第27話 魔法使いの弟子の団円


「おぉう……マジか」


 ふと我に返って、淳太はそんな声を上げる。


 いつの間にか、周囲には死屍累々といった光景が広がっていた。

 流石に実際に死んでいる者はいないはずだが、呻き声を上げられる者さえ希少なようだ。


 目の前では、大田が白目を剥いて転がっている。

 何やら妙に満足げな表情なのは、なぜなのか。


 シン、と静まり返った一帯に。


「淳太ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」


 そんな声が響き渡り、淳太の身体が衝撃を受けた。


 といっても、大したものではない。

 体格差を鑑みれば、素子が体当たりのように抱きついてきた程度で揺らぐこともない。


 満身創痍の身体でなければ、の話だが。


「ちょ、センパイ……痛、痛い………………あれ?」


 顔をしかめかけて、淳太は疑問をそこに浮かべた。


 痛みは、確かにある。

 しかし、予想したよりずっと小さいものだ。


 もう立ってもいられないだろうと思っていたのに、素子を受け止めても全く問題なかった。


 自身の身体を見回す。

 素子がへばりついているせいで隅々まで観察することは出来なかったが、見える範囲ではかすり傷や軽い打撲がある程度だ。


 その程度で済むようなダメージの受け方ではなかったように思うのだが。


「まさ、か……」


 タラリ、と淳太の頬を汗が伝う。


「センパイ、マジに魔法を使えたのか……?」


「ぞんなごど、どうでもいいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 淳太としては割とどうでもよくない話なのだが、素子は涙声でそう切って捨てた。


「淳太ぐん、無事で、無事で、よがっだ……!」


 淳太の胸に顔を埋め、嗚咽する。


 なるほど魔法云々よりも、まずはこれを泣き止ませることの方が重要かもしれないと淳太も思い始めた。


「センパイの、おかげだよ」


 ポンポン、とその頭を軽く撫でる。


「わだ、わだじ、何も、出来ながった……!」


 素子は、淳太の胸に埋めたままの顔を激しく横に振った。


「そんなこたぁ……」


「そんなことはないさ」


「!?」


 自身の言葉へと被さった声に、淳太はギョッと顔を強張らせる。


 いつの間にやら、二人のすぐ傍に師匠が立っていた。


「まだまだ卵の殻さえ割れちゃいないが……この子を、ここまで仕上げるとはね」


 師匠は、興味深げに二人を交互に見る。


「ほぅ……」


 次いで、ズイッと淳太に身を寄せた。


「随分と、『通り』もいいようだ」


 寄せられた分淳太はのけぞったが、師匠に気にした様子はない。


「やはりキミ、私のモノにならないか?」


 初めて会った時にも告げられた言葉。


 あの時のように、身体の自由が奪われるようなことはなかった。

 それは、彼女にその気がなかったからか。


「だ、駄目でずっ!」


 それとも、鼻水をすすりながら素子が二人の間に割って入ったからなのか。


「じゅ、淳太ぐんは、わだじの……!」


 もはや何の涙なのかさえわからない涙で顔をグシャグシャにして、素子が必死の形相で言葉を紡ぐ。


「わだじの、大切な人なんでず……!」


 しゃくり上げながらも、言い切った。


「……悪いがそういうわけで、アンタのものにはなれないらしい」


 肩をすくめて、淳太が付け加える。


「ふっ」


 師匠が、小さく笑った。


「冗談さ。流石に、孫弟子に手を出す程お行儀は悪くない」


 その言葉に、淳太は「ん?」と疑問を覚えた。


 どうやら、素子はまだ気付いていないようだが。


「破門は、取り消しておこう」


 淳太の疑問を察したのか、師匠はそう言って素子の頭に手を載せた。


「尤も、もう私の弟子でいる必要もないかもしれないがね」


「い、いえっ……!」


 ズズズズッ!

 鼻をすすり、涙を拭いながら、素子が大きく首を横に降った。


「今の私がいるのは、師匠の弟子にしてもらえたからです」


 幾分綺麗になった顔で、師匠を真っ直ぐ見据える。


「これからも師匠の弟子でいられることを、誇りに思います」


 そして、ニコリと笑った。


「師匠に、感謝を」


 ある意味でいつもの素子らしからぬ、幼さを感じさせる素直な笑みだ。


「なら、たまには先達らしいことでも言ってみようか」


 師匠も笑みを深めた。


「といっても、既にわかっているかもしれないが」


 今までの謎めいたものに比べて、随分と親しさを感じさせる笑みだ。


「魔法で重要なのは、理論でも魔法陣を上手く描くこともでない」


 トン、と素子の胸に指を当てる。


「ここさ」


 それだけ言って、師匠は踵を返した。


 離れていく後ろ姿を見送りながら、瞬き一つ。


「!?」


 再び開いた視界に師匠の姿がどこにもなくて、淳太は目を白黒させた。


 かつて素子の儚げな表情を見た時に、瞬き一つでもしてしまえばその拍子に消えてしまっているのではなかろうと不安に思ったものだが。

 本物は、そんな片鱗すら見せずに消えるということか。


「相変わらず、神出鬼没な方だね」


 素子はそう軽く言ってのけるが、淳太としてはその言葉をこんなに真の意味で体現する存在に出会ったのはこれが初めてであった。


「………………とりあえず、帰るか」


 しかし、いつまでも呆けているわけにもいかない。

 差し当たり、そう提案する。


「そうだね」


 素子も同意して頷いた。


「……って」


 と、そこで。

 淳太は、大田が現れる直前に抱いていた問題に立ち返った。


「センパイ、瞬間移動的な魔法ってあったりしないか……?」


 すなわち、ここからどうやって帰ればいいのか問題である。


 今更大田のバイクを頼るわけにもいかないし、いずれにせよ大量の荷物が邪魔だ。


「さて?」


 素子が、両手を軽く上げる。


「あるかもしれないけれど、手元の魔導書には載っていないね」


 結局二人は、三時間程かけて最寄りのバス停まで歩いた。

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