いや待って婚約者ムリかも
バルバラは立派な淑女になると決意したが、人間はそう簡単に変わらない。
「バル、宿題は提出した?まだ時間あるって?いや、次の次の授業で提出だよ。焦らないと」
「バル、補習はサボっちゃダメだよ」
「バル、飛行術の先生を『ゴリ山』ってあだ名つけて陰で呼ぶのはやめようね」
「バル」
「バル」
「バル!!!!」
ドレイトンはここ何日か心労が絶えなかった。バルバラの問題児ぶり……もといオモシレー女ぶりに振り回されていたからである。
「あ、すみません。忘れていました」
「忘れていたって……昨日も伝えたよね?」
ドレイトンは彼女の心に惹かれたのは事実だが、バルバラは思った以上に成績が悪く、王太子の婚約者としてやるべきことをやっていなかったのだ。最近は少し頑張っているみたいだが……
バルバラは良くも悪くも年相応の普通の女子生徒であったが、王太子の婚約者は普通ではいけない。常人の何倍も努力して、知識やスキルを身につけなくてはならない。
1年の頃はそこまで気にかけていなかった。
婚約者といえど他の女達と同じだと思って見下していたため、きちんと彼女を見ていなかったから気づかなかった。
いざバルバラのことを調べてみると貴族としてあるまじきボロがたくさん出てきたのだ。ドレイトンはこれにめまいを覚えた。
「殿下、お加減はいかがですか?」
「ああ、ごめんね、少し調子が悪くて」
「ハーブティーです。気分が落ち着くおまじないをかけました」
「ありがとう。エマ」
エマはドレイトンに特性ハーブティーを淹れる。2人は生徒会の仕事を片付けていた。
エマ・ソーヤー。編入生で平民ながら成績は優秀で魔法の技術も高い。その能力を買われ生徒会加入となった。
ドレイトンはぼんやりと思った。
彼女のような人が婚約者であれば将来は安泰だろう。婚約者の成績を上げるために走り回ることはない……この時間をもっと有意義なことに使えるし、バルバラと違って気が効くし……とそこまで考えて、ハッ!と我に帰る。
「我ながらなんてことを……」
「殿下、本当に大丈夫ですか?」
「う、うん、平気」
「………私で良ければお話をお聞きしますよ」
「……え」
「その、私は貴族ではないので、派閥や根回しを気にする必要はありません。道端の石ころのようなものです」
「いや、そんなことは……」
「無理にとは言いません。殿下のお力になりたいんです」
エマはほんのり顔を赤らめて遠慮がちに伝えた。
バルバラが夜の星だとすれば、エマは朝の森のような人だった。静かで落ち着きがあって透き通っていて、息をするたびに気持ちが清らかになる。
「…………これは独り言なのだけれど……」
「……!……はい……!」
人の上に立つ者は常に孤独だ。その責任や悩みは誰にも理解されない。
相手は平民だと自分に言い聞かせながら、彼はエマに心のうちを吐き出した。
◯
「ねえちょっとかおり聞いてよ!マジでさあ!」
バルバラはお手製の木の板を耳に当ててイマジナリーフレンドのかおりに愚痴をぶつける。
以下の『』は彼女がかおりの返事を想像したものである。実際には喋っていない。
『どうしたの、またあの王子と何かあったの?』
「王太子ね。なんか最近ひどくてさぁ!」
バルバラはかおりにドレイトンに叱られたことを話した。10:0で彼女に非があるのだが、しかし愚痴を吐き出さないとやっていけなかった。
「あたし頑張ってるのに、殿下はあれやれコレやれ、これができてない、未来の国妃としてなってないって小言ばっかり!実家の乳母よりうるさい」
『王太子だから仕方ないでしょ。やるべきことをやってるんだよ』
「かおりは魔法やマナーの勉強の大変さを知らないからそんなこと言えるんだよ!」
『まあかおりはあんたの頭の中の声だからな』
「そんなこと言うな!切なくなる!」
『草』
「しかも殿下は心が読めるから嘘もつけないし誤魔化せないしさ〜。本当嫌になっちゃう」
『そもそも嘘つかない方が良いよ。人として』
「本当にあたしの頭の中の声か?なんか厳しくない?」
『正しいことしか言ってないから』
「てか、教師にあだ名つけたらめちゃくちゃ怒られたんだけど。周りもお嬢様ばっかりだから陰口も言えないし、普通に生活するだけでも怒られるって何?」
『あ〜確かにそれは少ししんどいかも』
「でしょ!?ていうかさ、心が読めるってあたしに言う意味なくない?そっちは秘密を吐き出せてスッキリしたかもしれないけど、こっちの身にもなってほしいよ。何かするたびに『殿下は心が読めるんだ』って思って緊張するんだけど。墓場まで持っていってほしかったわ」
『あんたとちゃんと夫婦になりたいって言ったんでしょ。辛いことも一緒に背負ってほしかったんだよ』
「で、でも、でも、殿下はあたしの秘密知らないし……不公平じゃない?」
『あんたに秘密があるなんて殿下は知ったこっちゃないじゃん。不公平だと思うなら言えば?』
「は?」
『殿下に自分の秘密も打ち明けなよ。実は前世の記憶があって精神年齢は21歳なんです、って』
「う〜!簡単に言うけどさ〜!」
『あ、待てよ?でも伝えたら伝えたで(こいつ僕より年上のくせにこの仕上がりなのか……?)って思われたらウケるね』
「ウケるな」
『殿下のミスはあんたのダメさを舐めてたことだね。まともに夫婦になろうとした時点で負け確なのよ。彼の自業自得ってことで』
「や、やればできるし……」
『自信家なのはあんたの良いところだよ』
「へへ、まあね」
『褒めてねーわ』
「はあ〜……"ましゃ"だったらこうならなかったのにな〜」
バルバラは転生前に付き合っていた彼氏(まさとらなのでましゃと呼んでいた)のことを思い出す。
『元カレのましゃね〜懐かし』
「元カレ……ってか別れてないけどね。別れも言わずにこの世界に来ちゃったし」
『ましゃにもめちゃくちゃ注意されてたよね?トイレットペーパーの芯捨てろとか、超言われてたじゃん』
「いや、まあ、そうだけど……でも、こう、なんだろうな……殿下は『自分の気持ちを理解してほしい!』みたいな気持ちが強いんだよね。多分理解者がいなくて寂しいんだと思うんだけど……秘密を打ち明けたのだって、自分が楽になりたいだけだったのかなって思っちゃって。あたしじゃなくても良いのかな、って」
『なんでそう思ったの』
「全部に『まあ君にはわかんないだろうけど(憂いを帯びた笑み)』っていうニュアンスの話し方すんの」
『実際あんたわかってないじゃん』
「そ、そんなことないし!てかそれって本当は自分のことを理解してほしいってことの裏返しでしょ?」
『いつも鈍感なくせに変なところで聡いな』
「期待が重いんだよね〜……なんていうか『この僕がここまでしているんだから応えるのは当然でしょ?』感が滲み出てんの。王族ってそういうもんなのかな……ましゃは結構個人主義?なとこあったし。人は人、自分は自分、的な」
『ましゃと違って距離置くとかできないもんね』
「あ、なんか合わないかも!って思っても距離置けないのがしんどい。LINEの返事スルーするとかできないし」
『あーそれダルい。合わないってわかってるのに離れられないのはしんどい。いっそのこと浮気とかしてくれれば良いのにね』
「うーん、それはなんかヤダ」
『お前ほんと自己中だな!』
かおりはイマジナリーフレンドのクセに厳しかった。
バルバラはこの通り自己中心的な性格なため、社会のレールからはみ出しまくっていたが、前世ではおもしろがって受け入れてくれる友人や恋人がいた。そもそも合わないと思ったら簡単に交流を断つことができた。
今世ではレールからはみ出したときのペナルティは大きい。しかもそのレールはだいぶ特殊だ。貴族社会という派閥や繋がりが重視される世界では簡単にコミュニティを出ることはできない。
バルバラはドレイトンのことは好きだが、毎日が窮屈で息苦しくなっていた。
「はあ〜……話したらスッキリしたわ。明日から勉強頑張る……」
『また何かあったら言ってね』
「ありがと、じゃあね」
ストレスが溜まっていたためかおりに電話する頻度は増えていた。自室のドアが開いていることに気付かないくらい、彼女は周りに気が回らなくなっていたのだ。
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