第11話 自称不良の吐露
「……は、は」
素子の笑顔を真正面から受け止めて、なぜか淳太の顔は勝手に乾いた笑みを形作った。
何かを言わなければならないと焦りが加速し、思考が空回りする。
「だったら、弟子云々はどっから出てきた話なんだ?」
真っ白な頭から出てきた割には、比較的マシな部類の話題ではないかと思った。
実際、今の話の中にはあれだけ必死に淳太を弟子に誘った動機が見当たらない。
「君のことを、運命の人だと思ったから」
素子の回答は、あの日と同じもの。
「あの時は、占いだなんて言ったけどね。実際は、占いですらなかったんだ。ただ、そう直感しただけ」
ただ、続く言葉は少し異なった。
「……はっ」
淳太の頭が、急速に冷静さを取り戻してくる。
冷めた、とも言えた。
「たまたまそこに現れただけの人間を運命の相手認定たぁ、随分と安いもんだな」
「まぁ、そうとも言えるかもね」
挑発的な淳太の物言いに、素子はあっさりと頷く。
「だけど、そういうことこそを運命と呼ぶのではないかい?」
「くだらない」
淳太の返答も、あの日と同じものとなった。
「そうだね……では、少し言い方を変えようか」
あの日はすぐに消えた笑顔が、今度は一向に消える気配がない。
「君なら、私をわかってくれるような気がしたんだ」
素子から、目が離せなくなる。
それから。
「私と似たような目をした、君ならね」
その言葉に、淳太は息が止まりそうになった。
「だから、何かに縋りたくて堪らないって目をしてた君と」
けれど、すぐに納得する。
「一緒に、いたいと思った」
あの時、淳太は素子の目に自分と同じ光を感じ取った。
であれば、素子が同じことを思っていたとしても不思議ではない。
「……だったら、なんで恋人じゃなくて弟子なんだ?」
動揺を隠すべく、少し話題を変える。
「前にも言わなかったかな? 私は、それしか他者との結びつきを知らないんだ」
もちろん、淳太も覚えている。
出会った翌日。
初めて玄関前で待ち伏せされて、公園で魔法陣を描くのに付き合わされた時に言っていた言葉だ。
結局あの時は、はぐらかされて終わったが。
「何があっても離れないような、他者との結びつきをね」
今度も、要領を得ない言葉……だと、普通の人間なら思うのだろうか。
だが、淳太はその言葉で余すことなく理解出来た。
「私が弟子である限り、師匠はどこにも行かない。いつだって、呼べば来てくれる」
そして、羨ましく思った。
「もちろん、私にはまだ師匠のような力はないけれど」
一つでも、そんな結びつきを知っていることに。
淳太にとってそれは、例外なく離れるに決っているものだったから。
あるいは、最初から結びつくことなどないのだと思っているから。
「私は、君ともそんな風になりたいと思ったんだ。決して離れないような関係に」
やはり、素子の顔には笑顔が咲いたまま。
「もちろん、強要はしないよ」
そこから、少し。
「今は、一緒にいてくれる。それだけで十分さ」
『寂しさ』が、『読』み取れて。
淳太は、猛烈に苛立った。
淳太が、いずれ離れていくと決めつけていることが。
淳太の方から、離れていくと決めつけていることが。
「……アンタに、俺の何がわかる」
淳太の口から出た言葉は、自分で思っていた以上に昏い響きを帯びていた。
「あの数分だけで、何がわかる」
「もう、一月半も一緒に過ごしたよ」
なるほど、確かにその通りである。
「それでも」
一ヶ月半もあれば、『情報』の蓄積としては十分だ。
「それでもアンタは、俺を知らない」
ゆえに、淳太にはもう『見』える。
「知らない、だけだ」
素子のことが、『見』えてしまう。
それが、淳太はたまらなく怖かった。
なんとなく。
約束してしまったから。
強引さに負けて。
なんとなく、関係を続けてきたけれど。
なんとなく関係を続けてきただけだと、自分に言い聞かせてきたけれど。
少なからず、淳太は素子に好意を抱いている。
抱いてしまっている。
「あぁそうだね、私は君のことを知らない」
その、超然とした態度に。
淳太を、何の先入観も無しに見てくる目に。
この世界の何にも屈しないような強さを、持っているように思えるところに。
先程の話を聞くに、それはどうやら勘違いだったようだけれど。
だからといって、好意に揺らぎはない。
「だから、教えてくれないかい? 君のことを」
先のような話し方をすれば、素子がそう言うだろうことは『見』えていた。
それでも、淳太はそういう風に話した。
つまるところ淳太は、覚悟を決めていた。
この関係を、終わらせる覚悟を。
どうせ終わるなら、早い方がいい。
一ヶ月半は、どうにも長すぎた。
危なかった。
良かった。
今、気付けて。
今、決断出来て。
今ならまだ、きっと間に合う。
淳太はもう、知っているのだから。
自分と結びつく他者など、存在しないのだと。
大丈夫だ、今ならまだ。
「センパイよ……俺はもう、随分アンタの顔を見慣れちまった」
だから淳太は、そう話し始める。
「アンタがどういう時にどういう表情を浮かべるのか、全部『覚』えてる。そして、もう全部『見』えちまってる」
素子の表情は、相変わらずの笑み。
しかし、そこに『疑問』があることが淳太には『見』える。
「センパイは今、何を言ってるんだろう? と思ってるな」
「まぁ、そうだね」
当然ではあろう。
淳太の話は、普通なら理解出来ない類のものだ。
「それから、期待してる。俺が一体何を話すのか。それと……ちょっと、怖がってるな? これは、俺を……違うな。俺が、今から唐突にセンパイに別れを告げるのを恐れてるのか。安心しろよ。約束した以上、俺の方からセンパイの元を去るってことはありえない」
淳太の言葉に対する素子の反応を、逐一『見』る。
「安心……いや、まだ疑ってるな? 過去を思い出してるのか。少し、驚き。思ったよりは動揺が少ないな。まさか、予想してたのか? そういうわけでもないのか」
「……なるほど」
素子が、神妙に頷いた。
「つまり、君は……」
「あぁ。擬似的に、ではあるが」
素子の表情に『納得』を『見』て、淳太も頷く。
「俺は、人の心をある程度読める」
素子から、目は離さない。
「完全記憶と、高速思考。俺の担当医は、そんな言葉で表現してたな」
そこに生じる感情を、『見』逃さない。
「俺は、過去に見たことを絶対忘れない。その蓄積を基に、表情から大体の感情を『読』める。ちょっと集中すりゃあ、筋肉の付き方や表情の動きから初対面の相手でも数秒先くらいの動きなら『視』える」
「君の喧嘩の強さは、そこにもあったというわけだ」
「そういうことだ」
素子の感情を、丸裸にする。
「ほらセンパイ、アンタの中に恐怖が……」
淳太は、自虐的に笑う。
「……無い?」
しかしすぐに、それを驚きに変えることになった。
「それどころか……喜び? また大きくなった……?」
素子の笑みが深まっていき、それに伴って淳太の動揺は大きくなっていく。
「……まさか」
いつしか、淳太と素子の表情は両者共に最初と大きく異るものとなっていた。
「センパイ、アンタは」
淳太の顔には驚愕が、素子の顔には歓喜が。
それぞれ、全面に表れる。
「俺のことが、怖くないのか?」
出会って二日目の朝と同じ質問を投げる。
今度は、あの時よりもずっとずっと大きな驚きの感情を込めて。
「無論さ!」
あの時よりも、素子の返答はずっとずっと明確だった。
「何を恐れることがある! むしろ、私の心は喜びに満ちているよ! 君にはそれがわかるのだろう!?」
「あ、あぁ……」
素子の表情から『見』えるのは、言葉通り溢れんばかりの『喜び』のみ。
「私が、感情のないロボットではないことも」
「……あぁ」
当然である。
確かに表面上の変化は少ないかもしれないが、その下に渦巻く感情が淳太には明確に『見』えている。
「私が、心底魔法使いになりたいと思っていることも」
「あぁ」
これには、淳太も少し驚かされたが。
淳太には、それが『本気』であることが『見』えていた。
「嗚呼!」
素子の声が、表情が、ますます『喜び』に満ちていくのが『見』える。
「今こそ確信したよ!」
尤も、これはもう淳太でなくとも容易にわかるレベルだろうが。
「やはり、君こそが私の運命の人だった!」
素子は、満面の笑みである。
これまで淳太が見た中でも、とびっきりの笑顔だ。
美しい。
淳太は見とれた。
こんなにも純粋な『喜び』で構成された笑みは、見たことがなかった。
「うん……うん、そうだな」
一人、納得したように素子は何度も頷く。
淳太はあくまで擬似的に感情を『読』むだけであり、内心で思っていることを正確に察することまでは出来ない。
「淳太くん、私は決めた! たった今、決めたよ!」
わかるのは、素子の『喜び』に『楽しみ』と『期待』が混じったことくらいだ。
「私が最初に使う魔法は、君のためのものにしよう! 運命の人のために使う魔法……なんだか、今度こそは成功しそうな響きじゃないか!」
だからそんなことを言うとは思ってもみなくて、淳太はどういう表情を浮かべればいいのかわからなかった。
「どうだい淳太くん! 君は、どんな魔法を見てみたい!?」
実のところ。
そう問われて、淳太の頭の中には真っ先に思い浮かんだことがあった。
「は……そうだな」
しかし淳太が、それを口にすることはなかった。
それが彼女の『最初の』、そして『君のため』の魔法として相応しいものとは思えなかったから。
だったら、こんな頭を消し去ってくれ……なんてものは。
だから。
「そんじゃあ、俺をスーパーマンみたいにする魔法を使ってくれよ」
適当な……ではあっても、心からのものでもある願いを口にする。
「拳で岩を砕き、ひとっ飛びでどこまでも行けちまうような、さ」
それから、どんなことがあっても心が折れることのないような。
それも、口に出すのはやめておいた。
「なるほど、それはいい」
素子は、満足げに笑った。
淳太の言葉を疑っているような感情は微塵も『見』えない。
ただただ、前向きな感情だけが『見』て取れた。
ゆえに、淳太も軽く微笑む。
少なくとも今この瞬間においては、自分の選択は恐らく間違ってはいなかったのだろうと思えたから。
「それなら……」
素子は立ち上がり、魔導書を手に取る。
「あの魔法が……そうそう、これだ。これを使うためには、ふむ……」
パラパラと捲った後、お目当てのページを見つけたらしく手を止めた。
そして、淳太そっちのけで熟読を始める。
結局勉強会はどうしたんだとか、そっちの試験は大丈夫なのか、とか。
淳太には、まだ話していないことがあるだとか。
素子にも、どうやら淳太がまだ『読』みきれない隠れた感情があるだとか。
その気になれば、彼女に問いたい、言わなければならない話題はいくらでもあった。
けれど、淳太はそのいずれも口に出すのはやめた。
『楽し』くて『嬉し』くて『前向き』に『見』える素子の感情を邪魔したくはなかったし、何より。
淳太自身、そんな彼女を見るのが楽しかったから。
彼女をそんな顔にさせることが出来たのだと思うと、少し救われた気持ちになるから。
実際には、淳太が何をしたわけでもないのだけれど。
実際には、何も救われることなどないのだけれど。
「魔法、ねぇ……」
素子に届かない程度に、淳太は口の中だけでその言葉を転がした。
魔法なんて、存在しないと思っていた。
当然、今も思っている。
けれど確かに淳太にも、存在すればいいなと思っていた時期はあった。
むしろそれは、今も……いや。
今は、少し違うかもしれない。
つい先程までは、存在すればいいなと思っていたはずだ。
けれど、今は。
魔法なんて存在しなければいいと、少しだけ思っている。
そうすれば。
こんな時間が、ずっと続くかもしれないから。
そんなわけがないことも、わかっていたけれど。
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