第6話 夢と修業
日本の住宅街。
陽光指すアスファルト。道行くは大小二つの影。肩口から伸びた影が、先の方で繋がっていた。辺りに音は無く、閑静な様子。向かい合いうなずく。雪のように白く小さな花がアスファルトの上に置かれる。
献花だ。事故かなにかで誰か亡くなったのだろう。その誰かが何となく気になった。気になったというより、やんわり引っ張られたような感覚になった。
匂いも温もりもない。でも何処かの奥底から懐かしさが湧き上がってきた。匂いも温もりも、風や音も立ち上がってきた。
――そうだ、ここは――。
伸びる影の元に背中が見えた。知らないけれども知っている姿。白い花は涙が出るほどに美しかった。でも実際に涙は出ない。寸前、いやとっくに決壊している。けれども流れることはない。心だけが泣いている。それもそのはず、ここは現実ではない。望んだ世界。そうあって欲しいと望んだ世界。けれどもどうしてかこれが幻想には思えなかった。魂だけ飛んで別世界を覗き込んでいるような、そんな確信めいた感覚があった。
――とにかく良かった。ここに思い残すことはない。
そう思った辺りで、景色が急に変わった。気づいたら戦国時代かのような昔の日本みたいな所にいた。背の低い木造家屋が並び、多くの人が行き交っている。周りを見渡すと、自分のことを認識しているようなしていないような妙な感覚。視線を落とすと、見知った少女の身体。男物の和装に一本だけ刀を差していた。前がはだけていて大丈夫かと思ったが、サラシを巻いており、ほっとした。その安堵にどこから突っ込めばいいのか分からずにいると、事件だろうか人を呼ぶ声が上がった。
人混みに従って行くと、河原に着いた。後ろからはよく見えなかったので、人混みの中を身を入り込ませて進んで行くと、木で出来た台が地面にささっていた。台の上には首が乗っていた。その数は二つ。知った顔だった。男女の兵。その周りには、己の為に命を賭けた兵たちが、強張った表情で罪状を読み上げていた。
想いが口に出る。
「酷い話だ」
誰にも聞き取られることがなく、空に消えていく。
夢を見ていることにはもう気づいている。
「まるで私が許されたがっているようじゃないか」
何ならもう一度ここで斬ってやろうかと、腰の刀の柄に手をやる。睨めつけてやると、首と目が合った。恨みのこもった視線。気圧されることなどあってはならない。はねのける。いや、押し潰すように圧する。すると元通り。意思のない瞳に戻った。ふと横に視線をそらすと、驚いた様子の表情の兵と目が合った。心臓が鼓動する。足が後ろへゆく。息を忘れた。ふさわしい言葉が見つからない。嫌になって振り払うと、白い光に包まれ――、
「――っ」
知らない天井だった。
「おぉ、ようやく目覚めたか」
知らない爺さん、いや微かに知ってる爺さんがいた。
「……ここは?」
「さぁな。儂が聞きたいくらいだ」
古めかしい言葉。聞き取りづらいながらも、分からなくはない。
「それよりも儂の言葉が分かるか」
「ええ」
「……そうか。で、お主は何者だ」
「人に素性を聞くときはまず自分からと教わりましたよ。同郷の方」
「む、失礼した。儂は――」
歴史に詳しくないと分からない感じだった。ともあれ断片的であれば何となくではあれ分かることもあった。とにかく剣の人であるらしい。一つのことに打ち込み生きてきた人間。広く浅くやってきたアリシアにとっては気後れするところがあった。とにかく次は自分が話さなければならないだろうと、向こうの知識でも分かるように上手く変換しつつ語る。
そのうち老人は、
「――なんとっ」
顔をくわっと険しくし、不快感を表に出した。
「主をその様な形で裏切るとは」
強く握られた拳がぶるぶると震えていた。
しばらくすると、頷き始めて、
「――いや、それよりもよくぞ斬った。その上で生き残ったのは偉い。生かされた人間というのはその分だけ生き残る義務がある。だからといってその生き様がどのようなものであるかは無視していいものではない。美しく生き、美しく死ぬ。そうでなければならない」
「おおよその人にとって、そうはあれるとは思いませんが」
「馬鹿を言え。美的感覚など個人によって変わるに決まっておるだろう」
「ええ……」
「つまり己の美に対する感覚を持たなければならんということだ。さすれば一時の恥を忍ばねばならぬことがあろうが、最後にはきっと美しくなる」
言ってることがいまいち分からないが、肯定されていることは分かった。
「――うむ、お前は剣をやるといい」
「なんでですか」
さらに意味が分からない。
「己がまだ定まっておらんからだ」
「決めると身軽に動けませんよ」
「仮でも良いから決めてしまえ。お前にはそれが必要だ」
「必要ですか?」
理由が欲しい。それだけの質問だった。
「お前の中にある葛藤や負い目その類のものを斬り払えるようになる」
「斬り払っていいものでしょうか」
「それを決められるようになる。その為のものだ」
「じゃあ剣でなくてもいいのでは」
「頭で考えようとするな。どうせ納得のいく答えなど出ん」
言い切れてしまうのは何故か。騙そうとしているようにはとても見えなかった。
「どうしてそう言えるんですか?」
「生きてきた年月によるものだ。そういうものであるとしか言えん」
「うーん……」
自分に才能がないことが分かっていることをやるのは酷く億劫に感じた。それに、他人に教わるのであれば、結果を出さねばならないだろう。いずれ、己の才能のなさに老人に対して申し訳なく思うに違いない。
しかし、断りにくい雰囲気だった。遠慮や気遣いとは違うもの。それ以外は許されないような感じ。どうするか迷った。不安だった。けれど不安なんてものは、拭えるのであれば拭った方がいいことくらいアリシアだって知っている。
「実は昔にやってたんですけど――」
始めた理由も辞めた理由も全て話した。今まで誰にも話してこなかった心の内。葛藤。それを話せたのは何故だろうか。アリシアは口に出しながらそう思った。自分のことをよく知らないから? それとも、老人から醸し出す雰囲気から? もしくはそれまでの全てを失ったから? 確かなことはもうあの日々は存在しないということだ。名残惜しいかどうかは分からないけれど、郷愁に近いものはあった。
「言ったはずだぞ。斬り払うためだと。――才能もなにも関係ない。ただ、己の為だけにやるのだ。これから先を生きていく為にな」
老人の言葉は硬く力強かった。
「困ったら剣に聞け。迷ったら剣に聞け。全てを一つに収束してしまえ。森羅万象を内包してしまえば、才能など斬り払えてしまえる。だいたい儂に教われるなど大勢の人間が羨むことだったのだぞ」
そこまで言われれば、すがりたくなった。
「……上手くいけば、私の心が満たされるようなことが起こり得ますか」
「やってみなければ分かるかよ。――と、そう言えるくらいには希望が持てる。どうせ一度死んだ身、……いやこの度で二度死んだと思えばやらぬ方が損だろう。つまりは産声を上げたばかり、どうせやることもないのだからやってみろ」
やることがない。その言葉が心に響いた。そう、やりたい事なんてなかった。やらなければいけないことはいっぱいあった。今残ったやらなければいけないことは、生き残ることだけ。そして生きるには目標がいる。ただ息をするだけじゃ生きてはいられない。ここでの目標というのは、何かを習得するだとか、達成するだとかではない。行うこと、それ自体が目標になるようなものでないといけない。つまりは死への抵抗、足掻きだ。腹をくくるのではない。受け入れる、流される。まずはそういった感覚でいい。赤子とは吸収するのが仕事なのだから。
「――これからよろしくお願いします。師匠」
「よろしい」
老人は満足した様子で頷いた。
「で、お主は名は何という」
「アリシア、いや――」
死んだ者の名だ。そう思った。でも別に凝る必要もない。一つだけ欠かした。
「アリア。今、そういうことになりました」
アリアという人間が産声を上げた時だった。
「生き方を変えた時、決めた時というのは自分で名を決めるものだ。本当に同じ地の血が流れているらしいな」
そしてすぐに修行が始まった。生きることと剣とが混じり合った濃密な時間。生きていくために呼吸が必要なように、もしくは食事が必要であるように、剣というものが生活、生存と同化した。
「とにかく慣れろ。あらゆるものを剣に結びつけのだ。自然に行えるまで技巧をその身に染みつけろ」
一日が経ち、十日が経ち、三十、四十と経っていく。
アリアは自分が少しずつ純化していくのを感じていた。余計、もしくは余分なものが自己から削られていき、鈍色の光に惹かれていく。鍛えられる鉄、もしくは磨かれる刃。
己の変容は心地よかった。己から少しずつ何かが剥がれていく。だというのに、己に近づいていく感覚。知ることを知った。そんな気がした。
そうして、百、二百、季節も移り変わっていく。
夏。
「虫嫌だー」
「森だぞ」
秋。
「落ち葉多すぎ」
「森だぞ」
冬。
「寒すぎ」
「うむ」
春。
「最強」
「そうか」
と年が超えたところで、師の教えが変わった。
「技巧に頼るな」
それからは、困惑と苦悩の日々であった。考えても考えても答えが出ない。剣をいくら振るえども染み付いた技巧が離れない。技巧が乗らないようにすると、雑に振るうしかない。が、そのようなことすれば喝が入った。朝も昼も夕も、夢の中でまでも悩み尽くした。しかしどうやっても答えは出ない。困り果てた。
「童心に還ってみろ。技術ではなく、心で振るうのだ」
それは一番最初にやるなと教えられたことでもあった。
「しかし、感情を剣に乗せるなと言ったじゃないですか」
「矛盾してると思うか?」
「はい」
老人は少し愉快そうに笑った。
「その矛盾を矛盾しない形に出来た者が一流になれる。つまりそこが凡人の壁だ。よくここまで来た。褒めてやろう」
最大の壁だった。アリアは己が凡人に属する人間だと確信めいて思っている。だが同時に、何かが変わった感覚も持っていた。
「困ったら最後には祈ることだ。きっと何かあるだろう」
「はい」
昔の人らしいなあとは思いつつも、今更師の言う事に疑問を感じない。そう言うのであればそうなのだろう。師弟関係に必要なものは信頼である。それは充分に提示されていた。質問は、自分の理解を深めるために行うものだった。
またそれとは別に、
「しかしまたいつもの無茶かと」
「無茶には違いない」
「えぇ……」
基本の会話は軽口ばかりでもあった。
「まあ、しっかりと見てやるから励め」
それからまた、数十、数百日と費やしていったある日、何かが弾かれたように、もしくは水滴が落ちてきたように、不思議な納得感が己に訪れ全てが腑に落ちた。
「――よくやった」
雑に撫でられた頭。アリアは歓喜した。ああ、ようやく終わった。ゲームクリア。ラスボスを倒した感覚だった。
「……さて、準備が終わったな」
「え?」
「ん? ここからが本番だぞ」
アリアは笑みを浮かべたまま止まった。
師は心底不思議そうだった。
「奥義に至る道だ。どうだ心が沸き立つだろう?」
「え、いや、――はい」
「なんだその反応は。儂に奥義を伝授してもらう為にどれだけの者が頼み込んだことか。ほんの極小数しか教えなかったものを教えてやろうというのだ。もっと喜ぶ様子を見せんか」
「だってどうせ今回も難しいんでしょう?」
「当然だ。奥義だぞ? 一芸技ではなく、剣に関するあらゆるものを一新させるようなものだ。簡単なわけがない。事実、才ある者でも中々習得出来なかった」
「……わーい」
さてどんな無茶振りがくるのかとアリアは身構えた。
「とりあえずしばらくは身体をよく休めろ」
「五体満足で終われますか」
「心配するな。そういうものではない」
「うーん」
急に何も無い日が続いた。代わりに座学と言う名の昔話があった。中々濃い人生を歩んできたらしく、これはこれで面白かった。
朝起きると雨の音がしていた。地面に降り注ぐやわらげな音に、葉っぱに打ち付ける小気味のいい短い音。アリアは、濡れることを除けば雨が好きだった。
「よし、ようやく降ったか」
「あ、嫌な予感」
「外に出るぞ」
「……はい」
雨に打たれながら言われた。
「次はこの雨粒を斬ることだ」
「ついにボケたんですか」
「やって見せるからよく見ていろ」
師は数秒ほど目を閉じてゆっくり息を吐くと、剣を水平に薙いだ。
「っわ」
アリアの目は確かに捉えた。
「斬れるものなんだ」
「あと一回だけ、頼まれたら見せてやる。それ以外は自分で試すのだ。いいな?」
「はい」
驚きが鮮明に記憶として頭に残っている。一つ一つの動きを分解してスロー再生出来るくらい。伊達に修行をこなしていなかった。
「じゃあ儂は濡れたくないから戻る」
それから何十、何百と雨粒に向かって剣を振ったが、
「……んー、駄目だ」
狙った雨粒に剣をぶつけることは適うも、斬ることは出来なかった。
(どういうことなんだろう)
アリアは考えた。
師の剣は、たしかに雨粒を斬っていた。しかし自分の剣は、ぶつけて弾いただけ。違いが分からなかった。記憶上の師の動き、自分の動き。構えも、剣の速さも力の入れ具合も同じにしか思えなかった。
翌日の昼まで雨は降り、アリアはそれまで寝ずに剣を振り続けたが、ついぞ斬れなかった。
「寝るか」
雨は自然のものである。雨が振らなければこの修行は出来ない。しかし後日、しばらく晴れが続いた。
「何、晴れてんの」
やつあたりを口にした。晴れの日が何だか嫌いになってきた。
「仕方ない。水繋がりで川でも斬ろう」
川まで歩くと、川の中に入って、剣を振った。
何百か振ってると、
「お、出来た」
川ではかなり楽だった。川から上がり、身体が適当に乾いたあたりで衣服を身につけていると、地面が揺れるのが分かった。大きなものが移動する音。こちらに向かっているようだった。少し気分が良いので待つことにした。
それは、まさしく大鬼の咆哮だった。目が合うやいなや、吠えられた。
「そんなに怒ることある? 覗きに失敗したんじゃあるまいし」
その大鬼は目線を上にやる必要があった。この世界では一般的にオーガと呼ばれている人食い鬼である。
オーガは人里に現れることが、たまにだがある。とんでもなく頑強な皮膚が厄介で、矢の類いがまったく刺さらない。剣で斬りつけても、剣のほうが駄目になる始末。中小程度の村であれば逃げる以外の対策がない。油を掛け、火で炙り、遠距離から何でもかんでも投擲してようやく追い払うような存在である。まともには戦えない。腕を振り回して何かに当たろうものなら、木造の家なら吹き飛び、石造りであってもその箇所が弾丸のように弾き飛んでいく。そんな理不尽な存在だ。
アリアは剣の柄に触れた。
「……いや、予備とか無いから折れでもしたら困るな」
剣から手を離し、ぐっと拳を握る。徒手空拳。
「いけるかな。いや、さすがにキツいか」
ダメージが入る様子が想像つかなかった。
オーガはどすどすと地響きを立てながらせまってくる。アリアは、オーガの様子にムッと来た。
(自分に危険があるとは思ってない)
間近までせまったオーガ。獲物としか認識されていないのがはっきりと分かった。舐められる以前の問題だった。
――ぶん殴ったる。
間合いに入った。
アリアは身を低くした。
オーガの引っ掴もうと伸ばされた手。その手と地上の隙間にアリアは潜り込むと、そのままオーガの足元まで駆けた。右に振りかぶると、前に出たオーガの太い足を思い切り殴った。
「――いっだっ」
想像以上に硬かった。ちゃんと痛かった。何度か繰り返せば骨にきそうだった。
オーガの蹴り飛ばそうとする動き。アリアは手の甲を擦りながら軸足の方に移動した。
(斬るしかない)
そう思って剣を抜いたが、戸惑った。
(いや絶対、刃が痛む)
いっそ逃げてしまうかと思ったあたりで、見知った声が響いた。
「当てるのではなく、添えろ」
その瞬間、迷いは消えた。言われたのならばやる。それだけである。
何やらごちゃごちゃと動いてるオーガの攻撃を躱し、剣身をオーガの足の皮膚に添えるようにして引いた。
(おぉ)
スッと入った刃が浅くともきれいに通る。
「――引け」
師のその言葉に、アリアは後方に跳んだ。
オーガは激昂しながらこちらに向かってきている。アリアは目を凝らした。
師が前へ歩く。合わせて、オーガの腕が前へと出る。師の刃圏に入った腕が切り落とされた。構わず老人がさらに前へと行く。続いて刃圏に入った脚が切断される。前傾にバランスが崩れていくオーガ。足を止め、上を見る老人。首が刃圏に入ると、頭が落ちた。
「見えたか? 考えるまでもない、ただの自然の成り行きだ。こんなものは案外淡泊なものだ」
「……見えたのは見えたのですけど、淡泊過ぎるというか」
「精進することだ」
とはいえ、アリアは運良く悩みの先にあるものを見れた。今はとても再現出来ないが、きっかけは得た。後は感覚を掴むまで苦しむだけである。とても素晴らしいことだ。被虐趣味に目覚めたわけではない。アリアは美味しいものが食べたくなった。
「これ美味しかったりしないかな」
オーガを指した。肉であることには違いない。
「硬くて食えたもんじゃないぞ。切れ布の束でも噛んどるのかと思ったわ」
「えー」
それから二度目の雨の日、アリアはついに雨粒を斬った。
「ついに、やった……」
上を向けば雨粒が顔に当たり、涙と混じって流れて落ちた。
達成感。そして安堵、加えて少しの寂しさ。思えば、最後までやり遂げれたのはこれまでで初めてだった。
「……思ったより嬉しさが強くないんだね」
これまで積み上げてきたものに後悔もない。それどころか自負のようものすらある。けれども、この終わってしまった感覚というのは何という名前なのだろうか。感情に整理をつけるには少し時間が要りそうだった。
「よくやった」
振り返れば、師が頷いていた。
「本当に、ありがとうございました」
礼の言葉は自然と出てきた。偽りのない本当の感情。
「まったく、この儂が付きっ切りで見てやってるにしては時間がかかったものだ。だがこれでようやく免許皆伝――」
「はい」
雨が身体の熱を流していくけれど、瞳の熱は引かない。
何故だかは分からないけれども、これまでの全てが一つ段階を踏んで報われたような気がした。
師の表情も嬉しそうに見える。
「幾百と見てきたが、次の奥義を習得した者だけはいなかった」
年寄りというのは、よく分からないことを唐突に言うものだ。仕方ない。視界がぼやけてきた。
「これで本当に最後だ。次は月の光を斬りなさい」
歳とは残酷だ。正気を失っているようにしか思えない。
(なるほどこれは夢だ)
夢とか見てないでそろそろ起きないと。気づけば雨もなんか止んでいた。夢でもないとおかしな天気だ。何だっけ、困ったらどうするんだっけ。
「祈ればいいんですか」
「なんだ、分かっとるなら早い。ちょうど月も出てきた。やってみせよう――」
一瞬の静寂。そして暗闇。確かに月光が斬られた。こんなにも疑いたいのに疑えなかった。夢じゃない。起きてた。でもこれは夢だ。
「あー、夢の続き見てきます」
寝るしか無い。不貞寝である。こんなの出来るわけがない。
「うなされるのも修行」
「ちょっとうるさいです」
それは不貞寝にしても耳障りな言葉だった。
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