同窓会の女

あべせい

同窓会の女



 都心の大きな交差点で、24、5才の男が前を行く同年齢くらいの男を呼びとめる。

「もしもし、奈良クン? 奈良クンだろう?」

「エッ!? あなたは?」

「おれだよ。太井、太井だよ。赤塚中学で、いつも早弁して、お昼に女子生徒の弁当箱を覗いて、いやがられていた」

「赤塚中学の太井クン? なんとなく名前は覚えているけれど……顔が変わったみたいだ。申し訳ないけれど、よく覚えていない」

「それはいいけど、これから3年2組の同窓会に行くンだろう?」

「そう、そのつもり。けれど。まだ時間があるから、少し遠回りして行こうと思っていたところ」

「おれもそのつもりで、少し早く出てきたンだ。同窓会の案内状、持っている?」

「場所がややこしそうだったから、持ってきた。はい、これ……」

 太井、奈良の案内状を手に取り、はがきの表、裏を見ると、

「奈良クン宛てに間違いない。ねェ、この案内状、おかしいと思わないか?」

「どういうこと?」

「ここじゃ、詳しい話ができないから、そこの喫茶店に行こう」

「いいけど……」

 2人は、目の前の喫茶室に入り、コーヒーを注文した。

「奈良クン、これいつ届いた?」

「2週間くらい前」

「差出人の名前がないよね」

「でも、『赤塚中学3年2組同窓会有志』とあるから」

「消印は?」

「北池袋局の消印」

「ということは、このはがきを出したのは、北池袋局の管内に住んでいるおれたちの元同級生の1人ということになるけれど、思い当たる人物がいる?」

「赤塚中は板橋区立だし、3年2組に池袋から通学している生徒は一人もいなかったはずだ。差出人は卒業後に転居したンだろう」

「この同窓会のことで、当時の仲間に連絡をとった?」

「いや、ぼくはいま巣鴨に住んでいて、連絡しあっている級友は一人もいない」

「おれだって、そうだけど……。だから、このはがきが本物という確証はない」

「どういうこと? 太井クン」

「だれかが、おれたち同窓生有志をかたって、この案内状を出した……」

「なんのために? そんなことをして、どんな得があるンだ?」

「それはまだわからない。でもね、3年2組の同窓会が、いままで開かれたことはないだろう?」

「それはそうだけど……だれかが、10年ぶりにやろうと考えたンじゃないの?」

「だったら、差出人に個人の名前を書くンじゃないか」

「差出人が有志一同で来る案内状は、よくあるよ。職場の同僚が言っていた」

「おかしなことはほかにもある。開催日はきょうの日曜日、これはいいとして、開催時刻が午後5時、場所は豊島区雑司が谷2丁目29の4『築地』とあるね」

「行ったことはないけれど、雑司が谷の住宅街だから、民家を改装した高級料理店じゃないのかな」

「おれはここに来る前に確かめてきた。都内に築地って店はあるよ。でも、雑司が谷2の29の4なんかじゃない。第一、雑司が谷2丁目は28番までしかない。2丁目29番なんて番地はないンだ」

「だったら、住所を書き間違えた、ってことじゃないかな」

「そんな間違いをするか。築地ってお店は、インターネットで調べると、都内に4軒。しかし、池袋にはない」

「じゃ、ぼくはどこに行くンだ」

「奈良クンは、地図をみて来なかったのか?」

「前に仕事で雑司が谷近辺に行ったことがあるけれど、詳しくはない。2丁目20番あたりに行けばわかると思ってやってきた。もし、キミに出会わなかったら、いまごろぼくはどうしていたンだろう……」

「心配ないよ。いずれおれとどこかで出会っていたよ。おれもどうしていいか、わからなかったから。で、これからどうするか……」

「でも、太井クンは、『築地』が池袋にないとわかっていて、どうして出てきたンだ?」

「そこだよ。おれだって迷った。ということは、奈良クンのような人間がきっと池袋でまごついている。そう思ったから、雑司が谷近辺まで行って、手助けしようと思ったンだ」

「親切なんだ……」

 壁面のガラス越しに外を見ていた太井、目を輝かせる。

「あれ、薮田じゃないか!」

 太井、外に飛び出す。

 交差点付近に立ち尽くしている若い女性に声をかけ、話しこむ。

 奈良、その光景をみて、

「同じ迷える子羊か。あんな美人、クラスにいたかな。太井クンのこともよくわからないが……戻ってきた」

 太井、女性を案内して奈良の隣に立たせる。

「奈良、この人、だれだか、わかるよね」

「ごめんなさい。美人には縁がなくて」

「奈良、いつの間に、そんな口説き文句がいえるようになったンだ」

 女性、奈良にニッコリして、

「わたし、元赤塚中学3年2組薮田です」

 ペコリと頭を下げる。

 奈良も慌てて立ちあがり、「同じく奈良です」と返す。

「薮田クン、奈良クンの横に座って……」

 薮田、奈良が座っていた窓側の席に腰かける。

「奈良さん、私のこと、思い出してくれた?」

「ごめん。ぼく、昔から記憶力が悪くて。薮田さん、って名前はぼんやりと思い出すことができたンだけれど、顔が結びつかない」

「薮田は3年2組の学級委員長をしていたじゃないか。本当に覚えていないのか」

「学級委員長をしていた薮田さん……頭のいい、美女……まだ、はっきりしない。ごめん」

「奈良、それは老化現象だ。認知症の1つだな」

「太井クンったら、ハッハハハ。奈良さんはまだ25……25でいいの?」

「ぼくは早生まれだから、まだ24」

「あなたも早生まれだったの。私と同じね。じゃ、太井クンだけ25で、少しだけお兄さんになるのね」

「よし、ここはおれがお兄さんらしく、キミたちの頭の中をすっきりさせてやる」

 手提げカバンの中から、アルバムを取り出す。

「なに、それ。見せて……」

 薮田、太井の手からアルバムを奪う。

「卒業アルバムじゃない! わたし、なくしてしまって。奈良クン、まだ持っている?」

「はい。大切に持っています」

「そォ、えらいわ」

 アルバムのページを繰りながら、

「わたしは家庭が複雑で、いろいろあったから。引っ越している間にどこかにいったみたい……これ奈良クンよ。一人一人の顔写真だけれど、奈良クンが一等、立派な顔をしている」

「そうですか。うれしいけれど……」

「でも、こどもの頃の面影というか、いまの奈良クンとは違っているような……」

「そんなことをいったら、これ、太井さんでしょう。鼻の形が昔と違うみたい」

「おれ、整形したから、ワッハハハハ……」

「バッカみたい。太井クンの鼻は元々曲がっているの。おヘソと同じ。ハッハハハ」

 奈良がアルバムの写真を指差し、

「薮田さんはこれでしょう。昔から美人だったンだ。でも、唇、目もと、いまのほうがずーっとステキだ」

「奈良、また口説きか、いい加減にしてほしいな。おれは独身なンだからな」

「太井クンは独身なの。わたしと同じ。奈良クンは?」

「もちろん、独りです」

「じゃ、わたしにもチャンスあり、ってことね」

「薮田さん、ぼくをからかわないでください」

「おいおい、2人だけで盛りあがらないでくれよ。この際、どうだろう。おれたちのように、道に迷ってあの交差点に現れる3年2組の同級生がいたら、そいつらも誘ってどこかで同窓会をやらないか。それまで、おれたちだけでここで同窓会の前ノリ……」

「前ノリ? それも前ノリっていうの。私はいいけれど。奈良クンは?……」

「いいですよ。どうせ、同窓会のつもりで来たのだから」

 スマホの呼び出し音が鳴る。

「だれかしら。わたしのだ。ごめんなさい」

 窓のほうに顔を向け、スマホで話をする。

「鬼島クン? どうしたの。あなた、きょうの同窓会、楽しみにしているって言ってたじゃない」

 太井、電話をしている薮田をチラっと見て、

「鬼島か。奈良、鬼島のこと覚えているよな。

 アルバムの写真を示し、

「こついだ。この、鼻の穴が、あぐらをかいている……」

「太井クン、ちょっと、黙って! タイヘンだわ。どうしたらいいの? わたしたちにできることって、何かあるかしら。待って、いまここに、太井クンがいるから。代わる……」

 薮田、スマホを太井に手渡す。

「鬼島クンの自宅、昨夜、火事になって、今たいへんなんだって。お願い」

「火事!? よし、おれが話をする。ここはやかましいから、外で掛けてくる……」

 太井、スマホを手にしたまま、外へ。

「心配だわ。鬼島クン、相当落ち込んでいたから」

「薮田さん。鬼島クンと連絡しあっていたンですか?」

「同窓会の案内状が届いた翌日、彼から電話があったの。言ってなかったけれど、わたし、いま歯科医をしているの。それで鬼島クンとは、去年わたしが研修医をしている大学病院にたまたま治療に来て、再会したってわけ」

「薮田さんは女医さんなンですか。どこの病院?」

「川崎にある駿河大学総合病院の第2歯科よ」

「こんど虫歯の治療に行っていいですか」

「もちろん。奈良クンなら大歓迎よ。思いっきり痛くしてあげるから……」

「エッ!?」

「冗談よ。奈良クンって、カワユい」

 人差し指で、奈良の額を軽くつつく。

「鬼島クンはいまどんな仕事をしているンですか?」

「彼は、町工場の3代目。小さなネジやバネを旋盤やプレス機でこまごま作っている、って言っていたわ」

「町工場ですか。大学病院に行かないと、近くに歯医者はないのか……」

「奈良クン、仕事は?」

「ぼくは、不動産です」

「ヘェー不動産。じゃ、こんど私のために静かなマンションを探してもらおうかな。いまの所、やかましくて」

「是非、ぼくに。薮田さん、すいません。ちょっとトイレに……」

 奈良、席を立ちトイレへ。

 入れ替わるように、太井が戻ってくる。

「奈良は?」

「トイレみたい。それで、これからどうするの?」

 薮田と太井、小さな声でこそこそ話しこむ。

 やがて、奈良が戻ってくる。

「奈良。鬼島のやつ、相当、参っているよ。それで、おれ、これからやつの見舞いに行ってくる。薮田にはもう説明した」

「わたし、太井クンに全部、お任せすることにしたわ。鬼島クンの自宅って、工場と一緒だから、しばらく、ホテル暮らしになるわね。だとすると、当座の資金が必要でしょう、わたし、いまここに……」

 バッグから財布を取り出し、

「これだけしかないのだけれど、彼に見舞い金として渡してくれない。少ないけれど」

 薮田、太井に万札を手渡す。

「10万か。おれも、きょうはこれしかないからな」

 7万円を取り出し、薮田の10万に重ねた。

「奈良は、どうする?」

「同窓会と思って、5万円だけ持ってきたンだけれど……」

「奈良クンは、そんなことしなくていいのよ。鬼島クンとはそんなに親しかったわけじゃないンだから」

「そうだよな。ただ、鬼島には女房もこどももいる。親から引き継いだ町工場だろう。火災保険は運悪く更新し忘れていて契約切れ。工場と自宅は全焼、蓄えもなくて、たいへんらしい。おれはこれから行って、資金繰りの相談に乗るつもりだ。現金でなくても、カードでも助かるようなことを言っていたが、昔の同級生にそこまで無理させられないだろう。奈良、どう思う?」

「ぼくも力になってあげたいけれど、とりあえずこの5万円だけ……」

 太井、奈良から5万円を受けとると、

「おれはこれから、鬼島の家に行ってくる。おれたちの同窓会はまた後日ということで。あとは奈良、薮田とうまくやってくれ。このアルバム、鬼島にも見せてやりたいから持っていく。それから、ここの勘定、悪いが、奈良よろしく」

「あ、あァ」

 太井、慌しく出ていく。

「太井クン、すごい駆け足。あんなに足が速かったかしら。彼、あれでなかなかともだち思いなのね。いいところあるじゃないの」

「そうですね」

「奈良クン、私たちどうしようか。2人だけで、同窓会、する?」

「ぼくはいいけれど。薮田さんは?」

「薮田なんて、呼ばないで。しげみって言って……」

「は、はい。しげみさん……」

「奈良クン、下の名前は、一角ね」

「覚えていてくれたンですか」

「もちろんよ。奈良一角。いい名前……わたし、好きよ」

「しげみさん、ぼく……」

「そうだ、一角さん! わたし、いいところ知っているの。これから、一緒に行かない?」

「いッ、行きます!」


 夜の繁華街を、手をつないで歩く奈良としげみ。

 2人の前に、いきなり一人の女性が立ちはだかる。

「一角さん、いいご機嫌ね」

「ミーぼう!」

 しげみ、怯まず女性に向き合う。

「一角、なに、この女、だれよ」

「だれよ、ってご挨拶ね」

 ミーぼうと呼ばれた女性が、A4の文書を突き出して通告する。

「薮田しげみこと、斉木祥子、詐欺容疑で逮捕します」

「な、ナニ、なにヨ! わたしが何をしたっていうの!」

「相棒の太井正二こと、絹多洋三がみんな自白したわ」

 脇に目をやり、

「お願いします」

 脇から2人の刑事が現れ、薮田に素早く手錠をかける。

「ナニすンのよ。乱暴しないで、わたし、女よ。訴えてやるから!」

 刑事、停めてあったパトカーにしげみを押し込み走り去る。

 アッと言う間の出来事だ。

「ミーぼう、どうしたンだ」

「どうしたンじゃないわ。一角さん、わたしがあとをつけていたこと、忘れていたわけじゃないでしょうね」

「だから、喫茶店のなかからも連絡を入れたじゃないか。あの薮田さんって、悪い人じゃないよ」

「あなた、いくらお金を使わせられたの?」

「喫茶店で1200円、ハンカチが欲しいっていうから、グッチのハンカチ、1万円」

「ハンカチに1万円! そのお金どうしたの。太井に5万円、有り金そっくり渡したンでしょう」

「だから、カードで……」

「ハンカチのあとは?」

「バッグと靴に7万円、いままでいたホテルのサパークラブでオードブルとカクテルに、1万5千円……」

「これから、どうするつもりだったの」

「?……」

「この先を曲がれば、ホテル街よ」

「ミーぼう、誤解だよ。ぼくはそんなつもりじゃない!」

「あのね。よく思い出して。あなたが、同窓会の案内状がおかしいから見て欲しい、って言ってきたのよ。わたしは赤塚署の交通課だから、うちの刑事2係に照会したら、最近頻発している同窓会詐欺じゃないかって話になって。赤塚管内で同様の被害が出ているの。だまされるのは、25、6の、決まって美女に弱いサラリーマン。ここじゃ、話ができないから、そこの居酒屋に行きましょう」

 2人、小さな居酒屋に入る。

 焼酎とつまみを飲み食いしながら、

「いい、あの太井と薮田というのは、詐欺のカップル。籍は入ってないけれど、夫婦同然に一緒に暮らしているの」

「あんな美人なのに。あんな男と……」

「美女なんて、一皮むけば、みんな一緒。欲望の固まり」

「ミーぼうも?」

「ナニ言ってンの。あの2人は、偶然手に入れた赤塚中学の卒業アルバムと同窓会名簿を使って、新手の詐欺を考えたの。これまでわかっているだけでも、被害者は5人。被害総額は570万円余りよ」

「本物の太井クン、薮田クンじゃなかったンだ。本物の2人は?」

「元気にしているわ。同窓会の案内状はもらってない。アルバムにはあるけど、同窓会名簿に2人の住所の記載はなかったの。だから、詐欺の2人は、案内状を送る代わりに、2人になりすますことにしたのね」

「詐欺の太井は、同窓会の案内状がおかしいと言ったから、ぼくと同じ善意の第三者かと思って、仲間意識を持ったよ」

「それがカレの手口よ。同窓会なんて開けるわけないンだから。最初から交差点で卒業アルバムに載っている顔写真に似た男性を見つけて声をかけ、喫茶店に誘い込む。あとは、詐欺の太井と薮田がシナリオ通り、出席者の一人が火事にあったという偽の電話をデッチあげる」

「喫茶店で薮田さんのスマホに電話がかかってきたのも芝居?」

「もちろん。太井がテーブルの下で自分のスマホをいじってかけた。薮田はそれを受けて、一人芝居をしていたってこと。そして、同窓生が火事に遭ったから、その見舞い金として称して、被害者にお金を出させる。あとは、女が被害者を連れまわして金を使わせ、ホテルへ」

「ぼくがホテルに行っていたら?」

「睡眠薬を盛られて、目がさめたら、ベッドには一角さん、あなた一人きり。そのうえ財布とカードを盗まれ、あとから身に覚えのない大量の買い物の請求書が届く、ってことになるのよ」

「ホテルに行かなくてよかったのか。でも、ホテルに行ったら、詐欺犯の決定的な犯行になって、立件しやすいンじゃないのかなァ」

「一角さん! あなた、あの女とホテルに行けなくて怒っているの! ベッドに入っても、ナニもないのよ!」

「そりゃそうだけれど、犯人だって、感情があるンじゃないのかなァ」

「あのね。彼女はいわば人妻。どうして、会ったばかりのあなたとベッドインするの。あの男とは入籍していなくても、立派な不倫よ。まともな女は、そんな恥知らずなことは決してしないわ」

「しかし、ミーぼうはどうなの? ぼくがいくら誘っても、一度もこたえてくれない……」

「アァーッ。お酒が足りないわ。泡盛、お代わり!」

「そんなに、飲んでどうするンだよ」

「あなた、わたしの気持ちがちっともわかっていない。わたしは警察官よ。職務を全うすることが第一……」

 徐々にロレツが怪しくなる。

「一角! 警察官の本分、わかっているか!」

「本分ですか。知りません」

「赤塚署警察官の本分は、犯人の検挙と……」

「犯人の検挙と……」

「被害者の安全確保。あなたは今夜、初めて赤塚署管内で犯罪被害者になったわけ……」

「ということは……」

「確保しなくちゃー……ウゥムー……」

             (了)

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同窓会の女 あべせい @abesei

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