第7話:独りの夜
「なにあれ・・・」
体感時間的に20分程か、次元の狭間をフラッグと歩き続けトンネルの先に白い空間にぽつりと墨汁を垂らしたような真っ黒な楕円形の空間がそこにあった。
「あれが世界を渡るための境界の綻びだ」
「あれを潜れば、ケイ。お前は地球に戻れる」
真っ黒に歪にフリッグは指を指し示す。
(この先が・・・地球)
「はは。今更なんか緊張してきたかも」
(大丈夫。1人でもなんとかなる。なんとか出来る)
繋は不安になる自身を鼓舞する。
(この胸のつっかえを取るためにも・・・)
ワタリケイは事故にあった時の記憶を夢の中で何度も何度でも思い出すことがある。
・・・いや、思い出してしまう。
眩い光が自分の目を襲ったあと、車がぶつかってくるまでの僅かな時間。
両親が切羽詰まりながらも此方を心配する表情が目に焼き付いて離れなかった。
そして最後に両親と交わしたのが、つまらない事で発展した口喧嘩。
(あの時なんで些細な事で喧嘩をしたんだろう・・・)
(2人なんて大っ嫌いなんて、、本心でもない事を言わなければ良かった・・・)
(共働きの2人がせっかく自分の為に2日だけの短い旅行に連れて行ってくれたのに・・・。次の日に仕事になってしまった事にその時の自分はムカついて怒ってしまった)
(なんで自分だけ生き残ってしまったんだろう・・・一緒に。一緒に死ねたらよかった・・)
両親との最後が喧嘩別れだった事、自分だけ生き残ってしまったこと。
自身を責める夢は今でも続き、フリッグ達と出会った事で少しばかり繋の心の傷は徐々小さくはなっていたが、未だに繋の傷は残っており、深かった。
そして、その傷が厄介だった。
その傷が埋まらないように治らないように、繋は自分が傷つくことを厭わない。
それは繋自身、認識してない自傷行為。
姉の代わりとして居たフリッグは勿論。家族であるヒョードル。付き合いの長いスヴィグル達は繋の危うさを知っていた。
スノトラとベオウルフも、繋の自分を顧みない行動に薄々とその危うさを感じていた。
仲間達はそれを知りつつも、繋自身が元々優しく献身的な所があり、それが自傷行為なのか自己犠牲なのか分からなくなっていた。
最初は各々注意したり怒ったりしていたのだが、それでも変わらない彼に次第に怒ることが出来なくなった。
ただ、とある彼だけはずっと繋に注意をしていた。
旅の途中、繋と仲間たちは別々行動をした時があり、その時に偶然にも魔王に覚醒する前の男と繋は一時だけ旅をした事があった。
その男は中々のお節介焼きであり、旅の間、繋が顧みない行動をする度にしっかりと怒ったり注意をしていた。
他の仲間達とは違った意味で、繋の事を思っての行動だった。
(オレは自分の事を大切にしないヤツが嫌いだ)
(おまえのはそれは自己犠牲でも何でもねえんだよ)
(いつか、お前のそれは。お前を大切だと思っている奴らを悲しませるぞ)
様々な事を言われたし、注意をされたが、繋はそれを真の意味で理解できず、最後まで理解が出来ないまま魔王に覚醒してしまった彼と戦いを迎える事になってしまった。
異世界に来たばかりの時はその自傷行為が酷かったが、幸い今は落ち着いている。
だが、フリッグとヒョードルもいつ何処のタイミングで繋の自傷行為が酷くなるのかが心配だった。
だからこそ、フリッグは、本当は繋をゾンビで溢れかえる地球に返したくなかったのだ。
(人が良く、自分より他人を優先する自己犠牲も厭わない人間)
それは繋という人間を表現するにあたって、少し間違っている。
「渡 繋」という人間は、
「人としてとても良いが、無意識の中で死にたがっている」
何時か。
どうかいつか、ちゃんと。
本人が。
自分を許せるようになれば良いとフリッグ達は願っていた。
その為の初めの儀式が、元の世界で両親の墓を建てる事なのかもしれないとフリッグ達は信じている。
「どうした。今なら未だ後戻りは出来るぞ」
フリッグは試すように言うが、繋がそれで辞める人間では無いと知っている。
「大丈夫。ちょっと色々考えちゃって、戸惑っちゃったけど行くよ」
そうか。とフリッグは静かに返した。
「にしても真っ黒な空間って見た目が良くないよね。怖いし」
「散々色んな経験をしたくせに、何を言っているんだおまえは」
「いやいや!初めての経験は何時までも緊張するし、怖いよ!」
2人は姉弟のように軽口をたたき、そして。
「うん・・・」
「それじゃあ・・・そろそろ行くね」
名残惜しむように別れの挨拶をして、1人で黒い空間に向かおうとした矢先。
フリッグが繋の両肩をガシッと掴んだ。
「はいっ!?」
いきなり後ろから肩を掴まれた事で繋は変な声が出た。
「まてまて、私だけ別れの挨拶はおざなりじゃないか」
どうしたんだろう?と繋はフリッグに顔を向けるとそこには何時もの意地悪な顔をした女神が居た。
「さ、さんざんそれっぽいのしたじゃん!」
「何を言う。それっぽいのではなく、ちゃんとするべきだろう」
「そうだけどさあーー」
「ほら。仲間達と同じくハグをしろ」
「それも、僕の方から!?」
ほら!早くしろと言わんばかりにフリッグは両手を広げ待っていた。
繋はうう〜と恥ずかしながらも、たじたじしながらフリッグにハグをしにいく。
するとガバッと強くフリッグは繋を抱き締めた。
「フリッグ・・・?」
フリッグは何も言わずに繋をしばらく抱き締めた後、繋を境界の歪の方にぐるっと回転させる。
「うぉ!」
繋はフリッグにされるがままに身体を動かせられる。
そして最後に繋の背中をポンと押し出すと共に「気を付けてな」と一言だけ。
言いたい事は沢山あったが、それを1つに纏めてフリッグは繋に言った。
それを受け繋は明るい声で顔だけフリッグに向け走り出す。
「フリッグ。ありがとう!じゃあ!行ってきます!」
繋はフリッグに手を振り走って行く。
「ああ!暫くの別れだ!気をつけて行ってこい!」
フリッグの言葉に、二ッと少年のように笑い返す。
手を更に振ったあと、前を向き真っ黒な穴に向かって走って行く。
繋は、走る。
黒い空間へ。
どんどん黒が近づいていく。
その中へ飛び込んで行き、一瞬の暗転と違和感を感じる。
そしてバランスを崩れてしまい受け身を取れないまま、繋はどさりと土の上に倒れ込んだ。
「いてて」
ゆっくり起き上がり体についた土埃を手で払う。
上を見上げれば晴天で、過ごしやすい気温だった。
(あれ?なんか身体に違和感があるけど、なんだろ?)
地球に戻ってきたからかなと繋はとりあえず思い、周りを見渡す。
開けた場所に降り立ったが周りは木しか無く、何処に辿り着いたんだろうと、看板か建物が無いか辺りを散策する。
「ははは・・・」
看板を見つけたが、その看板に書かれている文字を見て繋は空笑いをしてしまう。
「黄泉比良坂」
黄泉比良坂。あの世とこの世を繋ぐ坂と呼ばれる日本の神話。
ある意味、死にかけて異世界に行った繋としては、笑えない冗談というか的を得ているのかもしれない。
そういえば、フリッグに教えて貰った事を繋は思い出す。
異世界や地球があるように、いくつもの世界が存在しているという事。
そして、世界を行き来する事が出来ないように境界線があるという事。
ただ、境界線には幾つか「穴」というか「通り道」が出来ることがあるらしい。
通常はただのどこにでもある「場所」が、超常的な力が重なり条件が揃うことで、違う世界へと繋がる「通り道」になる事があるらしい。
そして、今回セプネテスから地球に帰れたのは、星の力とフリッグの力で無理やり「境界」に「歪」を作り、「地球」に繋がる「道」を作ってくれたお陰なのだ。
それにしても、条件が重なる事で異世界に繋がってしまうなんて、繋は日本でいう神隠しみたいだと思った。
勿論、人為的な理由で人が居なくなる事もあるが、説明がつかないレベルで突然人が居なくなる事が稀にあったりするのは、もしかしたら、偶然条件が重なった事によって他の世界と繋がってしまった道に人が紛れ込んでしまう可能性もあったのだろうと繋は思った。
よく分からない世界で、訳も分からず、死んでしまう人も沢山いたのではないかと、そう考えると繋はゾッとしてしまうし、自分はつくづく運が良かったのだと思ったのだ。
「てことは、ここは島根県って事か」
島根県。まさか、母方の祖父達の住んでいる場所に辿り着くとは思わなかった。
祖父も祖母も地球に居た頃に既に亡くなっており、確か家は取り壊す予定と聞いた覚えがあった。
フリッグからセプテネスと地球との時間は同じと聞いた事があるため、もう家自体は無いのかもしれないと思うと繋はガッカリする。
もし、まだ家が少しでも形が残っていれば魔法で修復して拠点として使用出来るのにと思うのだが、先行きが不安になる。
ともかくだ。
繋は慎重に動きつつ辺りを散策する。
ゾンビが蔓延していると聞いたが近くを見渡す限り今のところゾンビは見当たらなかった。
「・・・ゾンビは・・・今のところ近くに居なさそう」
繋は場所を特定出来たことと、ゾンビが近くに居ない事にとりあえず一安心した。
「あとは、杖ちゃんと出せるかな・・・」
右手に杖を出現させるために意識すると、空間からポンとちゃんと杖が出現する。
「よ、良かった ーー! それに、ちゃんと魔法も使える・・・」
杖が出現したことと、試しに炎を出す魔法を使うが、フリッグの言う通り、魔力量が激減してる事により、拳程度の火球が出るぐらいだった。
ただそれでも、ちゃんと魔法が使える事に安堵する。
「なんか、一安心したのか急激に眠たくなってきた・・・」
ほんとうは、祖父の家がまだ有るか確認したいし、もう少し散策をしたかったのだが、思いのほか疲れていた。
生き抜く為に必要不可欠な魔法がちゃんと使えた事で一安心した事も理由だが、他にも理由がある。
身体を巡る魔力が地球に「馴染む」為に精神的にも体力的にもずっと消耗されていること。
フリッグから言われた通り、違う世界を渡った事で魔力量が激減している事が分かった。
そしてこうも言われた事を思い出す。
本来の魔力量は消えないが、魔法を使う度に本来の魔力量に身体が戻そうとする為、精神力も体力も消耗されると。
更に。本人はまだ気付いていないが、自身の身体にも大きな問題が起きており、それも原因だった。
精神と身体の限界を感じつつも、寝る前の準備をする。
杖を箒杖の大きさに戻し、杖の先を地面に軽く叩く。
「ディンセンス」
広範囲の感知魔法を発動して辺りにゾンビが居ないか確認をする。
間違いなく近くには居ないと確認したあと、念のためにゾンビ除けの結界を張る。
0からゾンビ除けの結界を作るのが今の魔力量では難しいため、近くにあった10cm程度の石を4つ探したあと、その石に別の石でチョークの要領でそれぞれの石にo,b,e,xと1文字ずつ削っていく。
削り終わると更に1つ1つな石に魔力を込めて、自分が寝る拠点の四方に置いていく。
寝る場所は、天幕を出す魔法で簡易的なテントを出し、そこで夜を過ごすための準備をする。
「よう〜し。今日はとりあえずこれで良いかな」
なんだかんだで、夜になり、繋の身体は限界を迎えつつあった。夜ご飯を食べてないが、身体がご飯を食べるよりも、とりあえず休みを欲していた。
「明日は、空を飛んでじいちゃんたちの家が有るか念の為見に行ってみるかな・・・」
うとうとしながら、繋は明日の予定を考える。
「おやすみなさい〜」
就寝の挨拶を言っても誰も返してくれる者は今は居らず、繋は久しぶりの地球で独り夜を迎えた。
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