第18話 魔法使いの弟子と遊戯

 素子に言った通り、淳太は特に目的地も決めずに繁華街へと繰り出した。


 適当な雑談を振ってくる素子に、適当に返事しながら歩く。


 差し当たり、適当に目についたゲームセンターに足を踏み入れた。


「へぇ、これがゲームセンターかい」


 素子が物珍しげに店内を見回す。


「……初めてなのか?」


「そうだよ」


 尋ねた淳太に、あっさりと頷いた。


「まぁ、今時はそんな珍しくもないのかもな」


「それに私は昔、優等生だったからね。あまりこういう場所には近づかなかったんだ。高校に入ってからは、友達もいなかったしね。興味は、あったのだけれど」


「だったら、一人で来りゃいいだろ」


「私のような美少女が一人でこんなところをウロつくのは危険だろう?」


「一人で夜中近くまで人を付け回してた女のセリフじゃねぇな……」


「おや、美少女というところは否定しないのかい?」


「なんで事実をわざわざ否定しなきゃなんねーんだ」


「……君は時折、本当にストレートな口説き文句を言ってくれるね」


「口説いてねぇ、照れんな。こっちまで恥ずかしくなってくんだろうが」


 そんな会話を交わしつつ、奥へと進んでいく。


「おっ。淳太くん、あれやってみてもいいかな?」


 と、淳太の腕を取って素子がクレーンゲームを指差した。


「別に、いちいち確認取る必要もねーから勝手にやれよ」


 淳太は軽く肩をすくめて答えて、足早にクレーンゲームの方に向かう素子に続いた。


 別行動を取っても良かったが、元々目当てがあって入った場所でもない。

 少しだけ、素子がどういったプレイングをするのかにも興味があった。


「よーし」


 五百円玉を投入し、素子はガラス越しに中を見つめる。

 視線の先にあるのは、手のひら大のクマのぬいぐるみか。


(不細工なクマだな……)


 やけに目付きが悪く、淳太から見れば可愛さの欠片もない。


「えいっ、とうっ」


 しかしどこかが琴線に触れたらしく、素子は執拗にそのぬいぐるみを狙い続ける。


 尤も素子の操作は狙いが甘く、引っ掛ける場所等も考慮していない様子。

 五百円で得られた六回の挑戦権は、全て空振りに終わった。


「むぅ」


 素子は悔しげに唸る。


「出番だ、淳太くん!」


 そして、振り返って手の平で淳太を指した。


「なんでだよ……」


 言いながらも、淳太は百円玉を投入する。


 ボタンを押す手付きに、迷いはない。


 横に五秒、縦に三秒。

 狙い通りの位置でアームが止まり、降りていく。


「あー……」


 素子が残念そうな声を上げた。

 アームが、明らかにぬいぐるみを掴める位置になかったからだろう。


 だが、淳太の狙いはそこではない。


「あっ!?」


 今度は、驚きの声。

 アームの片方が、ぬいるぐみのタグを引っ掛けたのだ。


 あっさりとぬいぐるみを持ち上げたアームが、獲得口にそれを落とす。


「ほらよ」


 腰をかがめて景品を掴み、淳太は素子に手渡した。


「ありがとう!」


 素子が含みのない笑顔を浮かべる。


「いやー、この子に一目惚れしてね。どうしても欲しかったんだ」


 それから、心から嬉しそうにぬいぐるみを胸に抱いた。


「趣味が悪ぃな……」


 やはりどう見ても可愛いとは思えず、淳太は微妙な表情を浮かべる。


「そうかい? 淳太くんに似ていると思うのだけれど」


 そして、素子のコメントにますます微妙な表情となった。


 確かに言われてみれば、目付きの悪さが淳太を彷彿させなくもない。

 だからこそ、淳太の表情が微妙さを増したのだが。


「そうだ淳太くん、このゲームセンターにプリクラというものはあるのかい?」


 先程までより一段テンションが上がった様子で、素子が弾んだ声で尋ねてきた。


「そら、あるけど」


 興味はないが、ゲームセンター内の配置は全て脳内に記憶されている。

 淳太は件のコーナーの方へと顔を向けた。


「そうかい、では撮ってみようじゃないか!」


 素子が淳太の手を取り、そちらへと引っ張っていく。


「なんでだよ……」


 先程と同じセリフながら、今度は割と強めに拒絶の意思を乗せた。


 しかし小柄な身体からは考えられない程の力強さで引っ張られ、仕方なしについていく。

 無論本気で力を入れれば抗うことは容易いが、それも大人げないかと思ったのだ。


 それに、はしゃぐ素子に水を差すのも何となく憚られた。


 目的地に辿り着いた素子は、そのまま淳太をカーテンの中に引っ張り込む。


「ほー、中はこんな風になっているんだね。まずは……ふむ、フレームを選ぶのかな? おっ、さっきのクマさんがあるじゃないか」


「もう好きにしてくれ……」


「ほら淳太くん、笑って笑って」


「おぅ……」


「ぶふっ!? 可愛いじゃないか、淳太くん」


「ほっとけ……」


「なに、落書き? なるほどなるほど……じゃあ、素子、淳太、ラブ……と」


「おい、イタいカップルみたいな真似すんな」


 文句は言いつつも、淳太は素子の好きにさせた。


 結果、半笑いの淳太と満面の笑みを浮かべる素子――どちらも、やけに目が大きくなっている――と、二人を囲む形で大きくハートマークが描かれたシールが印刷されて出て来ることとなった。


「いやー、しかしアレだね淳太くん」


 満足げにそれを手に取った素子。


「これ、何に使えばいいんだろうね?」


 一転して、不思議そうな顔となった。


「知らねぇよ……」


 淳太は呆れ気味に溜息を吐く。

 ちなみに、知らないというその言葉に嘘はない。


「さて、次は……」


 ウキウキとした調子で、素子は踵を返す。


「っと」


 しかし、歩き出そうとしていたその足が突如ピタリと止まった。


 次いで、クイクイと淳太の袖が引かれる。


「あん?」


 何事かと、淳太も振り向いた。


「よーぅ、淳太ぁ」


 目に入ってきたのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる大田の姿である。


「女連れたぁ珍しいな」


 大田に視線を向けられ、素子は淳太の背中に隠れた。


「随分と久しぶりだが、女にうつつを抜かしてたってわけかい」


 そういえば大田の顔を見るのも久々だ、と淳太も今更ながらに思う。

 ここ二ヶ月程、素子に付き合ってばかりで繁華街に足を運ぶこともなくなっていた。


 尤も、好んで見たい顔というわけでもないが。


「ご想像にお任せする」


 肯定するのも否定するの面倒で、淳太ただそれだけ返した。


「ひひっ。なら優しい俺様は、彼女に格好つける機会をお前にくれてやるぜ」


 大田が目配せすると、ゾロゾロと人が集まってくる。

 お世辞にも品行方正とは言えなさそうな顔ぶれだ。


 淳太は、小さく溜息を吐いた。


「ここじゃ店の迷惑になる。表に出ようぜ」


 親指で、出口を指す。


 大田の返事も待たず、淳太が先頭となって歩き出した。


 後ろからの奇襲は警戒しない。

 理由は定かではないが、大田がその手の方法を取ったことは一度もなかったから。


 別段卑怯な手段を嫌っているというわけでもなさそうなのだが、なぜか淳太に対してはいつも真っ向から勝負を仕掛けてくるのだ。

 尤も、多人数で襲うことは厭っていないようだが。


 その辺りの判断基準も、淳太にとっては謎であった。


「センパイ、走れるか?」


 店を出る直前、小声で隣に尋ねる。


「任せたまえよ」


 視線を前に向けたまま、素子も小声で返した。


 自動ドアをくぐり、店外へ。

 その瞬間、淳太と素子は同時に走り出した。


 特に合図もなかったが、見事に息の合ったスタートであった。


「あ、おいっ!? 淳太!?」


 背後から大田の声が届く。


「てめ、淳太ぁ! まさか、逃げんのか!?」


 背中越しに、淳太はひらひらと手を振ることで答えた。


「クソが! ふざけんなよ、淳太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 出会ってから、一年と少し。

 会う度に淳太にボコボコにされながらも、大田が怒りを表したことはこれまでに一度もない。


 しかし今、初めて大田の声には激情と呼ぶべき憤りが乗せられていた。


「なんだアイツ……?」


 走りながら、淳太はそのことに疑問を覚えた。


「ははっ、君のことが大好きなのだろうさ」


 並走する素子がそう言って笑う。


 淳太は割と全力に近い速度で走っているのだが、素子は苦もなさそうについてきていた。

 実に綺麗なフォームだ。


「これほど嬉しくない好意もなかなかないな……」


 未だ響いてくる怒声を背にして、淳太は溜息を吐いた。

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