平常 13
冒険者ギルドへの道のりをぼんやりと歩く。
昨日、結局薬草採取の依頼をやり損ねちゃったからね。
今日はしっかり働かないと。
流石に、一労一休のペースすら崩すのは不味い。
振替はなるべく近く。
理想は翌日に。
でないと、俺の性格上。
そのままズルズル行くのが目に見えている。
にしても、昨日は楽しかったなぁ。
これまでの人生で、一番良い誕生日だった。
多少予想外のアクシデントもあったが。
それもご愛嬌って事で。
元々受付嬢の事は憎からず思っていたし。
不意を打たれはしたが。
別段、不本意という事も無かった。
向こうも多分……
ショックを受けてるって感じも、本気で怒ってるって感じも無かったからな。
まぁ、かなり恥ずかしそうにはしてたけど。
あの後は、もうそれなりに遅い時間だったからね。
そのまま解散って事になった。
もう一度出来る元気もなかったし。
ノアはノアで、次の日は仕事らしく王都に帰らないとって事で。
いや、本当に凄いな。
別にホテルに泊まっても良かったのだけど。
残りの3人でこのまま。
……うん、流石に気まずい。
酔った勢いでやって、酔いが覚めたらそりゃそうなる。
後悔とかは無いんだけど。
ちょっとね。
こればっかりは少しだけ時間が欲しいやつだ。
向こうもそうだったのだろう。
分かりやすく頷いていたし。
それに、嬢と受付嬢も初対面だったろうから。
多分、この方が無難なはず。
そして、解散前に嬢にお金を渡そうとした所を見られて。
2人から文句が飛んできた。
非難轟々である。
つい、いつもの癖で。
確かに、別に娼館来た訳じゃ無いんだから渡さなくても良いのか。
でも、プロだし。
そういう事したのに、お金渡さないってのも失礼な気が。
ノア曰く、お金を渡す方が失礼だと。
お姉様はそんなつもりでここに来た訳じゃないとの事。
何がお姉様だよ。
でも、言ってることはもっともだ。
そんなつもりじゃ無いよな。
単に、俺の誕生日を祝いに来てくれた訳で。
その後色々あったが。
そこを仕事と受け取る方が失礼か。
受付嬢の主張は、不公平だから私にも金をよこせと。
こっちもこっちで。
まぁ、正論ではあるんだろうが。
さっきまで頬染めて恥ずかしがってた癖に。
なんと言うか流石だな。
関係もってもこういうところは変わらないらしい。
ただ、この発言にノアがイラッと来たらしく。
受付嬢と睨み合う。
おい!
酔っ払い同士の喧嘩とか勘弁してくれ。
と言うか、受付嬢。
お前、ノア様とか呼んでノアのファンやってなかったっけ?
あ、ミーハーだったんだっけか。
軽く齧ってるだけのノア様よりはお金優先と……
嬢本人はというと、このやり取りを笑って眺めていた。
笑ってないで止めて欲しいんだが。
まぁ、確かにノアの言う通りここでお金渡すってのも違う気がする。
結局、今度全員連れて良さげな飯屋に行くことにした。
受付嬢も納得の表情。
なんでお前がそんな表情できるのか、不思議で仕方ないが。
ま、そういう奴なのだから仕方がない。
嬢には金じゃなくてすまんねと謝ったけど。
元々貰うつもりはなかったからと。
気にしてもいない様子。
やっぱ、いい子だ。
受付嬢も少しは見習って欲しい。
いや、受付嬢がこんな態度取ったら逆に心配するけど。
その場には居なかったが、おばちゃんも後で誘う予定。
別に、4人も5人もあまり変わらないだろうし。
帰ろうとした所、袖を引っ張られた。
受付嬢だ。
まぁ、どうしても欲しいってなら別に金渡すこと自体に異論はないが。
と思ったら、違ったらしい。
腰をさすっている。
どうやら、痛めたから家まで遅れと。
そう言う話だ。
普段なら男相手にと思う所だが、今更送り狼も何も無いだろう。
頬を染めてかなり恥ずかしそうに頼まれ。
さっきの、私にも金をよこせと主張してたコイツはどこ行ったんだか。
ま、別にいっか。
大した手間も掛からんだろうし。
俺にも一部責任はありそう。
いや、床で寝てた受付嬢が悪い気はするけど。
そんなこんな振り返ってる内に到着。
「……よ、よう!」
「げ、おじさん」
ギルドに入り、受付嬢に声をかけた。
変に意識しすぎないように、無難に話しかけたつもりだが。
それが余計自分の中で意識させてしまい。
逆に、不自然になった気がする。
にしても、げとはなんだ。
相変わらず失礼な奴め。
冒険者に対する態度としては、いくらなんでもである。
ま、理由はわかってるんだけどね。
証拠に頬が赤い。
「っー、今日も草むしりですよね!?」
「まぁな」
「書類は用意してるんで、ちゃっちゃとサインして仕事行ってきてください!」
自分でも頬が染まってることに気づいたのか。
それとも、昨日のことを思い出して恥ずかしくなってきたのか。
いち早く仕事を終わらせたいらしい。
俺のやってることなんていつも一緒だからな。
流れ自体は分かりきってるのに。
書類は用意しなきゃいけないから速攻という訳にはいかなくて。
それが歯がゆいのか、無駄に急かしてくる。
やる事はいつも通り。
でも、どこか不恰好なやり取り。
薬草採取の依頼を受注。
一刻と掛からずに片付け、ギルドに戻って来た。
薬草の入った麻袋をカウンターに置く。
何か言いたげな視線を感じつつ。
何も言ってはこない。
無駄口を叩かず、テキパキと手を動かして。
ただ、無駄な動きが多いのか。
普段より少し時間がかかった気がする。
「依頼品の納品を受付ましゅた」
……
そして盛大に噛んだ。
弄りたかったが。
まぁ、流石にそれは可哀想かもしれない。
顔が見る見るうちに真っ赤になって。
恥ずかしいのだろう、そのまま俯いている。
ほっとけば再起動するか。
今はぎこちないが。
それも、時間が解決してくれるはず。
今、何か言葉を掛ける方が良くない。
哀れみの視線を向けつつ。
ギルドに併設された酒場へ。
「おばちゃん、エールひとつ」
「あいよ」
にしても、そうか。
俺ももう36歳か……
別段、何かしたわけじゃないんだけどな。
謎に充実度が上がった気がする。
一年前と比べて。
去年ぼんやりと浮かんでいた不安はどこへやら。
まぁ、状況としては変わらないんだが。
何も成していない。
色々掠った気はするけど。
何かとしたかと言われれば、答えはそれ。
でも、それでいいのだ。
ギルドの片隅で飲んだくれながらそんなことを思う。
「何を1人で黄昏てんだい?」
「別にいいだろ」
「昨日は随分とお楽しみだったらしいじゃないか」
「うっさいよ」
「楽しそうでいいねぇ」
「二次会の後、そのまま残ってれば良かったのに」
「おばちゃんなんて嫌だろ」
「普通ならね、おばちゃんは別だよ」
「私はそこまで若くはないよ」
どうやら、振られてしまったらしい。
おばちゃんと軽口を交わし。
また酒を飲む。
いつも通りの日常。
これからも、ずっと続いていくのだろう。
チートを貰い転生した。
何も成し遂げる事なく36年……
去年、前世の年齢も超え。
もう立派な異世界人だ。
まぁ、こんな人生も悪くはないか。
ー完ー
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これにて、『ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者』
一旦完結とさせて頂きます。
多少の充電期間を設け、蛇足ですがもうしばらく更新自体は続ける予定です。
感想、評価、なんでもいいので反応もらえると嬉しいです。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者 哀上 @429Toni
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