第8話 リリアナちゃんの述懐

 今日も仕事。そして勉強。その間々で皆の面倒。とても大変な毎日だ。

 けど耐えられる。頑張れる。私には希望がある。これさえあれば何だって。

 そう、あの時から――。


「負けない」


 何度も自分に向かって言った言葉だ。

 仕事で心が折れそうになった時でも、友人関係でも、恋人は……まあいいか。とにかく、座右の銘は負けないこと。偉人の言葉なんかいらない。負けないっていうのは、他人に私の心を折らせないことだ。


 大好きなものがあった。思いを馳せるだけで心臓から温かい何かが溢れて出てくるような魔法のようなもの。貴族の娘として生まれた主人公が他領の侵攻によって街に逃げて平民として過ごしながらも、そこで知った真実を王都に行って訴えることから始まる物語。

 そう、これは、持ち前の明るさや健気さで頑張る学園恋愛ファンタジー。もし神様がいるのなら、どうにかしてその世界に行けないものかと何度も何度も思った。それが叶うのだったら死んでも良かった。嘘じゃない。本当にそう思っていた。


 『私』は孤児の女の子だった。消えそうな命の灯火と混じり合い、今の私となった。8歳そこらの小さな女の子。元気に生きていくには食べる物が必要だった。でもただの女の子に出来ることなんてない。私は私たちにならなければいけなかった。

 毎日毎日時間をかけて孤児院の子どもを仲間に引き込んでいった。一人では出来ないことも皆なら。これでも元社会人だ。街の人たちの情報を皆で集め、仕事を生み出した。大した仕事ではなかった。けれどもちゃんと金銭が動く立派な仕事だ。私たちの食事にはお肉が付いた。私たち孤児の痩せた身体にもお肉が付いた。混ざりあった命に感謝をしながら「これでいいよね?」って問いかけた時、なんだか幸せが溢れてきて、自分の行いが間違ってなかったのだと思うことが出来た。じゃあ今度は自分を幸せにしなくちゃって。


 数年が経ったころ。私は下町の中で、ちょっとした有名人になっていた。街を歩けば「やぁ、リリアナちゃん」とよく大人たちに挨拶される。計算も交渉も出来て、その上に生意気な子どもにも言うことを聞かせるまとめ役。鏡で見たことがないからよく分からないけど、結構可愛いらしい。子ども効果もあるだろうけど、損はしない。りんごだっておまけで一個ついてくる。ただ妙なことに、この世界の食べ物は元の世界で見たことがあるものばかりだった。まるで元の世界をベースに考えられた世界のような、そんな不思議な世界。もしかしたら、神様が気まぐれで似た世界を作ってみた、なんてだけかもしれない。


 ある日のいつも通りこと。

 店の外に席があるタイプの飲食店で、通りすがりに耳に挟んだ世間話。


「――領で戦いがあったらしいぞ」

「へぇ、それどうなったんだ?」

「詳しいことは分からないが、最後は一方的だったって話だ」

「どこもかしこも物騒な話はあるもんだな」

「まったくだ」


 聞き覚えのある単語があった。確かめなければ。使命感のようなものが湧いて出た。


「――あの、すみません」

「ん? おお、リリアナちゃんか」

「聞きたいことが――」


 聞けたことは、噂話の域を出ないものだった。でも、それでも、端々に出てくる単語が、おぼろげにあった願望に近い一つの予想をさらに強固にしていく。


「……わざわざありがとうございました」

「構わないよ。いつも頑張ってるだろ? たまにはサボらんとなぁ」

「いつもサボってるお前が言うと嫌だな」

「おい」


 ずいぶんご機嫌なおじさん二人。コップの減りは中々だ。


「――ああ、そういえば」


 何か思い出したようなおじさん。


「今度、王立学園に庶民枠が誕生するって話があったぞ」

「庶民枠ですか?」

「ああ。優秀な人間であれば貴賤なく国で召し抱えたいってとのことだ。これでまた一波乱、ってことならなればいいけどなぁ」


 孤児が手に入れることが出来る情報なんて大したことがないものばかりだ。自分が住んでいる街の名前ですら、初めは知らなかった。必要のないものは知ることが出来ない。だが必要なものしか知れていないと、必要なものそのものが増えていかない。脱却していくためにも、こうやって大人の会話に混ざり込んで、少しずつ知識を得ていった。


「でしたら、私にも可能性がありますか?」

「あー、そうだな。って言いたいが、入学試験ってのがあって、それがそれなりに難しいって聞いたぜ」

「試験ですか。どのような内容だとかは」

「いやぁ、俺は分からねえ。――お前は?」

「馬鹿野郎。俺が知ってるわけがねえだろ。――ああでも、それに合わせて庶民用に勉学を教える機会を作るとかはあっただろ」

「お前知らねえのか。あれ、あんまり評判良くないぞ」

「何でだ?」

「難しすぎるんだと」

「何だそりゃ。意味ねえじゃねえか」

「あのっ――」


 もう確信に近かった。

 希望さえあれば、どこまでだって走り切ってみせる。私は知っている。この願望が正しいのであれば、私の大好きなヒロインのアリシアちゃんが庶民枠で学園に入学し、王子とかと素敵なラブストーリーを送るのだ。見たい。この目で、どうしても。


「場所について教えてくれませんか? 駄目元で挑戦してみようかと思って」


 目を丸くして、顔を見合わせるおじさんたち。


「止めはしねえが、出来なくても気落ちするなよ。お貴族様に教えていたやつがそのままやってるって話だ。厳しい上に冷たいらしい」

「大丈夫です。私、負けませんから」

「じゃあ――」



 ◇◆◇



 そう私は負けない。

 確かに、講師の人は冷ややかな人だった。どうせ分からないだろうみたいな感じで、講義を行っていた。でも私は喰らいついた。といっても前の世界の知識で応用出来ることも多かったから、皆ほど難しくは感じなかった。こういうのをチートっていうのかな? 不正してるようでちょっと罪悪感あったけど、使えるものは使う。


 そうしてるうちに、講師の先生とも打ち解けてきた。胸の内を打ち明けられた時、なるほどなぁってなった。何でも、初めは仕事だからって意識と、大事な仕事だって意識もあったけど、生徒が中々おぼえてくれないからやる気が削がれちゃって段々仕事だからって意識だけが残るようになったらしい。実際、お互いしょうがない部分はあるかなって思う内容だった。でも私はその辺りが分かるから、偉そうにもいくつか助言をしてみた。


「――ここの部分って、この前提部分を理解していないと、とっかかりがなくてとても難しく感じると思うんです。でも平民だとここって知る機会がほとんどなくて」

「なるほど」

「――というわけで、このくらいから前始めて、ついでにこの箇所も補完するようにしたら――」

「ふむ。……やってみよう」


 すると上手くいったようで、先生も生徒からも好意的に思われることになった。アリシアちゃんだったらきっとそうするよねって思ってやってみて良かった。早く会いたい。



 試験は正直余裕だった。受けた科目であれば、全教科満点を叩き出した。実技はまるで自信なかったから受けなかった。制服の採寸をしてる時に、鏡に写った自分をまともに見たんだけど、何というかゆるふわ小動物系だった。出来る女って感じの雰囲気でいたかったけど、まあ仕方ない。今後に期待しよう。


 さすがに学園ではちょっと浮いてた。平民は片手に数えるくらいしかいないらしく、珍獣とまではいかないけど珍しい何かとして扱われていた。それよりもアリシアちゃんだ。たしかどこかのタイミングで中途入学してくるはず。私はそれを待つだけだ。

 そんな日々を過ごしていく、とある日のこと、


「――君、ちょっといいかい?」


 ベンチで休んでいたら、誰かから話しかけられた。


「はい? 何でしょう?」


 首を回すと、


「あ、王子っ。――す、すみません」


 さっと立ち上がり、頭を下げる。


「よしてくれ。ここでは対等なはずだ。例えそれが仮りそめだとしても、王族が守らないと仮りそめにすらならないからね」

「は、はい」

「別に大事な用があるってわけじゃないんだ。ただ、意見とか感想とかが聞きたくてね」


 王子は真面目だった。


「この度の平民枠の実施は母上、つまりは女王陛下の施策だ。息子の僕が実際の様子を理解しようとしているわけさ」


 大事な考えが閃いた。


(王子って、つまりはアリシアちゃんの攻略対象ってことよね。そうだ。今からアリシアちゃんの魅力が伝わるように何か出来ることがあるかもしれない)


「卑小な私ではありますが、今よりも多少ばかり効果が上がるかもしれないというものがございます」

「かしこまらなくていいと言ったはずだ」

「失礼しました。では、王子」

「名前で」

「すみません。保身のため、それはお許しください」

「……そうか。無理を言った」


為になるようなことを言おう。前世の知識でもなんでもいい。私の愛するアリシアちゃんが幸せになる可能性が少しでも上がるのであれば、私は偉人の言葉だろうが私の言葉として発せられる。彼がそれで上手くいくのなら結果的にアリシアちゃんの為になる。何より、彼に待ち受けている運命はそれなりにシリアスだ。


「平民として生きて、ここにきた私には願いがあります」

「聞こう」

「それは――」


 これから先、アリシアちゃんが受ける苦悩を少しでも減らせれば何でもいい。望むのはそれだけ。それが私の全てかもしれない。でも、欲を言えば友達になりたい。例えばお茶して買い物したり、なんてそんな関係に――。



 日々は走馬灯のように進んでいく。

 いくつか障害もあったけれど、頑張って乗り越えてきた。協力してくれる人たちも増えた。友達も出来た。何だかんだで知り合いも多くなってきた。王子やその取り巻きの人たちとも、それなりに良好な関係を築けている。まるで私はヒロインみたいな立ち位置だ。……どうして。


「アリシアちゃんが転入してこない……」


 いつ来てもいいように場は整えた。後は堪能するだけ。そのはずのなのに、肝心のアリシアちゃんが来ない。傍から見ればありとあらゆることが上手くいっているように見える。なのに、何一つ上手くいっていない。いちばん大事なピースが揃わない。この世界の出来事だって、知っている知識とは多少のブレがありつつも、大筋は同じように進んでいった。だからこそ、アリシアちゃんの不在が謎だった。でもいつかひょっと訪れるみたいなことがあると信じてきた。でも、未だに現れない。領地から逃げる形になったアリシアちゃんは、まずは街に身を隠しながら、人々の力を借りて、王都までたどり着くはず。アリシアちゃんが死んだなんて噂も聞いたけど、そんなはずがない。だって実際は死体が見つかってないっていう話だし、何よりアリシアちゃんが死ぬわけがない。もしそうだとしたら、――いや、もしもなんてない。そんなことはあり得ない。……あっていいはずがない。


 日が経っていく。日ごとに増える恐怖と不安を置き去りにして。

 ああ、講義に行かないと。

 教室にはすでに人がいた。


「やぁ、リリィ。今日も頑張ってるね」

「あ、王子。おはようございます」

「この間、君が言っていたあれ、母の反応が良さそうだよ」

「そうなんですか」

「ああ。派閥の強化にもなりそうだって、喜んでた。将来、役人になった時に便宜を計れそうで、僕も嬉しいよ」

「そんなっ、私なんてただの平民ですよ」

「『ただの』ではないからここにいるのだろう? それに身分に関係なく能力さえあれば国政にも関与させたいというのが母の意思だ」

「じゃあ、私が上手くいけば、その後、別の人もあるってことですか?」

「もちろん、そうなるだろう」

「そうですか……」

「どうした?」

「いえ、少し嬉しくて」


 ヒロインはいる。アリシアちゃんは生きている。私が信じないでどうするだろう。私はアリシアちゃんの為に、アリシアちゃんの代わりをやろう。それで、アリシアちゃんがやってきた時に分け渡すのだ。もしかしたら感謝されたりして、友達になれたりするかもしれない。


「――それでだけど、僕は少し出かけることになった」

「出かけるというと、しばらくは学園にいないということですか?」

「そうだ。生徒会の仕事等、君にもすこし手分けして協力してもらうこともあるだろう。とはいえ、忙しいのは重々承知だ。断ってもいい。皆にもあらかじめ了承はとってある」

「そんなことは」

「あとこれは本当に内緒な話だが、出かけるというのは、地方の視察に行くことなんだ。このことは誰にも言わないでいてほしい。もしかすると、もしかが起こるかもしれないし」

「……絶対に帰ってきて下さい。皆、寂しがります」


 王子の存在は、アリシアちゃんを幸せにするかもしれない未来がある。絶対に居なくなっては困る。


「もし私に出来ることがあれば――」

「その言葉だけで充分さ」


 その日のうちに、王子は公務があるということでしばらく休学するという知らせが公示された。

 それは知識と一致している。ただ、王子から直接聞いたのは私なんかじゃなくて、アリシアちゃんという点が違っていた。本当にどこにいるんだろう。もしかして王子の旅の途中で出会うのかもしれない。もしそうだったらいいな。あ、でもそのシーンを見れないのは残念すぎる。当然未公開シーンだ。本当に会いたい。でもそれ以上に、お願いだから存在していてほしい。お願いだから。いないなんてことだけは。





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世界について知ってるキャラクターの視点です。

座右の銘は、愛と勇気とパワーです。

今後も偶に出てることがあります。(可能性として)

その際、タイトルで分かるようにはしておきますが、ご注意ください。


また、前話にて、

『星評価や応援など、大変有り難く思っております。』

といった文言を書いたところ、多くの方に応援等を頂けました。

本当に有り難うございます。普通に嬉しかったです。


まだだよって方で続きをまだ見てやるかって方は、

よろしければ評価や応援など頂けると、励みになります。

もちろん、強制ではないのでこの文章は読み飛ばしてもらっても構いません。


またこういった内容を何度も出すのは好みませんので、

しばらくは後書きのようなものは無くなります。


それでは、これからもよろしくお願いします。

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