第24話 魔法使いの弟子の帰還

「ところで淳太くん、どうやってこの場所がわかったんだい?」


 素子は淳太と別れた直後からこの辺りで野宿していたそうで、少し移動した所には大量の荷物が散らばっていた。

 それでも、二週間分としては随分と少ない部類だろうが。


 既に畳んだ後だが、張られていたテントは不格好に歪んでいた。

 むしろ、『合宿』時の惨状を思えば一人でよく張れたと言うべきか。


「もしかして、愛の力というやつかな?」


 それらを淳太と共に回収しながら、素子がそんなことを尋ねてきた。


「師匠さんに聞いたんだよ」


 素子の軽口には付き合わず、淳太は事実を答える。


 これは、素子に伝えなければならないことだとも思っていたから。


「師匠が?」


 素子の表情が驚きに染まった。


「そうかい……」


 次いで、そこにじんわりと喜びが広がっていく。


「てっきり師匠には、もう見放されたと思っていたのだけれど……」


「そんなことはねぇと思うぜ……たぶん」


 結局師匠の感情は一切『読』めなかったため、淳太の言葉はやや自信なさげな響きを伴った。


 だが、気休めの言葉ではないつもりだ。

 本当に見放していたのならば淳太の呼びかけに答えることもなかっただろうし、もちろんこの場所についての情報を提供することもなかったろう。


 それに……あの時の彼女の表情には、言葉には。

 どこか、優しさのようなものが垣間見えた気がしたのだ。


 なんとなくの、直感だけれど。


 そんなことを考えてていた淳太の頭に、ふとした疑問が浮かんだ。


「センパイは、あの人のことを今でも魔法使いだと思ってんのか?」


 呼んだだけで姿を現すところやその佇まいにかなり得体の知れない雰囲気を感じるのは事実だが、それでも淳太は彼女が本物の魔法使いであるとは未だに信じていない。


「今でも、魔法が存在すると信じてるのか?」


 以前の素子は、即座に肯定を返した問いだ。

 心からの『本気』で。


「んー、そうだねぇ」


 今の素子は、少しだけ迷った素振りを見せる。


「今でも、信じているよ」


 けれど、結局そう答えた。

 今度も、心からの『本気』で。


 かつての素子には、それしかなかった。

 それを信じるしかなかった。


 だから、それが本物であると思い込もうとしていた。


 ……と、淳太は思っていたのだが。


 それだけに、この答えは少し意外だった。


「意外かい?」


 表情に出ていたのか、淳太の顔を見て素子はクスリと笑う。


「私自身も、少し意外に思っているよ」


 そう言って、空を見上げた。


「でもね。それに固執しなくなった今、改めて思い出すとね。思うんだ」


 どこか、遠くを見るような目。


「やっぱりあれは魔法だった、ってね」


 それから、淳太へと視線を戻す。


「君は、笑うかい?」


 淳太に向けて、軽く首をかしげて見せた。


「……笑いはしねぇよ」


 淳太はゆっくり首を横に振る。


「その場を見たわけでもないしな」


 本心からの言葉である。


「だから、センパイが魔法の練習をするってんなら今後も付き合うぜ?」


「お、ついに私の弟子になる覚悟が出来たということかな?」


 揶揄する調子で素子が問いかけてきた。


 冗談であることは、『読』むまでもない。


「……それも、いいかもな」


 だから淳太がそう答えると、素子は驚いたように目を見開いた。


「……本当に?」


 真ん丸になった目で淳太を見る。


「センパイにとってそれが、特別な存在の象徴だっていうなら……俺は、それになりたいと思う。センパイの、特別でありたいと思う」


 淳太が真顔で言うと、素子の顔は一瞬で真っ赤に染まった。


「は、はは……相変わらず君は、なんというか……妙なところで大胆だね……」


 それを誤魔化すように、素子はクルリと淳太に背を向けて屈む。


「まぁ、でも、そうだね」


 それから、地面に転がっていた『魔導書』を手に取った。

 表紙に付着していた土や草を軽く手で払う。


「魔法の練習は、続けようと思うんだ」


 それを、胸に抱いた。


「今でも、魔法に対する憧れはあるから。けど」


 そして、まとめていた荷物の一番に上にそっと置く。

 傍らで顔を覗かせるのは、淳太がゲームセンターで取った目付きの悪いクマ。


「もうそれは、憧れでしかない。必要なものでは、なくなったから」


 少しだけ名残惜しそうに魔導書から手を離し、素子はクマの頭を撫でた。


「だから、練習するのは気が向いた時だけにするよ」


 それから、その手を淳太の胸に当てる。


「今は、君との未来について考える方が重要だし楽しいからね」


「……おう」


 何と言っていいものやらわからず、淳太はとりあえず曖昧に頷いた。


「学校にも、久方ぶりに復帰しようか。あてもなく遊び回っているよりは、いくらか建設的だろう」


「……大丈夫なのか?」


 素子が学校に行かなくなった……というか行けなくなった理由が理由だけに、淳太は躊躇いがちに尋ねる。


「なに、新学期も始まってそれなりに経つ。私の『彼氏』の噂が尾鰭でも付いて広まっている頃合いだろう。無闇に手を出してくるような輩はそうそう現れるまいよ」


 素子の言葉に、淳太はまた何とも言えない微妙な表情となった。


「それで」


 素子が見上げてくる。


「君は、どうする?」


 何を、とは問い返すまでもないだろう。


「ま、センパイのいる学校ならそう悪くもないかもしれねぇな」


 さほど考えることもなく、淳太はそう答える。

 実際、悪くないと思えた。


「はは、なら放課後は制服デートと洒落込もうか。高校生の間でないと出来ない、特権というやつだね」


「デートじゃ……」


 ねぇ、と反射的に否定しかけて。


(いや、そうなのか?)


 淳太は頭の中に疑問符を浮かべる。


 お互い、好きだと気持ちを伝えあった。

 であればもう、いわゆる『付き合っている』という状態に移行しているということか。


 だとすれば、なるほど二人で出かける行為を『デート』と呼ぶのは正しいのかもしれない。

 しかし、それは今までと何が違うというのか。


 というか先程、恋人ではなく師弟関係となったばかりなのでは?

 いや、明確にそれを受け入れる言葉は素子から出ていなかったか。


「よいしょ、っと」


 淳太がグルグルと回る思考の海の中で溺れかけている傍らで、素子は軽い掛け声と共にリュックを持ち上げた。


「うん? 淳太くん、どうしたのかい?」


 それから、淳太に疑問の声を投げかける。


「……いや、なんでもねぇ」


 詮の無い思案を打ち切って、淳太も荷物を持ち上げた。

 以前、素子が『合宿』のために用意した巨大なリュックだ。


 素子の方は今回、その体格に見合った小さめのものを背負っている。


「そうかい? なら、そろそろ行こうか」


 それ以上追求することもなく、あっさり言って素子が先行して歩き始めた。


「あぁ」


 淳太もそれに続く。


 ほとんど、先程来た道をそのまま戻る形だ。


 けれど足取りの軽さは、来た時とは段違いだった。

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