか。それは良かった。私も習って、一人でも多く道連れにしてやりますよ。もう村もない。これで私はただの一人の人間となった。心置きなくやれる」


 言い終わると、男はまた穴を掘り始めた。


「手伝います」

「これはどうも――」


 夜が明けるまで、作業の音だけが鳴り続けた。




 ◇◆◇




 後日、続々と人が集まってきた。


(別の村人?)


 その予感はあっていた。

 近隣の村から来たとのこと。


「行きましょう」


 すぐに発つことになった。話はついていたらしい。近隣の村からやって来た村人たちは、いずれは自分たちもこうなるだろうという危機感と、横暴に対する怒りを語った。この見せしめとなった村の長を先頭に、彼らは反乱を開始した。どうせ死ぬなら目にもの見せてやるという覚悟。それがアリアにも伝わってきた。


(上手くいくとは思えないけど、止める気もしない)


 邪魔をしたくないという感覚に近かった。彼らは彼らの選択をした。アリアは自分の経験からも、自分のするべき選択を他人が勝手にしてしまうことを嫌った。だから止めなかった。自由に必要なものとはそういうものであろう。

 だが、思うことはある。


(恐らく全員死ぬだろう)


 もしかしたら、一人くらいは逃げ延びる可能性はあるかもしれないが、考えるだけ無駄なことだろう。付け焼き刃の訓練、満足な装備もなく武器だけ持ったところで、完全装備の兵士相手にどれだけ戦えることか。壁に生卵を投げつけるような結果が待っているかもしれない。

 だがそれでも、


(死に様くらいは見届けてあげるべきか)


 そう思った。村人に同行する理由を聞かれた時にもそう答えた。皆少し嬉しそうにしていた。何だかんだで、どうせなら意味がある死がいいらしい。自分たちが死ぬことで、誰かの心が変わるのならそれだけでもいいと語った者もいた。

 それに、これがきっかけで事が大きくなって領主が出張ってくることだってあるかもしれない。

 そうなれば、彼らの死に本当に意味が出てくるかもしれない。それにたとえ、そうはならなかったとしても、彼らにとっての選択の意味は変わらないだろう。

 ふと、アリアは『死に様は美しくなければならない』という師の言葉を思い出した。


(道くらいは作ってあげようか)


 アリアは仮面を着けた。目的の街はすぐそこだ。間もなく人が死ぬ。




 ◇◆◇




 大きな声。


「お前たち! 何の用だ!」


 距離はまだある。向こうからすれば、三十を超える武装した人間の集団が夜に現れたのだ。警戒して当然である。威圧とも取れる声色には、怯えが混ざっていた。

 対する村長の返答は、見事とも言えた。互いの顔が見える距離まで近づくと、


「死にに来た」


 一気に街中まで侵入した。

 門周辺の兵たちは逃げた。彼らには命を賭ける理由がない。言い訳だってあった。人数差がゆえだと。

 そんな訳で戦闘といえる戦闘は起きずに事は進んだ。急がなければならない。やがて来るだろう援軍の前に、村人たちは少しでも前に進む必要があった。

 闇は味方だった。村人の集団は路地裏に入り、目標に向かって駆けていく。


「あの腐れ代官の首をへし折ってやる」


 例え上手く行っても街から出ることは出来ない。代官を殺せば、当然死罪だ。捕まった時にどうなるかなんて分かりきっている。それに今はもう街の門は閉められているだろう。逃げることなど出来はしない。


 やがて目的の屋敷が見える位置まで着いた。

 建物の影から観察するも、侵入出来そうな箇所が見当たらない。

 屋敷は周りを塀で囲まれていており、入口になり得る通路には当然兵が待ち構えていた。また、この騒動により、兵の数は増えており突破は出来そうになかった。


「どうする?」

「行く以外にないだろ」

「だが」

「一人でも抜けたらもしかしたらがあるかもしれねえ。それでいいじゃねえか」

「……そうだな」


 そう決まった。

 仮面の中でアリアは顔をしかめた。


 ――無謀過ぎる。


 万に一つも有り得ない。そう思った。


(どうやっても不可能だ。抜けようがない)


 兵だけでも、入口のスペースを何重にも及ぶ壁のように埋めてしまえる。だというのに、戦闘力も劣る村人側がどうやって抜けれるというのだろうか。それに、もし奇跡的に抜けられたとしても、屋敷にどうやって侵入するつもりなのか。扉が空いているはずがない。侵入するためには扉もしくは窓を壊す必要がある。だがとてもそんな余裕があるとは思えない。

 アリアは口を出した。


「――ここは私が行きます。皆さんはその後を上手く進んでください」


 村人たちは困惑した。


「一体何を言って……」


 アリアは取り合わなかった。

 説明する時間もなければ、その気もない。


「見ればすぐに分かります。――後は悔いのないように」


 アリアは建物の影から出ると、普通に街中を歩くような速度で入口まで向かった。


「おい! ――貴様、何者だ!」


 当然、止められるも、


「死にたくない者は離れておくように。あと後ろめたさがある者も同じように」


 剣を抜き、兵に突きつける。


「他は、――斬る」


 それを皮切りに、兵が斬り掛かってきた。それをアリアは一刀で斬り捨てる。複数の血飛沫が舞い上がる。そのまま歩みを続け、進路上にいた兵を斬った。兵は慌ててアリアから離れた。


 道が出来た。

 アリアは村人たちの方を振り返った。

 合図だ。

 理解した村人たちは続々と建物の影から出てきて、アリアの作った道を通った。


「ちょっと、まっ――」


 その光景に、制止しようとした兵は声を上げるが、視界のアリアが目に入り、言葉が詰まりその先を言うことが出来なかった。


「一旦ここから離れてもらえる? 追わないからさ」


 兵たちは従った。背を向けると恐怖が立ち込めて、駆け足になった。

 アリアは『ここまでだ』と、己の仕事を完了させた。中での成功と失敗はもはや関係はない。


(でも少しだけ待ってあげよう)


 もし上手く行って脱出することがあれば、ここから脱出も叶うだろう。だがそれ以上をやるつもりはない。彼らの生き様を見に行くのも悪くはないだろうが、その場合どうしても自分が片付けることになってしまう。アリアはそれを危惧した。


 ――彼らの覚悟を蔑ろにしてはいけない。


 剣を収めた。

 帰り道を振り返ると、一人の男が立っていた。


「――よう。何か駆けずり回されている内にやってくれたようじゃねえか」

「……おじさんだれ?」


 装備的にも兵士ないし戦士ではあるだろう。ツンツンとした黒髪が特徴の熱血漢の雰囲気がするやつだった。


(にしても落ち着いている)


 隙も見当たらない。手ごわそうだった。


「おじっ、……俺はまだ三十ちょうどだ。そう言われる歳じゃねえ」


 別に言っても良さそうだと思ったが、アリアにはその気持ちが諸事情により良く理解出来たので、これ以上は言わないことにした。


「悪いけど、どっか行ってくれる? そろそろ帰るつもりなんだよね」

「悪いけど諦めちゃくれねえか? 俺はすぐにでも寝てえんだわ」


 互いに剣を抜いた。

 男は真面目くさった顔で言う。


「――言っとくが、お前は俺には勝てねえ。俺は周りでやられてるやつとは違うぜ」

「違うって何が?」

「強さだ」

「加齢臭の?」

「……斬られたいらしいな」


 アリアはこれまで相手を怒らせて冷静さを欠けさせる戦法をよく取ってきた。それは戦法としてだと思っていたアリアだったが、ここにきて一つの真実に気づいた。


(真剣な相手をからかうのが好きなだけなのかもしれない)


 酷い性癖である。


(まあいっか)


 ありのままの自分を受け入れることが大事だって、色んなところで言ってる。きっと皆受け入れてくれるはず。そう思うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る