第10話 刺し違えてでも通すもの

 労働力の不足、経済の停滞、人口の減少。

 この領では様々な問題が起きていた。それはこの村がある地域も同じだった。この地で行政を行っている代官も対策を講じた。


 公共事業である。税金を使い、必要な工事を行い、経済を回す。とても素晴らしかった。作業に従事する民は、皆一様にやせた身体に汗を流していた。汗だけじゃない。愚痴も恨み言も流れた。それもそのはず、様々な問題は全て代官によって起こされたものだったからである。これが政策によるミスであれば、行政のミスを民が尻拭いさせられていると評せたが、この地においてはその評価すら下せない。


 この地の代官は、私腹を肥やすだけの人間だった。来歴なんて知っている者は民にはいない。少なくとも、この辺りの人間でないことは分かっている。他領に攻め込んだ兵がその地の物資を略奪するかのように、代官は自分の治める土地から過度に取り立てた。


 度重なる重税。増える罰則。違反した者は罰金か労働かを選ばされた。

 畑を耕す農民も、街で物を売る商人も、公共事業の労働に励むことになった。やせ細る土地と人。その対策を講じるための資金ということで、さらに税金が重なった。税金が払えない者も続出したが、払えなくても労働により税金を免除する制度を設けることで解決された。結果、見事に労働者不足が解消された。


 労働者は多すぎて困るということはなかった。

 公共事業の中には、モンスターから人の生活圏を守るために、魔物が巣食う森に入って辺りを調査するという仕事があった。とても危険な作業である。従事した者のほとんどは戻って来ることがなかった。しかし、必要なことである。なので、例え子供を残すことになる親であろうと関係なく行わなければならない。その結果、さらに働き手も少なくなったが、これも仕方がないことだった。代わりに老人や子供にも協力することになった。素晴らしい助け合いの精神だった。




 村長はアリアにそのように説明した。その村長は長というには若く、まだ三十になったかどうかくらいに見えた。村長の家には、他にも主だった村人が数人、怒りに耐えるような表情で黙っていた。


「……このままでは順番に殺されていくだけだ。立ち上がらなければならない」


 村人の一人が口を開く。


「俺達の行く先なんて、魔物に消化されるか、賊になるかだ。――知ってるか? ここでは重罪人であっても死刑は行われない。処刑すると使い道が少なくなるからだそうだ。だが俺達は人として生きて、人として死にたい。魔物の餌なんてごめんだ」

「だから武器を?」

「ああ。協力者も多い」

「なるほど」


 兵を斬ったことで、味方側だと思われているらしい。アリアは少し迷った。


「勝機があるんですか?」


 気の毒だと思いはするが、心中する気はない。


「いや、実はもうそういう段階じゃない。やるかやらないかの時期はもう過ぎた。今はもうやるしかないところまで来ている」

「でも代官が横暴を働いているなら、領主が罰したりしないんですか?」

「ああ、それなら心配はいらない。何でも税収が上がって大変お喜びになったとのことだ。あいつらは俺達から何も出なくなるまで血を流させる気だ」

「じゃあ国はどうなんでしょう?」


 面食らった様子の村人。


「……本当に知らないのか。ここの領主は二年前に国から送られて来た人間だ。それまでの領主とその家族や重臣は、急病によって亡くなったよ」


 これは本当に公表されたことだった。


「笑えるだろ? だから俺達も心配になって、もしかしたら今の領主や代官も同じ病気にかかるんじゃねえかなって確かめてやるんだ」


 村人たちの肉体にはがっしりとした筋肉がついていた。それに武器もある。搾り取られる前に事を起こすつもりだろう。


(しかし訓練を受けた兵相手に勝てるとも思えない)


 となれば、やはり心中は嫌だった。


「すみませんが、私は生きなければならないので協力は出来そうにないです」

「……まぁ、部外者だもんな」


 反対するような意見は上がらなかった。

 村長としても承知していた。


「知り合ったばかりの人に我々と共に死ねとは言えません。ただ私達としては、あの代官だけでも何とかしたいのでご協力いただきたかったのも事実です」


 この周辺の村々の代官に対する恨みは強かった。


「代官もそうだが、領主もいかがわしいんだぜ? 森の向こう側の領地で立てた功績で任命されたって話だ。噂では味方を騙して斬ったとかって話だぜ」

「……へぇ?」


 アリアの興味が湧いた。

 本人から話を聞いてみてもいいかもしれない。とはいえ復讐しようという気持ちまではない。でも斬っても良さそうな理由が出来るかもしれない。


(どうしようか)


 アリアは迷った。心中に付き合うつもりがないのは変わらない。


(実際に見たほうが早そう)


 アリアは決めた。


「街を見てみたいので、方向を教えてもらえますか?」

「――いや、やめておいた方が良い」

「どうしてです?」

「危険過ぎる。死にに行くようなものだ」


 死にに行くつもりの人間に言われた。


「賊ですか?」

「それもある。重税や労苦から逃げ出したやつらは多い」

「負ける気はしないですけどね」

「違うんだ。賊よりも厄介なやつらがいるんだ」

「魔物?」

「――兵士だ。人目があるところで絡んでこられたら、逃げ出そうが倒そうが重罪人として扱われる。すぐに応援を呼ばれて牢屋を経て労働行きだ。……それに君はおそらく絡まれるだろう。とても目立つだろうし、その……」


 村人は口をつぐんだ。アリアは察している。


「まあ、衛兵が次から次に来るとなれば面倒ですね」


 行列が出来るかもしれない。これが握手会なら整理券でも出すが、交わすのは剣である。


「とにかくやめておいた方がいい。関わらないのなら、さっさと別の領に行くことをおすすめする」


 アリアは目を細めた。

 関わる気なら出来ている。あとは程度の深さだけだ。


「仮面とかないですか?」

「仮面?」

「顔が見られないようにしたくて。あと剣も欲しいです」

「剣か、まぁ渡してもいいが……」


 言い淀む村人。


「そこまでする義理がないと?」

「そうなるな」

「でも街を見ておきたくて」


 村人が険しい表情で聞いた。


「何故だ」

「言いづらいというか、言えないというか、私個人のものです」

「命がかかっているとしてもか?」

「そんなもの前からそうですので」

「……分かった。俺が案内してやる」


 何か事情があるらしい。といっても、この辺りの人間は誰しも事情を持ってるのかもしれない。

 事情を持つ者同士は通じ合うもので、どうやら村人はアリアの中の何かを察したらしかった。




 ◇◆◇




 翌日の朝に二人で発つことになった。

 道中、無言というのも気まずいのでいくらか話をした。

 ターナーと名乗った村人が語ったのは、娘の仇を討つために生きているということだった。一年前、ある兵に娘が手籠めにされそうになったことがあり、その際に娘は抵抗して逃げ出せたが、後日兵の集団が村に来て、当時の村長だった現村長の父を監督不行と理由をつけて連れて行った。

 その折、兵士らがついでに娘も連れて行こうとして再度揉めることになった。結果、その騒ぎの際に娘は傷を負うことになり、それがために命を落とした。ターナーも必死で抵抗していたが、兵士には敵わなず叩き伏せられた。

 怒りと後悔を滲ませながらそう語ったターナーは、最後に『何があっても仇を討つ』と言った。



 目的の街までそう遠くはない。

 健脚であれば二日で着く。

 その街はグレイストーンと言って、石を切り出して運ぶために作られた村が大きくなった経緯を持っている。近くに採石場があることもあって、街はきっちりと石壁で囲われていた。

 検閲所に差し掛かる。


「細工師のターナーだ。注文を受けに来た」


 検閲所の兵にそう言うと、


「分かった。だが、そっちの仮面のやつは何だ?」

「ああ、こいつは俺の弟子だ。魔物に顔を酷くやられて治りきってないんだ」


 兵は顔をしかめた。見たくはなさそうだった。兵士は街に入る許可を出した。


「武具の類はいくつだ?」

「二つだ」

「じゃあ――だ」

「分かった」


 武具の持ち込みには金がかかる。この周辺の治安を考えれば、武器を持たずにここまで来ることなど出来ないので、必要経費である。治安悪化させている元凶に金を取られることについて思うことがないわけではないが、変に抗議して武器の持ち込み自体が禁止されても困るので皆黙っている。


 街の中は、灰色が目立った。地面には石が敷かれており、全面石畳の街だった。他にもよく整備されている箇所も見受けれた。


「前の領主様さえ健在ならこんなことにもならなかった」


 ターナーが言うには、良いものは昔の名残だけで、悪いものはその逆だと。現領主と共に悪いものがいっぱい入ってきた。今この地域は病気にかかっている。それは薬で治るようなものじゃない。原因になっているものを切り取ることでしか治らない。これは皆の総意だ。ターナーは言い切った。

 そのまま少しづつ裏路地に入っていく。


「協力者に会う」

「いるんですか?」

「当然だ」

「しかし、付けられてますよ?」

「……本当か?」

「ええ」


 思わず足を止めようとターナーの背を、アリシアは軽く叩いた。


「止まったらバレますよ」

「すまん」


 ターナーは難しい顔をした。


「どうにかして巻けないものか」

「付けてるのは二人のようです。上手くやればどうとでも出来るかと」

「……この先に、四つ角がある。その十字路で曲がる時、一気に走ろう」


 アリアは同意した。土地勘のないところでは、ある者に任せておいたほうがいいことを知っている。

 その四つ角まで来た。


「行くぞ――」


 二人は走った。後方から声が上がる。


「おい、走ったぞ!」

「逃がすな!」


 見通しの悪い路地である。兵たちは二人をすぐに見失なった。

 アリアとターナーは、気配から巻けたことを確認すると、


「よし、今度こそ協力者のとこまで行く」


 見つからないように迷い込むようにして歩いた。しばらくして長屋のようにして立ち並ぶ家の所で、ターナーの足が止まった。辺りに人通りはないことを確認すると、とある家の扉をノックした。四度、間延びした独特なリズムで行うと、


「夜明け――」


 と扉に口を近づけてそう言った。合言葉だ。


(……ちょっとカッコいいな)


 少年? の心をくすぐられた。合言葉とか隠れ家とか、なんかカッコ良く感じるものが心にある。

 それはともかく、数秒、無音が続いた。ターナーの行った合言葉の返事がこない。


「……どういうことだ?」


 怪しんだターナーが、試しにと扉のドアノブをひねって押すと、そのまま扉が開いた。

 有り得ない。家主のことを知っているターナーはそう思った。

 異変を理解したターナーが焦って中に入ると、


「どういうことだ……?」


 そこに人はおらず、椅子が一つ、倒れていた。


「居ないだけか? いやでもなぜ鍵がされていない もしや捕まったんじゃないだろうな」


 ターナーは不思議がって、周囲の棚などを探り始めた。

 アリアはそれ以上に不思議だった。争ったにしてはあまり荒れていない。もし兵たちが探り当ててここに来たのなら、もっと物が散乱されていいはずだ。

 アリアにはおぼえがあった。


(これは、罠だ――)


 前に森で山頂目指していた時、苦しそうに倒れていた魔物がいたことがあった。遠回りするのも嫌だったので、そのまま横を通り過ぎようとしたら、身体を起こして襲ってきた。別に騙されたわけでもないので、そのまま斬り捨てて何も問題が起きなかったが、しばらくしてあれが死んだふり作戦だったことに気づいた。

 事実、ターナーは己の疑問に囚われて、あれこれと調べ始めている。これが解消されなければ、戻って来るまで待つと言うかもしれない。

 アリアは結論を出した。


「今すぐ出た方が良い。罠だよこれ」

「どうしてそう思う?」


 時間がない。アリアは簡単な例えを出して説明してみせた。


「……確かにそうかもしれない。お前の言う通り、一度出よう」


 だが、わずかに遅かった。

 家から出た瞬間、


「居たぞ! やはりここか!」


 先程の兵二人に見つかった。しかし不幸中の幸い。まだ逃げれるだけの距離があった。

 当然逃げようとアリアが兵から背を向けた時、横のターナーの空気が違うことに気付いた。兵を睨んでいる。


「――あの」


 引っ張ろうとした手が、空で止まった。ターナーの目が据わっていた。邪魔出来ない、そう思わせる目。


「……お前だけ逃げてくれ。本当にすまねえな」


 ターナーは兵目掛けて走り出した。


「てめえの顔だけは忘れなかったんだよ!」


 腰から抜いた短剣。慌てた様子を見せながらも、兵の二人は剣を抜き、待ち構えた。

 ターナーはそのまま走って詰め寄たが、


「がっ」


 胸部を深く斬られた。致命傷。だが、止まらなかった。さらに一歩、踏み込んだ。距離が縮む。腕を伸ばす。足りた。手に持つ短剣が、兵の首元に食い込む。

 ターナーは、兵にのしかかるようにして倒れた。


「……てめえだけはっ、殺してやるって誓ったんだっ」

「がふっ」


 ターナーの下にいる兵は、血を吐いた。何やら言おうとする様子を見せたが、喉を刺されたことにより、言葉を発することが出来なかった。


「あの世でも追ってやるからおぼえときな」


 そう言うと、ターナーから力が抜けた。執念で伸びた寿命が尽きた。

 その壮絶さに一歩引いていたもう一人の兵が、ようやく動きを見せた。怯えが前面に出ている。


「――お、お前も仲間だな!」


 兵はアリアに向かって言った。


「すぐに応援を呼んできてやるからな!」


 逃げるための口実を吐くと、兵は逃げ出した。

 アリアは動かなくなったターナーを見ると、そのまま目を閉じた。今の感情を言語化するように分析したくはなかった。そのまま加工せずに感じたままにしておきたかった。数秒後、目を開くと、


 ――行かないと。


 その場を去った。

 すぐに自分も追われることになるだろう。仮面をしていたおかげで、外せば誤魔化せるが、髪色が面倒だ。それにこの街で素顔を見せるには面倒が多そうだった。


(どこに行けばいいのか)


 路地裏を彷徨っていると、


「――こっちだ。着いてこい」


 そう言う者が現れた。三十半ばくらいの精悍な男だった。


「……あなたは?」

「それは後だ。とにかく急げ――」


(敵じゃなさそう)


 そう思えたので、付いて行くことにした。

 しばらく足早に歩き、とある家に着いた。


「安心しろ。罠なんかじゃない」


 入ると、中にはいくらか人がいた。男女が入り混じっている。

 視線が集まる。


「こいつをしばらくの間、かくまうことにする」

「いいけど、その仮面の人は誰なの?」

「分からん」

「は?」

「だが、一人兵が死んだ。そして追われていたのがこいつだ」

「……そういうことね」


 説明は充分だったらしい。


「やるね。本当にいい度胸してる」


 アリアは一応歓迎された。もっと中に入るように促され、長机の前に座ることになった。お茶が出た。


(薄い)


 色々と察する味だった。


「さて、まずは自己紹介をしようか。俺はウォルター。一応、この街の兵士だ」

「え?」


 兵士から逃げてきた後に、兵士にかくまわれた。


「――だがあいつらとは違う。俺は前からの兵だ。どこから来たかも知らんクズ共とは違う」

「そういう感じなんですね」

「昔は領主様を護衛する役目をしていたが、今では冷や飯食らいだ。まあ、あんなやつのそばになんていたら、俺が賊と化すだろうけどな」


 笑いが起こる。忠誠の心というは必ずしも盲目ではない。仕えているのは領主という役職に対してではなく人物にということだろう。


「三日後の夜だ。その日は俺が門兵をやることになってる。その時であれば逃がしてやれるから、それまでここで大人しくしているといい」


 アリアは頷いた。

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