第2話 ノイズ
アキラはログアウトの操作を終え、ゆっくりとヘッドセットを外した。現実の視界に戻ると、VRの壮大な世界から一転して、無機質な部屋が広がっている。今回のベータテストは10日間も続く長丁場。アキラは少し休憩を取ることにした。
ヘッドセットをテーブルに置き、椅子から立ち上がる。部屋の外に出ると、廊下は薄暗く、静寂に包まれている。参加者たちはまだゲームを続けているのか、アキラの周りには誰もいない。彼は少し不安を感じながらも、休憩室へと向かった。
「さてと…」
休憩室のドアを開けると、中はシンプルながらも快適な空間が広がっていた。ソファやテーブル、飲み物や軽食が用意されたカウンターがあり、リラックスするには十分な設備が整っている。アキラは冷蔵庫から冷たい水を取り出し、一口飲んでからソファに腰を下ろした。
「あぁ…やっぱり現実に戻るとホッとする…ゲームの中がリアル過ぎて、どっちが現実か分からなくなるな。」
アキラはため息をつき、しばらくの間天井を見上げていた。ゲームの中での興奮と緊張が徐々に解け、疲れが一気に押し寄せてくる。彼は軽く目を閉じ、少しの間だけでも体を休めようとする。
『ザ…ザザ…ザ…」
すると、目の前に急にノイズが走ったような感覚に襲われる。
「あれ…?何だ!?視界が…」
目に違和感を覚え、眉間に指を当て軽くほぐす。そうしていると、休憩室の片隅から何やら動物のような気配が漂ってきた。アキラはネズミか何かだと思いその気配の先に視線を配る。しかし、その気配の正体に気付いたアキラはゾッとした。
「うぁああ…」
その正体はさっきゲームで倒したオオカミのクリーチャーだった。ゲームの時と同じように、目は赤く光り、鋭い牙が露出している。アキラは思わず息を呑んだ。現実世界で見えるはずのないクリーチャーが、そこに存在している。目の前の光景が信じられず、彼は何度も瞬きを繰り返したが、クリーチャーの姿は消えない。
「なんだこれは…まさか…幻覚だよ…な?」
アキラは心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じた。ゲームの時は、どこか非現実的なところがあったので安心していたが、現実の世界でクリーチャーを目の当たりするとそうはいかない。武器も持っていないから余計に不安だ。彼は恐る恐る立ち上がり、クリーチャーに近づかないようにゆっくりと後退した。だが、クリーチャーは彼の動きに反応するかのように唸り声を上げ、鋭い牙をむき出しにして突進してきた。
「ヤバい…逃げなきゃ…!」
アキラは本能的にドアに向かって走り出した。しかし、背後から迫るクリーチャーの気配が、彼の恐怖を一層煽る。休憩室のドアを勢いよく開けて廊下に飛び出すと、振り返らずにそのまま走り続けた。薄暗い廊下を駆け抜け、誰かに助けを求めようとしたが、周囲には誰もいない。
「どうなってるんだ…!?」
アキラの頭の中には混乱と恐怖が渦巻いていた。突然の異常事態に冷静さを失いかけていたが、何とか踏みとどまろうとした。
やがて、廊下の先に休憩を取っている他の参加者の姿が見えた。アキラは息を切らしながらその参加者に駆け寄った。
「助けてくれ!後ろからクリーチャーが…」
その参加者は驚いた表情でアキラを見つめたが、アキラの言葉を聞いて急いで彼の背後を見た。だが、そこには何もなかった。参加者は困惑しながらも、アキラを落ち着かせようとした。
「どうしたんですか!?落ち着いて下さい。後ろには誰もいないですよ…。」
アキラは振り返り、確かめるとそこには何もなかった。「あれ…?」と、自分がどれだけ取り乱していたのかを自覚し、恥ずかしさと恐怖が入り混じった表情で参加者に謝った。
「いやぁ…すみません。本当にお恥ずかしいところをお見せしました…」
参加者は優しく微笑みアキラに水を差し出した。
「いえいえ…。幻覚を見てしまうのもわかります。本当に今回のゲームはリアルですもんね。私もドキドキしながらプレイしてますよ。」
彼女は「エリカ・ミズノ」今回のベータテストの参加者で年齢は20代ぐらい。長い黒髪をポニーテールをしているのが特徴で知的で落ち着いた表情を持ちながらも、話し易く気さくな印象だ。
アキラはエリカから渡された水を一口飲み、落ち着きを取り戻そうと努めた。エリカの穏やかな笑顔が、彼の不安を少し和らげてくれる。
「ところで、エリカさんも参加者なんですよね?どうしてこのベータテストに参加しようと思ったんですか?」
「実は、エンジニアとして『デジタル・ナイトメア』の開発に携わっていて、実際にプレイしてみないと分からないことがあるから、今回のテストに参加したんですよ。」
エリカの言葉にアキラは驚きと共感を覚えた。自分と同じく、彼女もこのゲームの中核に関わっている人物だったのだ。
「おぉ…そうだったんですね。実は僕もプログラマーとして開発に携わっていたんです。まさかこんなところで同業者に会えるなんて思ってもみませんでした。」
エリカは興味深げにアキラを見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
「プログラマーとしての視点からも、このゲームのリアルさには驚かされることが多いんじゃないですか?」
アキラとエリカはしばらくの間、ゲームの技術的な側面や開発における苦労話などを談笑しながら語り合った。エリカの知識と洞察力に感心しつつも、同じ業界で働く者同士の絆を感じ始めていた。
やがて、エリカがふと思い出したように提案をした。
「そうだ、アキラさん。もし良かったら、私と一緒に『デジタル・ナイトメア』でパーティーを組みませんか?一人でプレイするよりも、協力し合った方がこのゲームはかなり楽しいと思います。」
アキラはエリカの提案に一瞬驚いたが、すぐに嬉しそうな表情に変わった。
「それは良いですね。エリカさんと一緒にプレイできるなんて、心強いですし、楽しみです。」
「じゃあ、決まりですね。じゃあ、次にログインする時にパーティーを組んで、共に冒険を楽しみましょう。」
アキラとエリカはお互いに微笑み合い、新たな友人としての絆を感じながら、その日のプレイを続けるために再びゲームに戻る準備を始めた。彼らはこれからの冒険に期待を寄せ、再び『デジタル・ナイトメア』の世界に身を投じるのだった。
デジタル・ナイトメア ケーロック @krockworks
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