婚約者に断罪される
「バルバラ・グリシーヌ!本日をもって君との婚約を破棄する!」
群衆が見守る中、バルバラはドレイトンから婚約破棄を告げられる。彼女の口の中はカラカラに乾き、冷や汗が頭をつたう。頭の藤の花は色褪せてしおれていた。
「ドレイトン様、違うのです、これは……ッ」
何かの間違いだ、弁明をしなければ。そう思うのに口をつくのは言い訳のような言葉ばかり。
「気安く呼ぶな!」
「あっ」
すがるように手を伸ばすも呆気なくはたかれた。ぺちんとマヌケな音が鳴り、彼女の藤の花びらが一枚落ちる。
「君の行った悪事の数々。証拠は出揃っているよ」
「バルバラ様、そんな……酷い……」
「なんて女だ」
「不敬罪だぞ」
「お、お姉様……」
「見損なったちゃむ」
「いや流石にありえねえだろ……」
宝石のような美男子達に睨まれる。婚約者のドレイトンに義弟のアダン、騎士団長や宰相の息子、学園の教師と知らない男子達もいた。おそらく他の攻略キャラクター達だろう。中心にいるのは麗しの乙女、ヒロインのエマだ。
「王太子の婚約者という立場でありながら、別の男性と関係を持つなど言語道断だ。加えて機密事項の漏洩、先生方への不遜な態度、レイブンの魔法薬の窃盗、剣術試験での不正な行為、エマに対する嫌がらせの数々……君は未来の王妃たる資格はない!」
「殿下、そ、それは……!」
全て言いがかりだ!
と言いたいところだが、半分くらい身に覚えがある。バルバラは自分の胸に手を当てて聞いてみると『あんたがやったんだよ〜』という声が聞こえてきてびっくりした。こんなことってあるんだ……
「言い分くらいは聞いてあげよう。言い返せるものならね」
ドレイトンはバルバラを氷点下の目で睨みつける。そこに優しい彼の姿はなかった。
「ほ、ほ、他の男性と関係は持っていたというのは言いがかりです……!わたくしは、殿下が一番です……!」
かおりに愚痴ってはいたが、ドレイトンを想っているのは本当だ。バルバラは移り気な性格だが、彼を好きになってからは浮気をした覚えがない。
彼がパチンと指を鳴らす。蓄音機からブツ………と、音声が流れた。
『はあ〜……"ましゃ"だったらこうならなかったのにな〜』
ホールに響き渡るバルバラの声。血の気が引いた。それは魔法で録音されていたものだった。
『ましゃとは別れてないけどね。別れも言わずにこの世界に来ちゃったし』
『殿下は期待が重いんだよね〜……ましゃは結構個人主義?なとこあったし。人は人、自分は自分、的な』
そ………
そっちか〜………………
バルバラは口の中が乾いて苦くなった。
「これってバルの声だよね?」
「……それは」
「期待が重くて悪かったね」
ホールに通るドレイトンの声。
確かにこの音声だけ聞けば他の男と良い仲になっていたと思われるだろう。
バラバラは「こんなことなら秘密を打ち明けておけばよかった」と思うが時すでに遅し。このタイミングで『実は前世の記憶があって、ましゃは前世の恋人なんです!』などと言い訳しても通じるわけがない。
どうしようどうしようどうしよう。
弁解できない。
必死に頭を回転させるがいい案は出ない。
「あの」
すると、おず……とエマが手を挙げた。ホール全員の視線が彼女に集まる。
「アダン様に酷いことをしていたというのは本当なのでしょうか?」
「え、俺?」
「はい?」
急に名前を出されたアダンは素っ頓狂な声を上げた。バルバラの声とハモる。
「アダン様の腕に熱した鉄を押しつけたというのは本当ですか?」
観衆はざわめき立った。
「わ、で、殿下、何スか、ちょっと」
ドレイトンはアダンのそばににじり寄り、彼の腕をまくった。アダンの白い腕が晒される。手首の上がかすかに変色していた。一目で火傷の跡だとわかる。
「ひいッ」
「酷い……」
「可哀想に」
「なんて女だ……」
しかしこれは事実だった。
バルバラはアダンの腕に火で熱したヘアアイロンを当てたのだ。
〜数日前〜
実家に帰った際にバルバラは気合を入れて化粧をしていた。ドレイトンとのお茶会が控えていたからだ。
すると、同じく実家に帰っていたアダンが通りかかった。おめかし中の姉の姿を見て彼は
「外側ばかりじゃなくて中身もちゃんと粧わないと殿下にバレるぞ、蛇女」
と軽口を叩いた。バルバラはそれにキレてメイドからヘアアイロンをひったくり、彼の腕を叩いたのだ。
「アッチィ!!何すんだよクソ姉!!」
「2度とその口きけないように熱した鉄を口ん中に流し込んでやろうか!」
「発想がいちいち怖えんだよ!!イカれてんのか!!」
今までの積み重ねにより姉弟仲は最悪で、しかも2人は思春期である。彼らは実家では意味もなくイライラして、顔を合わせれば喧嘩をした。
アダンの腕の傷はそのときにできたものだ。ちなみに彼もやり返してバルバラの髪飾りを引きちぎるなどしたが、その夜寝室に蜘蛛を放たれ泣くことになる。相変わらずバルバラの方が一枚上手だった。
「殿下、エマ様、お、お待ちください!これは、その、姉とのいざこざはよくあることで……!」
「よくあること!?」
「普段からバルに酷いことをされていたのか?」
アダンは意外にもバルバラを庇った。しかしその庇い方が不味かったのか、アダンが話せば話すほど、バルバラの印象が悪くなる。
「違うんです!姉はその、カッとなりやすいっていうか、頭が悪いっていうか、悪気があったわけでは……いや、悪気はあるな、悪意があるし、いつも。容赦ないし……」
「アダン、ちょっ、ちょバカお前一回黙れ」
「聞きました殿下?弟に向かって黙れだなんて」
「血のつながりがないとはいえ彼は弟だろう。なんて酷い……」
「それに引き換えアダンは姉を庇って……」
「健気だ」
もう何を言ってもアダンは哀れな義弟となり、バルバラの立場は悪くなる一方だった。
「義弟への虐待行為も、もちろん看過することはできない」
「え、いや、あの、殿下、話を」
「レイブンの魔法薬の窃盗や、試験の不正行為も、淑女としてあるまじきことだ」
「レイブンって誰?」
「何よりエマへの嫌がらせの数々……失望したよ」
「いやそれあたしじゃない」
「言い訳無用!」
薬の窃盗や試験の不正行為、エマへの嫌がらせはバルバラに心当たりはなかった。
どさくさに紛れて、なぜか心当たりのない事件の犯人にもされていたのだ。しかしドレイトンは興奮していて、バルバラの心を読めておらず、気付いていない。
まあ例え冤罪があったとしても彼にとっては些事である。実際に彼女が起こしたことがいくつかあるからだ。
「本日をもって婚約は破棄とする!そして、貴様の行いは王族に対する不敬罪に値する」
「きさまになってる……」
「バルバラ・グリシーヌ、貴様を極刑に処す」
【悪役令嬢】婚約者と元カレを比較したらブチ切れられて食人族に嫁がされそうになって困ってます!ねえマジやばい(笑) 日曜日 @sunday_7777
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