第14話 魔法使いの弟子と設営

 互いに赤面しての微妙な空気も、山頂に辿り着く頃には流石に霧散したわけだが。


「よーし、それじゃあこの辺りにテントを張ろうか!」


 主な理由は、素子がすっかり普段通りに立ち直ったことにある。

 ぎこちなかった態度が、ポツリポツリと話すうちにみるみる調子を取り戻していったのだ。


「あいよ」


 そんな素子に引っ張られ、淳太も既に平常運転であった。


 軽く辺りを見回す。


 郡原山の山頂付近は非常に緩やかな傾斜で構成されており、自由にテントを設営出来るキャンプ場として整備されていた。

 夏休みということもあり山全体で見かける人の数は多いが、まだ比較的早い時間であるためかテントの数はまばらだ。


 手頃な空間を見繕い、淳太はリュックを降ろした。


「……んんっ?」


 次いでリュックの中身を確認し、疑問の声を上げる。


「なぁ、センパイ」


「うん? なんだい?」


 呼びかけると、深呼吸で山頂の空気を取り込んでいた素子が振り返った。


「テント、一個しか見当たらねーんだけど」


 そんな彼女に、取り出した折りたたみ式テントと、幾分スペースの空いたリュックの中身を見せる。


「? 二人用と書かれているのを買ってきたのだけれど、不十分だったかな? 君と私なら、ちょうど身体のサイズ的にもバランスが取れると思ったのだけれど」


 事も無げに言って、素子は首を傾けた。


「……同じテントを使うのか?」


 淳太は、信じがたいものを見る目を素子に向ける。


「せっかくの合宿なんだ、わざわざ別のテントで寝る必要もないだろう? それに、余計な荷物は減らすに限る」


 一方の素子は、何を問題にしているのかわからない、といった表情だ。

 演技でないことも『見』て取れる。


「お、おぅ……」


 淳太としては、全く「余計」の一言で片付けられる部分ではないのだが。


「まぁ、そういうことなら仕方ないな……」


 差し当たり、そう言っておくに留めた。


 これまでのやり取りから、素子に対して貞操観念を説くことの無意味さは十二分にわかっている。

 淳太としては今すぐ下山の準備を始めたいところではあったが、素子は承知しないだろう。


 それに、下手に藪を突付くことで先程の雰囲気に戻るのも出来れば避けたかった。


(まぁ、俺が変な気起こさなきゃ問題ねぇ話だ)


 なんとなく悟りの境地に近づいてきている気がする淳太である。


「さて、こんなところで時間を無駄にしているのも勿体無い。チャキチャキやっていこうじゃないか」


 アルカイックスマイルを浮かべる淳太の傍ら、素子は腕まくりしてやる気満々の姿勢を見せていた。


「ここは任せてくれたまえ。何を隠そう、私は小学生の頃にテント張りを手伝った経験があってね」


 そんな、自慢になるのかなるのかよくわからない言葉と共にテントを広げにかかる。

 少なくとも全く経験のない自分よりは適任であろうと、淳太は静観することにした。


 が、しかし。


「えーと、これがこうなって……あれ? 通らないな……順番があるのだったかな……?」


 インナーテントを広げ終え、ポールを通す段階で早速躓いている様子だ。


「あの時は、どうしていたんだっかな……? いや、単に力が足りないだけかな? ふんっ! ふんっ!」


 無理矢理にポールを突っ込もうとし、布が悲鳴を上げ始めたところで淳太は小さく溜息を吐く。


「貸してみな」


 そう言って、素子の手からポールとテントを受け取った。


 チラリと全体に目を通し、素子がチャレンジしていたのとは別の穴にポールを通す。

 すると、何の抵抗もなくスルッとポールが飲み込まれていった。


「おぉ」


 素子が感心の声を上げる。


 淳太は手を止めることなく、もう一本のポールも通した後にエンドピンを差し込んだ。

 ポールが張られ、インナーテントが立ち上がる。


 続けざま、インナーテントとポールを接合した後、フロントポールとリアバイザーホールを設置。

 ペグを打ち込み、テントを固定する。


 最後にフライシートを被せ、インナーテントと地面に留めた。


 ものの十分程で、テントの設営が完了。


「おぉ~」


 パチパチパチ、と素子が拍手を送る。


「なんだい、人が悪いね淳太くん。君も経験者だったのか」


「いや、テントなんざ実物見るのも初めてだよ」


 腕を突いてくる素子相手に、淳太は肩をすくめた。


「ほぅ、その割に迷いのない手付きだったね。説明書を読んだわけでもないのに」


 素子の表情に、疑いの色はない。

 『読』めるのは、純粋な『感心』のみだ。


「道具ってのは特定の意図があって作られてる。構造からその意図を読み取れば、使い方もそれなりにわかんだよ」


「そういうものかい」


 ふむ、と素子は頷く。


「流石、天才少年だね」


 既に何度も交わされたやり取り。

 この後、淳太が訂正するのがお約束だ。


「おっと。元、だったね」


 しかし今回は、先んじて素子の方からそう付け加えた。


 淳太は再び肩をすくめることで肯定を示す。


「んで? この後の予定は?」


「それはもちろん」


 魔法の練習だよ。


 淳太は、続くセリフをそう予想した。


「お昼ご飯だよ」


 が、実際出てきたのはそんな言葉だ。


 キュウ。


 小さく鳴ったお腹が、発言主の主張を後押ししているようだった。

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