かいとう編(解答編)
…………はい時間切れ。
皆さんお待ちかね――であってほしい、答え合わせのコーナーです。
「……俺も流れに沿って、『いつ』『誰が』『どうして』の順番で説明しようか。
じゃあ『いつ』。これはあえて『行き帰り』って言っとく」
「あえてっスか……」
「後で分かるよ、たぶん。
次は『誰が』。これは逆、『妹さん』だと思うな。
傘の長さはぴったりだし」
「それはつまり……。
あの傘はぜんぶ、傘として使うってことっスか?」
「そうだよ」
雨から身を守る道具として――使う。
「3つ目、お待ちかねの『どうして』だ。
これ、結構ブッ飛んだ考えを持ってないと、思いつかない答えなんだよね」
「……もったいぶらないで教えてください、先輩!
3本の傘の使い道‼」
イスがグルグルと回る。
……後輩も限界みたいだし、ここはスパっと言ってしまおう。
「それはね――、」
「…………あのっ、すみません‼」
「のわあっ⁉」
「――っ⁉」
「ちょ……コト、司書さん驚いてるぞ」
「あ……ごめんなさい」
突然の声に視線を向ける。
本を抱えた少女が、ツインテールを申し訳なさそうに揺らした。
「すみません、お話し中に。
本を探したいんですけど……」
絶賛お話に上がっていた、兄妹だ。
兄は大きな袋を肩に提げている。おそらく、中は貸出前の本でいっぱいだろう。
…………ちょうどよかった。
「いえ、構いませんよ。
本のタイトルは分かりますか?
――――理科ジャンルで、こんな内容の本がほしい、とかでもいいですよ」
「え……?」
「えっと、こういう本がほしい……です」
妹さんが、抱えた本をカウンターに置く。
『発見発掘! 理科のふしぎ ~むらさきキャベツの色彩変化~』
「物の色が変わる実験の本が必要で……。
できれば、写真が多いものがいいんですが、ありますか」
「少し前に返却された図鑑がありますね。
ちょっと大判――大きいサイズになるんですが、持ち帰れそうですか?」
「大丈夫です。
……あの、何で理科ジャンルって……?」
「ああそれは――こちらの司書が」
「ちょっ、先輩⁈」
説明は面倒なので丸投げ。
図鑑を棚から持ってきた後輩が、俺へ恨めしそうな目を向けた。
「司書さんすごいね! エスパーみたい!」
妹さんが無邪気に言ったセリフに、後輩が苦笑する。
貸出を終えた兄妹は、傘立てから3本を取り出した。
「先輩、話が途中っスよ?
『どうして3本の傘が必要なのか』の答え、教えてくださいよ」
「…………さっきの本でもまだ分からないのか……察し悪すぎ」
「なんか失礼なこと言いました?」
スルー。
……外に出た兄妹は、それぞれ傘をさす。
お兄さんは黒い傘を。
そして妹さんは――青色の傘を。
「3本目の理由はね……」
雨に傘が濡れて、
「……『傘を濡らすため』だよ」
傘に、赤い花が咲いた。
「あ、……そうか、リトマス紙!」
酸性の液体をかければ赤色に、アルカリ性の物をかければ青色に。
色が変化する現象はリトマス試験紙に限らず、紫キャベツやハーブティーなどでも起こる。
『自由研究』の定番だ。
「あの傘がリトマス紙と同じ材質なのか、それとも全くの別物なのかは分からないけど……濡れていた赤い傘は、あの青色傘と同じ商品なんだろうね」
「黒色はお兄さんのもの。
赤と青――色が変わる傘は、それぞれ行きと帰り用に、妹さんが使うってことっスか?」
「そういうこと。
……なかなか、贅沢な使い方だ」
酸性雨。
俺が子供のころは聞きもしなかった単語だけれど、あの兄妹や……この後輩にとっては、あまりにも身近すぎる物なのだろう。
身近すぎて、わざわざ注目もしない。
俺は並んで出ていく、兄妹の背中を目で追って……思わず笑ってしまった。
「…………ふっ。
あの傘作った人、センスいいね。
賞でも送ってあげたい」
「え、何でですか?
ちょっと不思議な、かわいい傘じゃないっスか」
「傘の模様だよ。赤いガーベラ」
ガーベラの花言葉は、『光に満ちた』。
今や日用品である雨傘に、そんな花を描くなんて。
――いいセンスをしている。
「ねえ後輩」
「なんスか、先輩?」
「もし酸性雨が降ってない過去に戻れるなら、何をする?」
まだ『晴れ』のあった世界に、戻れるのなら。
「う~ん、そうだな…………。
あっついビーチで海水浴、してみたいっス!」
「……そりゃあいい。
かき氷、そこでおごってね」
「もちろんっス‼
ってことは昼メシもチャラに――」
「あ、ラーメンよろしく~」
「……そんなぁ」
3本目の理由 秋雨みぞれ @Akisame-mizore
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