第12話 魔法使いの弟子の提案

「合宿をしよう、淳太くん」


 玄関開けて、即二秒でこの発言。


「はいぃ?」


 淳太でなくとも、盛大に眉をひそめる場面であろう。


「いやなに、我々も晴れて追試をクリアして夏休みに突入したわけじゃないか」


 素子はいつもの芋ジャージ。

 玄関を開けたところにそんな姿があるのも、今や淳太にとっては見慣れた光景だ。


「せっかくの夏休みを、いつもと同じように過ごすというのも芸がないだろう?」


 ただし、今の素子には見慣れぬ箇所が一点あった。


 背中のリュックサックだ。


 かなり大きなもので、下手をすれば彼女の身体と同程度の体積を持っているのではなかろうか。

 中身も発泡スチロールが詰まっているというわけでもないらしく、素子の上半身は危なげにフラついている。


「……いくつか、確認したいことがあるんだが」


 若干の頭痛を感じて、淳太はこめかみに手をやった。


「その、合宿とやらの目的は?」


「無論、魔法を顕現させるべく修行を積むことさ」


「メンバーは?」


「私と君以外に誰がいると?」


 明確な回答に、淳太の頭痛が増す。


「それって、普段と何が違うんだよ……」


 溜息を吐きながら。

 問いというよりは、ただの感想であった。


「それはもちろん場所と、後は宿泊付きという点だろうね」


 素子が律儀にそう答える。


「……俺の都合は?」


 もう一つ溜息を挟んで、念のために確認してみた。


「用があるというなら、日を改めるけれど?」


 どうやら、中止という選択肢はないらしい。

 わかっていたことではあったが。


 ちなみに、淳太に夏休みの予定など皆無である。


「あのな……センパイ。前々から聞こうと思ってたんだが」


 こめかみを押さえたまま、一瞬躊躇する。


「……もしかしてセンパイは、俺のことを誘ってるのか?」


 けれど結局、意を決してそう尋ねた。


 素子が、パチクリと目を瞬かせる。


「もちろん、こうして誘っているじゃないか」


 不思議そうな素子の表情に、淳太は言葉の真意が伝わっていないことを悟った。


「そういう意味じゃなくてだな……」


「あぁ、なるほど」


 どう言ったものかと言葉を探す淳太の前で、素子が得心した顔となる。


「別段そういう意味を持たせたつもりはなかったけれど、君がそれを望むなら喜んで受け入れよう」


 そして、『本気』でそう言った。

 その笑みは揺るぎない。


 淳太は、それに対してどう答えたものかと逡巡し。


「……俺、旅行道具とか持ってねーんだけど」


 結局、スルーした。


 淳太とて男であるわけで、思うところが全くないわけではない。


 というか、結構ある。

 据え膳という言葉も思い浮かんだ。


 しかし、素子相手にそれを認めるのはなんとなく癪だったのだ。


「安心したまえ。そう言うと思って、君の分までこちらで用意しておいたよ」


 素子は疑問を感じた様子もなく、切り替えた淳太の話題に乗ってきた。

 ニヤリと笑ってリュックを揺らすと同時に、彼女の身体も大きく揺らぐ。


「………………」


 淳太はチラリと素子の背負ったリュック見た。

 一抹どころではない不安がよぎる。


 が、意外にも……と言うべきか何と言うべきか、魔法関連を除けば素子がそれなりの常識人であることは既に淳太も認識している。

 そこまで妙なことにはならないだろう、と自分を納得させた。


「……で、合宿ってどこに行くんだ?」


 そして、そう尋ねる。


 素子の粘り強さについても、再三承知済みだ。

 ここで理由を付けて断ろうと、いずれ捕まるだろうことは目に見えている。


 夏休み終了まで粘れば何とかいう可能性もなくはないが、淳太としてもそこまでするつもりはなかった。

 というかそこまでする面倒よりは、今付き合う面倒の方が幾分マシだろうという判断である。


「もちろん、山だよ。合宿といえば山だろう?」


「そう……なのか?」


 そんなこともないだろうとは思ったが、淳太に合宿の経験があるわけではない。

 自信満々で言い切られては、否定もしづらかった。


 元より、行き先など割とどうでもよかったところでもある。


「山って、どこの山だよ?」


 なので、とにかく話を進めることにした。


郡原こおりはらさんさ」


「また随分と近場で済ませたな」


 淳太たちが住む郡原市は、田舎とも都会とも言えない微妙な規模の街である。


 そんな郡原市に面して、標高千メートルにも満たない山が一つ存在した。

 名前はそのまま、郡原山。


 実際には、街の名が山に因んで付けられた形だが。


「本当は、霊験あらたかな険しい山にでも行きたいところなんだけどね。生憎、私は山登りの経験に乏しい。君は?」


「乏しいどころか、ゼロだ」


 事実を口にし、淳太は肩をすくめた。


「ふむ?」


 素子がやや意外そうに片眉を上げる。


「小中学校の遠足などで行ったりはしなかったのかい?」


「高校に入るまでは、母親が勤めてる政府の研究機関とやらで過ごすことが多くてな。普通の小中学校に通った経験そのものがほとんどない」


「ほぅ、天才少年も大変なものだね」


「元、だよ」


 淳太は皮肉げな笑みを浮かべた。


「まぁ何にせよ、それなら丁度いい。郡原山は小学校の遠足先に選ばれるくらいだ、初心者二人でもそれなりに何とかなるだろう」


 こちらは気楽げに笑って、素子が踵を返す。


「まずは駅に……っとと」


 そして、身体を捻った拍子にリュックの遠心力に引っ張られてバランスを崩した。


「っと」


 淳太が後ろからリュックを支えたことで、どうにか転倒は免れる。


「貸せよ」


 そのまま淳太は、素子にリュックを降ろさせ自分で背負い直した。


「ありがとう」


「流石に、センパイにこの荷物持たせて俺は手ぶらってのは外聞が悪すぎんだろ……」


 ニッコリ笑う素子に、本心からの言葉を返す。


 背負ってみて改めて実感するが、やはりリュックの重量はかなりのものだ。

 淳太でさえも、「少し重いな」と感じる。


 よくもまぁ、小さな身体でここまで背負ってこれたものだと感心した。


「では行こう」


 改めてそう言って歩き出した素子に、淳太も続く。


「そういえば」


 かと思えば、すぐに足を止めた素子に合わせて淳太も止まることになった。


「泊まりになるわけだから、家の方に言付けしておいた方がいいのではないかい?」


「必要ない」


 見上げてくる素子に、短く答える。


 実際、その必要は全くなかった。


 元々、淳太が家人と顔を合わせることなどない。

 淳太が意識してそうなるようにしているから。


 数日帰らなかったところで、気付きすらしないだろう。


「そうかい」


 それだけ言って、素子は再び歩き出す。

 既にその顔は前を向いていたため、興味がないだけなのか気を使ってのことなのかは『見』えない。


 けれど必要以上に踏み込んでこない素子の態度を、淳太は結構心地よく感じていた。

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