第10話 刺し違えてでも通すもの

 村に戻った後、アリアは村長と名乗った若い男に説明を受けた。


「生きる上での最大の不幸は、己のこと己で決めれないことだと思うのです。しかし、この領、この地では、いたるところでそれが起こってしまっている――」


 この地の代官は、私腹を肥やすだけの人間だった。来歴なんて知っている者は民にはいない。少なくとも、この辺りの人間でないことは分かっている。他領に攻め込んだ兵がその地の物資を略奪するかのように、代官は自分の治める土地から過度に取り立てた。


 度重なる重税。増える罰則。違反した者は罰金か労働かを選ばされた。

 畑を耕す農民も、街で物を売る商人も、公共事業の労働に励むことになった。やせ細る土地と人。その対策を講じるための資金ということで、さらに税金が重くなった。税金が払えない者も続出したが、払えなくても労働により税金を免除する制度を設けることで解決された。結果、見事に労働者不足が解消され、生活は悪くなった。


 労働者は多すぎて困るということはなかった。

 公共事業の中には、モンスターから人の生活圏を守るために、魔物が巣食う森に入って辺りを調査するという仕事があった。とても危険な作業である。従事した者のほとんどは戻って来ることがなかった。しかし、必要なことである。なので、例え子供を残すことになる親であろうと関係なく行わなければならない。その結果、さらに働き手も少なくなったが、これも仕方がないことだった。代わりに老人や子供にも協力することになった。素晴らしい助け合いの精神だった。


 村長はアリアにそのように説明した。村長はまだ三十になったかどうかくらいに見えた。村長の家には、他にも主だった村人が数人、怒りに耐えるような表情で黙っていた。


「……このままでは順番に殺されていくだけだ。立ち上がらなければならない」


 村人の一人が口を開く。


「俺達の行く先なんて、魔物に消化されるか、賊になるかだ。――知ってるか? ここでは重罪人であっても死刑は行われない。処刑すると使い道が少なくなるからだそうだ。だが俺達は人として生きて、人として死にたい。魔物の餌なんてごめんだ」

「だから武器を?」

「ああ。協力者も多い」

「なるほど」


 仲間に引き入れようとしているように見え、アリアは少し迷った。


「勝機があるんですか?」


 勝機のない戦いがどういうものであるかをアリアは知っている。師からもよく教わった。勝機と正気、どちらも必要であると。

 気の毒だと思っても、心中する気まではない。


「いや、実はもうそういう段階じゃない。やるかやらないかの時期はもう過ぎた。今はもうやるしかないところまで来ている」

「でも代官が横暴を働いているなら、領主が罰したりしないんですか?」

「ああ、それなら心配はいらない。何でも税収が上がって大変お喜びになったとのことだ。あいつらは俺達から何も出なくなるまで血を流させる気だ」

「じゃあ国はどうなんでしょう?」


 面食らった様子の村人。


「……本当に知らないのか。ここの領主は二年前に国から送られて来た人間だ。それまでの領主とその家族や重臣は、急病によって事前に亡くなっていたよ」


 これは本当に公表されたことだった。


「笑えるだろ? だから俺達も心配になって、もしかしたら今の領主や代官も同じ病気にかかるんじゃねえかなって確かめてやるんだ」


 村人たちの肉体にはがっしりとした筋肉がついていた。それに武器もある。搾り取られる前に事を起こすつもりだろう。


(しかし訓練を受けた兵相手に勝てるとも思えない)


 となれば、やはり心中は嫌だった。


「すみませんが、私は生きなければならないので協力は出来そうにないです」

「……まぁ、部外者だもんな」


 反対するような意見は上がらなかった。

 村長としても承知していた。


「知り合ったばかりの人に我々と共に死ねとは言えません。ただ私達としては、あの代官だけでも何とかしたいのでご協力いただきたかったのも事実です」


 この周辺の村々の代官に対する恨みは強かった。


「代官もそうだが、領主もいかがわしい。噂では、森の向こうでの領で味方を騙して功績を上げたとかって話だ」

「……へぇ?」


 アリアの興味が湧いた。どうやら自分にも少し関係のある話かもしれない。そうとなれば本人から話を聞いてみてもいいかもしれない。とはいえ復讐しようという気持ちまではない。でも斬っても良さそうな理由が出来るかもしれない。


(どうしようか)


 アリアは迷った。心中に付き合うつもりがないのは変わらない。


(調べるか)


 アリアは決めた。


「一度、街を見てみたいので、方向を教えてもらえますか?」

「いや、やめておいた方が良い」

「どうしてです?」

「危険過ぎる。死にに行くようなものだ」


 と、死にに行くつもりの人間に言われた。


「賊が出るからですか?」

「それもある。重税や労苦から逃げ出したやつらは多い」

「負ける気はしないですけどね」

「違うんだ。賊よりも厄介なやつらがいるんだ」

「魔物?」

「――兵士だ。人目があるところで絡んでこられたら、逃げ出そうが倒そうが重罪人として扱われる。すぐに応援を呼ばれて牢屋を経て労働行きだ。……それに君はおそらく絡まれるだろう。とても目立つだろうし、その……」


 村人は口をつぐんだ。アリアは察している。


「まあ、衛兵が次から次に来るとなれば面倒ですね」


 行列が出来るかもしれない。これが握手会なら整理券でも出すが、交わすのは握手ではなく剣であり、流すのは汗や涙ではなく血である。


「とにかくやめておいた方がいい。関わらないのなら、さっさと別の領に行くことをおすすめする」


 アリアは目を細めた。

 関わる気なら出来ている。あとは程度の深さだけだ。


「仮面とかないですか?」

「仮面?」

「顔が見られないようにしたくて。あと剣も欲しいです」

「剣か、まぁ渡してもいいが……」


 言い淀む村人。


「そこまでする義理がないと?」

「そうなるな」

「でも街を見ておきたくて」


 村人が険しい表情で聞いた。


「何故だ」

「言いづらいというか、言えないというか、私個人のものです」

「命がかかっているとしてもか?」

「そんなもの前からそうです。皆さんにも事情があるように、私にもある。場合によっては剣を抜くに至るようなものが」

「……分かった。俺が案内してやる」


 事情を持つ者同士は通じ合うもので、どうやら村人はアリアの中の何かを察したらしかった。




 ◇◆◇




 翌日の朝に二人で発つことになった。

 道中、無言というのも気まずいのでいくらか話をした。

 ターナーと名乗った村人が語ったのは、娘の仇を討つために生きているということだった。一年前、ある兵に娘が手籠めにされそうになったことがあり、その際に娘は抵抗して逃げ出せたが、後日兵の集団が村に来て、当時の村長だった現村長の父を監督不行と理由をつけて連れて行った。

 その折、兵士らがついでに娘も連れて行こうとして再度揉めることになった。結果、その騒ぎの際に娘は傷を負うことになり、その傷が原因で命を落とした。ターナーも必死で抵抗していたが、兵士には敵わず叩き伏せられた。

 怒りと後悔を滲ませながらそう語ったターナーは、『何があっても仇を討つもりだ』と言った。


 目的の街まではそう遠くはない。

 健脚であれば二日で着く。

 その街はグレイストーンと言って、石を切り出して運ぶために作られた村が大きくなった経緯を持っている。近くに採石場があることもあって、街はきっちりと石壁で囲われていた。

 検閲所に差し掛かると、ターナーが慣れた様子で受け答えを始めた。


「細工師のターナーだ。注文を受けに来た」


 兵は大まかに確認する素振りを見せた。


「分かった。だが、そっちの仮面のやつは何だ?」

「ああ、こいつは俺の弟子だ。魔物に顔を酷くやられて治りきってないんだ。風に当たるだけでも激痛がするらしい」


 兵は顔をしかめた。見たくはなさそうだった。

 兵は仮面の中を確認することもなく、街に入る許可を出した。


「武具の類はいくつだ?」

「二つだ」

「じゃあ――だ」

「分かった」


 武具の持ち込みには金がかかる。この周辺の治安を考えれば、武器を持たずにここまで来ることなど出来ないので、必要経費である。治安悪化させている元凶に金を取られることについて思うことがないわけではないが、変に抗議して武器の持ち込み自体が禁止されても困るので皆黙っている。


 街の中に入ると、人の行き交いが見えたが、まばらだった。

 また、街の中は灰色が目立った。地面には石が敷かれており、全面石畳の街だった。他にもよく整備されている箇所も見受けれた。


「前の領主様さえ健在ならこんなことにもならなかった」


 ターナーが言うには、良いものは昔の名残だけで、悪いものはその逆だと。現領主と共に悪いものがいっぱい入ってきた。今この地域は病気にかかっている。それは薬で治るようなものじゃない。原因になっているものを切り取ることでしか治らない。これは皆の総意だ。ターナーは言い切った。

 そのまま少しづつ裏路地に入っていく。


「協力者に会う」

「いるんですか?」

「当然だ」

「でも――」


 なんてことないようにアリアは言った。


「付けられてますよ?」

「……本当か?」

「ええ」


 思わず足を止めようとしたターナーの背を、アリアは軽く叩いた。


「止まったらバレますよ」

「すまん」


 ターナーは難しい顔をした。


「しかし、どうにかして撒けないものか」

「付けてるのは二人のようです。上手くやればどうとでも出来るかと」

「……この先に、四つ角がある。その十字路で曲がる時、一気に走ろう」


 アリアは同意した。土地勘のないところでは、ある者に任せておいたほうがいいことを知っている。

 その四つ角まで来た。


「行くぞ――」


 二人は走った。後方から声が上がる。


「おい、走ったぞ!」

「逃がすな!」


 見通しの悪い路地である。

 アリアとターナーは、曲がり角を利用してとにかく駆け回った。

 しばらくして、撒けたことを確認すると、


「よし、今度こそ協力者のとこまで行く」


 と、周りを警戒しながら迷路のような裏路地を歩いた。しばらくしてターナーは足を止めた。辺りには長屋のようにして立ち並ぶ家あり、居住区のようだった。続けて、辺りに人通りはないことを確認すると、とある家の扉をノックした。四度、間延びした独特なリズムで行うと、


「夜明け――」


 と扉に口を近づけてそう言った。合言葉。


(……ちょっとカッコいいな)


 と、アリアは少年? の心をくすぐられた。合言葉とか隠れ家とかに対して、なんかカッコ良く感じるものが心に残っている。

 それはともかく、数秒、無音が続いた。合言葉の返事がこない。


「……どういうことだ?」


 怪しんだターナーが、試しにと扉のドアノブをひねって押すと、そのまま扉が開いた。

 有り得ない。家主のことを知っているターナーは訝しんだ。

 焦りを覚えながら中に入ると、


「どういうことだ……?」


 そこに人はおらず、椅子が一つ倒れていた。


「……居ないだけか? いやでもなぜ鍵がされていない もしや捕まったんじゃないだろうな」


 ターナーは不思議がって、周囲の棚などを探り始めた。

 アリアはそれ以上に不思議だった。争ったにしてはあまり荒れていない。もし兵たちが探り当ててここに来たのなら、もっと物が散乱されていいはずだ。

 この状況、アリアにはおぼえがあった。


(罠だ――)


 前に森で山頂目指していた時、苦しそうに倒れていた魔物がいたことがあった。遠回りするのも何か嫌だったので、そのまま横を通り過ぎようとしたら、身体を起こして襲ってきた。別に騙されたわけでもないので、そのまま斬り捨てて事を終えたが、しばらくしてあれが死んだふり作戦だったことに気づいた。

 事実、ターナーは己の疑問に囚われて、あれこれと調べ始めている。これが解消されなければ、戻って来るまで待つと言うかもしれない。

 アリアは急かした。


「今すぐ出た方が良い。罠だこれ」

「どうしてそう思う?」


 時間がない。アリアは簡単な例えを出して説明してみせた。

 上手くいったようで、ターナーは納得したように頷いた。


「……確かにそうかもしれない。お前の言う通り、一度出よう」


 だが、わずかに遅かった。

 家から出た瞬間だった。


「居たぞ! やはりここか!」


 先程の兵二人に見つかった。しかし不幸中の幸い。まだ逃げれるだけの距離があった。

 当然逃げようとアリアが兵から背を向けた時、横のターナーの空気が違うことに気付いた。ターナーの目が険しくなり、射殺さんとばかりに兵を睨んでいる。


「あの――」


 アリアの引っ張ろうとした手が、空で止まった。

 邪魔してはいけない、そう思った。


「……お前だけ逃げてくれ。本当にすまねえな」


 ターナーは兵目掛けて走り出した。


「てめえの顔だけは忘れなかったんだよ!」


 叫ぶと同時に、腰から短剣を抜いた。

 二人の兵は慌てた様子を見せながらも、剣を抜き、待ち構えた。

 ターナーは走って詰め寄ったが、


「がっ」


 戦闘技術の差があった。ターナーの短剣が届く前に、胸部を深く斬られた。間違いなく致命傷。だが、ターナーの足は止まらなかった。さらに一歩、踏み込んだ。その気迫に、兵は怯えていた。


「……てめえだけはっ」


 距離が縮む。腕を伸ばす。足りた。手に持つ短剣が、兵の首元に食い込む。

 ターナーは、兵にのしかかるようにして倒れた。


「殺してやるって誓ったんだっ」


 ターナーの下にいる兵は、血を吐いた。何やら言おうとする様子を見せたが、喉を刺されたことにより、言葉を発することが出来なかった。


「あの世でも追ってやるからおぼえとけ」


 そう言い終わると、ターナーから力が抜けた。執念で伸びた寿命が尽きた。

 その壮絶さに一歩引いていたもう一人の兵が、ようやく動きを見せた。怯えが前面に出ている。


「――お、お前も仲間だな!」


 兵はアリアに向かい指を指すと、


「すぐに応援を呼んできてやるからな!」


 と言って、兵は逃げ出した。逃げる口実には充分だった。

 アリアは動かなくなったターナーを見ると、そのまま目を閉じた。今の感情を言語化するように分析したくはなかった。そのまま加工せずに感じたままにしておきたかった。やがて目を開けると、


 ――行かないと。


 その場を去った。

 すぐに自分も追われることになるだろう。仮面をしていたおかげで、外せば誤魔化せるが、髪色が面倒だ。それにこの街で素顔を見せるには面倒が多そうだった。


(どこに行けばいいのか)


 路地裏を彷徨っていると、


「――こっちだ。着いてこい」


 と言う声が聞こえてきた。

 声の方向を見ると、三十半ばくらいの精悍な男がいた。


「……あなたは?」

「それは後だ。とにかく急げ――」


(敵じゃなさそう)


 そう思えたので、付いて行くことにした。

 しばらく足早に歩くと、とある家に着いた。


「安心しろ。罠なんかじゃない」


 入ると、中にはいくらか人がいた。男女が入り混じっている。子どもが多い。

 視線が集まる。


「こいつをしばらくの間、かくまうことにする」

「いいけど、その仮面の人は誰なの?」

「分からん」

「は?」

「だが、一人兵が死んだ。そして追われていたのがこいつだ」

「……そういうことね」


 説明は充分だったらしい。


「やるね。本当にいい度胸してる」


 アリアは一応歓迎された。もっと中に入るように促され、長机の前に座ることになった。お茶が出た。


(薄い)


 色々と察する味だった。


「さて、まずは自己紹介をしようか。俺はウォルター。一応、この街の兵士だ」

「え?」


 兵士から逃げてきた後に、兵士にかくまわれたことになる。


「――だがあいつらとは違う。俺は前からの兵だ。どこから来たかも知らんクズ共とは違う」

「ああそういう感じか」

「昔は領主様を護衛する役目をしていたが、今では冷や飯食らいだ。まあ、あんなやつのそばになんていたら、俺が賊と化すだろうけどな」


 笑いが起こる。忠誠の心というは必ずしも盲目ではない。仕えているのは領主という役職に対してではなく、人物にということだろう。


「三日後の夜だ。その日は俺が門兵をやることになってる。その時であれば逃がしてやれるから、それまでここで大人しくしているといい」


 アリアは頷いた。

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