第8話 魔法使いの弟子の棲家

 素子の『お願い』を受け、彼女の家へと向かうことになったわけだが。


「まぁ、言いたいことは色々とあるんだけどよ……」


 その道中で、淳太がポツリと呟いた。


「私への愛の言葉かい? 安心するといい、どんな告白だろうと私は受け入れるよ。淳太くんなら、ね」


「そのポジティブシンキングだけは、数少ない見習いたい点だと思ってるが……」


 したり顔で自分の胸に手を当てる素子に、おざなりの言葉を送る。


「じゃなくてだな」


 そして、改めて先程の続きを。


「センパイんち、俺んちと逆方向じゃねぇか……」


 現在、学校を出て十五分。

 素子によれば「ウチはもうすぐそこ」らしいので、距離としては荒井家とそう変わらないようだが。


 学校からの方向は、見事に正反対であった。


 つまり今朝、素子は学校に行くためにわざわざ一旦学校の前を素通りして荒井家までやってきたことになる。


「マジで、なんで俺んちまで来てたんだよ……」


「そんなもの、朝から君の顔を見たかったからに決っているじゃないか」


 臆面もなくそんなことを言ってのける素子の表情を、『見』た。


 驚くべきことに、彼女は『本心』から言っている。


 淳太は、どういう顔をすればいいのかわからなくなった。


「さて、着いたよ。ここが私の家だ」


 幸いにしてと言うべきか、ちょうどそこで目的地に到着したようだ。


 ちなみに、淳太を動揺させる言葉を放った本人には一切動揺が見られない。


 軽く首を振って、淳太も気持ちを切り替えた。


 目の前の家を見上げる。


 二階建ての一軒家。

 淳太の家よりもやや手狭な感じはするが、こちらの方が新しいと思われた。


「さ、入ってくれたまえ」


 鍵を差し込み、玄関のドアを開けた素子が手招きする。


 一瞬だけ躊躇した後、淳太は素子に続いた。


「あー……お邪魔しまーす」


 少しだけ声を張って、挨拶の声を家の中に送る。


 素子がクスリと笑った。


「家族ならいないから、遠慮しなくていい」


 その言葉に、淳太は顔を強張らせる。


「……帰る」


 次いで、短く言って踵を返した。


「ちょ、待って待って!」


 玄関から出る直前で、慌てた様子でその腕を素子が掴む。


「急にどうしたっていうんだい?」


「あのなぁ……」


 心から不思議そうな顔をしている素子に、淳太は頭に手をやった。


「アンタ、正気か!? 家族もいねぇ家に男上げんなよ!」


 腰を屈め、間近に顔をやって怒鳴りつける。


「相変わらず、君は見た目に似合わず貞操観念がしっかりしているね」


 素子の顔に微笑が戻った。


「誓って言うけれど、君以外の男に同じことをしたりはしないよ?」


 その表情から『見』えるのは、それが『本心』ということだ。


「俺なら何もしないってか? 随分と舐められたもんだな」


 淳太は素子の腰を引き寄せた。

 出会った日の屋上では未遂で済ませたが、今度は本当に唇を奪ってやろうかと半ば以上本気で考える。


 この女には、男に対する危機感が足りなさ過ぎる。

 一度痛い目に合わせた方がいいかもしれない。


 そんなことを思った。


「それは違う」


 屋上の時と同じく、素子は逃げる素振りも見せず真っ直ぐ淳太の瞳を見つめている。


「君になら、何をされてもいいと思っているんだよ」


 それもまた、『本心』であることが『見』えて。


 どうにも、心が乱される。


「チッ……」


 舌打ちして、淳太は素子から身体を離した。


「一人にしないで?」


 腕は素子に掴まれたままだ。


 彼女が自分を見上げる目が、やはりいつか鏡の中で見たものと重なる。


「……センパイの部屋、どこだよ?」


 頭をガリガリと掻いた後、淳太は靴を脱いで家の中へと上がり込んだ。


「二階の一番奥だよ! 先に行っておいてくれたまえ! 私は、後からお茶とお菓子を持っていくから!」


 パッと表情を輝かせた素子は、階段を指した後にパタパタと一階の奥の方へと駆けていった。

 もう、淳太が帰るなどとは微塵も思っていない様子である。


「ちなみに、下着は衣装箪笥の一番上だ! ゆっくりお茶を淹れるから、好きにしていてくれたまえ!」


「ハッ」


 もう見えなくなった相手に鼻で笑って返してから、淳太は指示された通りに階段を上っていった。

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