最終話 純情サキュバスJKは何処まで行っても純情な件


 一人で歩く帰り道。




 別に、ユメが俺の家に来てからも、毎日一緒に登下校してた訳じゃない。それでも、このなんとも言えないやるせない感覚は、やっぱり耐えれない。




「……落ち込んでもしょうがないんだけどな」




 自身の気の弱さに苦笑しながら、玄関の扉を開ける。空元気すら出せなさそうだけど……しょうがないよな、ユメ。




「……ただいま」




「あら、小太郎。お帰り。なに? 朝帰り? やるわね~!」




「……ちげーよ」




「違うの? 疲れた顔してるから、ヤることヤッたのかと思ったわ」




「……おい、おかん。少なくとも息子の前でヤるとか言うな」




「え? ヤるって勉強の事よ?」




「……」




 にやにや笑うおかん。この人の子供である事をこれほど憎んだ事も無いだろう。朝から何言ってんだ、このババア。




「……アンタ、今失礼なこと思ったでしょう?」




「お、思ってねえよ!」




 エスパーかよ。




「取りあえず、コーヒーでも飲む? それとも寝る?」




「ん……コーヒー」




 靴を脱ぎ、リビングの自分の席へ。目の前にあるユメの席に、ついつい視線が行く。情けねえな。




「はい。香澄さん特製コーヒーよ!」




「……インスタントだろうが」




 文句を垂れつつも、コーヒーカップに口をつける。




「……何だよ?」




「うん? 何でもないわよ?」




 ユメの席に座り、顎を手の上に載せ、ニヤニヤ笑うおかん。何だよ、気持ち悪い。




「いや、小太郎、最近頑張ってるな~って、お母さん感心してたの」




「……金は無いぞ?」




「失礼なこと言わないでよ! 息子にたかろうなんて思ってません!」




「どうしたんだよ、急に」




「たまに褒められたんだから喜んでいなさいよ。我が息子ながら難儀な子ね」




「性分なんだよ」




「もう……ほら、最近小太郎、勉強頑張ってるじゃない」




「……まあな」




「お洒落にも気をつけ出したし、今度美術部で描いてる絵、都展に出すんでしょ?」




「……良く知ってるな」




「こないだユメちゃんから聞いたから。頑張ってるって褒めてたわよ」




「……あのお喋り」




「またアンタは、そう言う事を言う」




 呆れたようにため息をつき、椅子から立ち上がる母親。




「さて、小太郎も帰って来たし、晩御飯の買い物に行こうかな」




「もうそんな時間? まだ十時とかなんだけど?」




「ううん。でも、折角天気も良いし、ちょっと散歩も兼ねてね」




「……いいな、主婦は。気楽で」




「そうでもないのよ、主婦も。ええっと……お財布お財布」




 そう言って財布を探す母親の姿を苦笑で見つめ、俺はコーヒーを飲みほす為にコップにかけた手を傾けかけ――








 その手を止めた。








 ……違和感。




 小さな、小さな違和感。






 今……何て言った?






「か、母さん!」




「何よ? 急に大きな声出して」




「い、今! 今何て言った!」




「え? なんてって……」




「良いから!」




「なに? 母さん、散歩に行っちゃいけないの?」




「その前だ!」




「ええっと……晩御飯の買い物に……」




「もっと前!」




「今度、都展に絵を出すんでしょ?」




「それ!」




「どれよ」




「そ、それ! 誰に聞いたって!」




「だ、だれにって……ユメちゃんだけど?」




 あれ、喋っちゃいけなかった? っと小首を傾げる母親。






 ……なんで、母さんはユメの事を覚えてる?






 あいつ、皆の記憶を消すって言ってたよな?






 焦る気持ちをそのままに、母さんの肩を乱暴に掴む。




「母さん! ユメの事、覚えてるのか!」




「痛いわよ! 覚えてるのかって……アンタ、なに言ってんのよ? ユメちゃんなら、部屋で寝てるわよ?」




 その言葉を最後まで聞かず、俺はリビングを飛び出す。階段を、生まれてこれまでで最も早く駆け上がり、ユメの部屋のドアを開ける。




「ユメ!」




 机と、テレビと、本棚と、ベット。いつも通りのユメの部屋。




 ――その部屋の隅に置いてあるベット。不自然なまでに中央が膨らんだベット。






 まさか、と思う。






 もしかして、とも思う。








 きっとそうだ、と……強く、強く思い、願う。






 


 高揚した心を抑えきれず、ベットの上にかけてある布団を思いっきり引っぺがす。




「……」




「……」




 俺の着古したパーカー。髪は、トレードマークであるツインテールに結ばれ、目は大きく、鼻は小鼻。はっきり言って、かなりの美少女。




「……ちゃ、ちゃお」




「……」




「そ、その……恥ずかしながら……消えずに残ってしまいました」




「……」




「べ、別に隠れてた訳じゃないのよ! で、でも! あんな漫画とか映画とかのラストみたいな感じで感動の別れをした訳でしょ! い、今さらどの面下げて貴方に会えるって言うのよ!」




「……どうせ、今日の晩飯では会うだろうが」




「そ、それは! ……そ、そうだけど」




 いや……そんな事はどうでもいいんだよ。




「……ユメ?」




「は、はい?」




「本当に、本当に……ユメだよな?」




「……うん」




 ユメの目に涙が浮かぶ。そんなユメの顔が滲んで見える。俺も、泣いてるのか。




「……ユメ!」




 思い余って、ユメを抱きしめる。あ、っと小さく声をあげるも、ユメも俺の胸に顔を埋めてくれた。




「……ユメ……ユメ!」




「……うん……うん!」




「……良かった……もう会えないかと思った……」




「……うん」




「……もう……何処にも行くな」




「……私……此処に居てもいいの?」




「バカ野郎……ここ以外に何処に行くつもりだよ」




「……うん……そうだね。何処にも、行かない。小太郎の傍に、小太郎の隣に居る」




「……居ろ。ずっと……俺の隣に居ろ!」




「……うん……うん!」




 そう言って、一層俺の胸に顔を強く埋めるユメ。




 幸福。




 至福。




 幸せ。




 ハッピー。




 どんな言葉でも、どれほどの言葉を尽くしても、今の俺の気持ちを表せない。それほどの、満たされた感覚。ユメは、ずっと傍にいる。もう、何処にも行かない。何処にも、行かせない。




 ……そこで、ふっと疑問がよぎった。




「……なあ、ユメ」




「うん? なに?」




「お前、ずっと俺の傍に居れるんだよな?」




 俺の台詞に少し顔をあげ、不満そうに軽くこちらを睨むユメ。




「何? イヤなの?」




「嫌な訳あるか。その……最高に幸せだ」




「……うん、私も。凄く……幸せ」




 一転、はにかんだ笑顔を向け、もう一度俺の胸に顔を埋めようとするユメ。いや、嬉しいんだけど、そうじゃなくてだな。






「お前……なんでココに居れるんだ?」






「え?」




「だって、精力が尽きかけて、消える所だったんだろう?」




「……」




「どうやって助かったんだよ? まさか、誰でもいいからなんて……」




「そ、そんな訳無いでしょ! なに失礼な事言ってんのよ!」




 顔を真っ赤にして否定するユメ。あんだけ頑なに拒んでいたんだ、そりゃそうか。




「でも……じゃあ何で?」




「……」




「……」




「……そ、その……消える瞬間にね。あ、あれだけ大見栄切って……フェアじゃ無いとか散々言った癖に……や、やっぱり、ど、どうしても、小太郎の傍に居たいって気持ちが強くなって、苦しくなって……」




「……」




「……こ、小太郎も良いって言ったから……その……」




 もじもじと左右の人差し指をちょんちょんと合わせて。








「……しちゃった」






 ……。




 ………。




 …………。




「……は?」




「わ、悪いとは思ったのよ! ず、ずるいとも! で、でも! ど、どうしても我慢出来なくなって……しちゃったのよ! その……『にゃんにゃん』」






 頭が、真っ白に、なった。






『祝! 脱童貞! やったな! これでお前も一人前の男だ!』




『いや、大人の階段を三段飛ばかしぐらいで昇りましたね! 女の子に襲われる、なんて、なかなか無い展開ですよ! おめでとうございます!』




 頭の中でデビルとエンジェルが狂喜乱舞。




「……そ、その……ご、ごめん。こ、こんな事言うのは何だけど……や、やっぱりフェアじゃないし……ほ、ほら人命救助! 人命救助よ! 人工呼吸と一緒! だ、だから……こ、小太郎がどうしてもイヤなら……そ、その……ノーカウントって事でも……」




 意識を戻し、ユメに視線を送る。そこには、不安そうな、それでいて拗ねた様な表情を浮かべるユメ。




 ……ま、いいか。




「……いいさ。イヤじゃない。ユメが傍に居てくれるなら、安いもんだ」




 言いながら、ユメの髪を軽くなでる。




 そうさ。別に良いじゃないか。ユメが傍に居てくれるなら、俺の童貞ぐらい。むしろラッキーってなもんだ。




「で、でも……小太郎だって、初めては、その……好きな人と……」




「お、お前だってそうだろうが」




「そ、そうだけど! そ、その私は……その……べ、別に小太郎の事嫌いじゃないって言うか……むしろ……そ、その……」




 そう言って、頬を真っ赤に染めるユメ……と、俺。なんだ、この初々しい二人は。




「そ、それにしても、勿体ないっちゃ勿体ないな! せ、折角なら、意識のある時にしたかったような!」




「ご、ごめん」




「い、いや、別に責めてる訳じゃ無くて! そ、それより『にゃんにゃん』は卒業試験だったんだろう? さっきお前、ここに居れるって言ってたけど……それなら生涯の伴侶の所に行かなくても良いのかよ?」




「そ、それは……い、いいの! そ、その、も、もう少し小太郎の所で修行してからにする!」




「い、いいのか? そんなアバウトで?」




「いいのよ! ……な、なに? そ、傍にいたら……迷惑?」




 そう言って不安そうな上目遣い。ああ……もう! 反則だろう、それ!




「い、いや、全然いい!」




「あ、ありがとう……」




「い、いや……」




「……」




「……」




 き、気まずい! な、なんだ、この甘酸っぱい沈黙は! な、何か話題は……






「その……なんだ! き、気持ち良かったか?」






 ……おい! 沈黙が耐えれないからって、何聞いてるんだ俺! これじゃただのエロ親父だろうが!




「う、うん……す、すごく……頭が、ぽーっとなって……」




 アンタも何言ってるんだ、ユメ!




「そ、そっか! 寝ててもしっかりやる事はやるな、俺! こ、これで俺も大人の仲間入りだ! 祝、脱童貞! さ、さんきゅーな!」




 テンぱり過ぎて、訳のわからない事を言う俺、気持ち悪い。たいしてユメさん、何だかぽかんとしてます。あれ?








「……へ?」








「……へ?」




 え? 『へ?』ってなに、『へ?』って?




「小太郎……今、なんて言ったの?」




「え? 脱童貞って……」




 ユメの顔が、瞬間湯沸かし器の様に沸騰する。




「な、なによ! それ!」




「へ?」




「だ、誰が、脱……ど、ど、ど、童貞したのよ! 何言ってんのよアンタは!」




 急に錯乱し、俺の腕の中でジタバタ暴れ出すユメ。え?




「だ、だって、『にゃんにゃん』したんだろう? それで、俺の精力を分けたから、お前はここに居れるんだろう?」




「そ、そうよ! そこまでしかしてないわ!」




「そこまでって……」




 意味がわからん。




「だ、誰も……そ、その……」




 一息。








「『ぬくぬく』までしたなんて言ってないじゃない! 『にゃんにゃん』だけよ!」








「……ちょっと待て」




 今、未確認ワードが出て来たぞ。なんだ、『ぬくぬく』って。




「おい、ユメ」




「な、なによ」




「『にゃんにゃん』って何だ?」




「にゃ、『にゃんにゃん』は『にゃんにゃん』よ! ……そ、その……き、キスの事じゃない!」




 ……。




「はあああ?」




「な、なによ!」




「き、キス? 『にゃんにゃん』はキス? それじゃ、何か? 俺とお前はキスしかしてないって事か?」




「き、キス『しか』ってなによ! わ、私、ファーストキスだったんだから!」




 いや、女の子にとってファーストキスは大事って聞くけど! つうか、そんなお手軽に補充できるのか、精力!




『……こんなオチ?』




『……ええ。大人の階段どころか、最近では幼稚園児でも済ませてますね』




 デビルとエンジェルもあきれ顔。まあそうでしょうね。




「そ、そもそも『にゃんにゃん』は、お、お互いの唇と唇を合わせる神聖な行為で……」




 一人でキスについて熱く語るユメを見ながら。






 ――俺は苦笑の色を強めた。






 サキュバスなのに、貧乳。




 サキュバスなのに、ツンデレ。






 サキュバスなのに……純情。






「……なあ、ユメ」




「な、なによ! ま、まだ『にゃんにゃん』について――」




 そんな、規格外で、可愛くて、苦笑してしまうぐらい愛らしい、俺のサキュバス。




「……意識のある時にもさせてくれ」




「な、なにをよ!」






「『にゃんにゃん』だよ」






 そんな、俺だけの愛しいサキュバスの唇に。






 俺は、そっと自分の唇を押しあてた。















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ある日、純情サキュバスJKと同居することになったんだが。 綜奈勝馬 @syota

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