第2話

人生をかけて愛するはずだった砂漠を経ち、三日間休まずに、息も絶え絶えのボロボロの車をガタガタ走らせ、ようやく水の壁に辿り着いた。それは昔からアパートの自室から見えていて、水槽ではなく、空に届くほどの厚い、自立した水の壁だった。上の方には光があるのに、自分達の場所には光がやってこない。水に削り取られてしまって、光も音もなにもない。生き物や生き物でないもの、生き物だったものが浮かんだり沈んだり、泡を出したり飲んだりして、それなりに平和に暮らしている。ここを越えるなり通り抜けるなりしなければならない。イルカが壁の中に入ることを怖がり、躊躇していると、安心させるために、ウドンスヅが先に壁に入った。ザブンと音がして、水飛沫は上がらないまま、ウドンスヅの身体が壁に飲まれる。イルカのために、手だけが壁から伸びている。イルカは意を決して、ウドンスヅの手を掴んだ。ウドンスヅは、イルカを怯えさせないために優しくイルカを引き寄せ、壁の中に入れた。壁の中では息はできないが、生きることはできる。生きる力がある者は生きることを常に選択することができる。しかし常に生きることを選択し続けなければならない。この場所では時折、生きていない者の身体だった物が浮かんでいる。二人は、今いる場所より遠く、向かわなくてはならない場所に近い、もっと暗い場所に向かって歩かなければならない。イルカは、ウドンスヅの強く手を握りながらゆっくり、少しずつ歩いた。音も声も泡になり、何にも届かず浮かんで消えていく。息ができず恐怖が募りながらも、歩くしかなかった。ウドンスヅは、イルカの少し先を歩き、強すぎる握力でイルカの手を潰さないように、しかししっかり握り返す事を懸命に考えながら、イルカのために少しゆっくり少しずつ歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が船になる前に ちわりい @rui133916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ