不注意の対価



「村を襲って、金と食料を手に入れる。あと馬車だ。馬車も奪う」


 据わった目つきのヴィンセント氏は、村の襲撃を宣言した。


 予定外の長旅による出費。不運と襲撃による損失を補填するために、道中の村を襲撃することを決定した。


 私と出会う以前からロッシ一家に参加していた者達は「そうなるよなぁ」と言いたげな諦めまじりの目つきをしつつ、ヴィンセント氏の言葉に頷いた。


 新参の元村人達はギョッとしていたが、ヴィンセント氏を止めなかった。周囲の者達が当たり前のように受け入れてしまった事実と、ヴィンセント氏の表情に気圧されてしまったようだ。


「兄弟。今度こそ働いてもらうぞ」


 私に村人を襲えと? それは私の仕事ではない。


「テメエ…………」


 別に止めたいわけではない。


 私は冒険者きみたちの記録がしたいのであって、殺戮をしたいわけではない。記録者が積極的に介入した記録は、もはやフィクションである。


 苛つくヴィンセント氏を前に、私は適当に理由を述べた。「直接加担せずとも見守る以上、同罪になるからいいだろう?」と言うと、ヴィンセント氏は怒り顔を浮かべながらも殺戮不参加を認めてくれた。


 村を襲って資金や物資を得るのは、ヴィンセント氏達なら難しくないだろう。


 問題は目撃者を出さない事だ。


「お前が目撃する事になるが、同罪だからな? ロッシ一家の一員だからな?」


 はいはい。同罪同罪。


「目撃者を出さないために、村の人間を全員殺す。誰1人逃がさん。……1人でも逃がした場合、教会や領主にチクられる可能性あるしな……」


 ヴィンセント氏が率いている冒険者は32人。


 無辜の村人を殺せる冒険者は、そのうち半数にも満たないだろう。


 私を襲撃した時ですら、後方から矢を放ってきた者達はとてもやる気がなかった。自分達が殺人を起こすだけの思い切りはなかった。


 彼らにとって「魔物殺し」と「人殺し」は大きく異なるのだろう。


 無計画に襲撃したら殺る気のない誰かがしくじる可能性がある。殺し損ねた村人が逃げて行き、悪事がバレる可能性がある。


 ヴィンセント氏も当然、それはわかっているらしい。


「まずは無害な冒険者のフリして村に潜り込む」


 村人の数を把握する。


 そして、出歩いている村人がいない時間帯に――夜に仕掛ける。


「酒盛り開いて村人を集める。で、毒酒を振る舞ってまとめて殺す。村の連中は娯楽に飢えているから、ウチが酒を振る舞うって言えばホイホイ乗ってくるだろう」


 後は掃討戦。酒を飲んでいない者を殺人巧者ヴィンセントが殺害する。仮に逃げられたところで毒酒を振る舞っている相手なら、逃げる途中に死ぬ。


 村人を殺した後は、食料と金目の物を奪う。馬車と家畜も調達し、出来るだけ早く村から離れる。ほぼ徹夜仕事になるだろう。


 この先に村がある。そこを襲撃することになりそうだ。


 ただ、立地が悪いな。


 山間の村だから……危険な仕事になるだろう。


「何でだよ。山奥なら他所に逃げられる可能性も低くなるだろ」


 村に向かう道中も、村から離れる道中も崖道が多い。


 向かっている時はともかく、疲れている状態で離れると崖道で大事故が起きそうで怖いな――という話だ。


「バカが! 少々の危険が怖くて冒険者やってられるか! 殺らねえ限り、オレ達は破滅しかねないんだよ! ぐだぐだ言ってねえで村に向かうぞ!!」


 かくして、我々は山間の村に向かった。


 懸念通り、険しい崖道が待っていた。


 少しの不注意と不運次第で、我々も馬車も落ちていきそうな道だ。


 ロッシ一家の皆は震え上がっていたが、彼らは崖道以上に別のものを恐れていた。「落ちたら殺す!!」と怒っているヴィンセント氏の方が怖いようだ。


 おっと、実際に落ちてる馬車があるぞ。


 結構な数が落ちているな……まるで馬車の墓場だ。


「バカ!! ただでさえビビってる奴が多いのに、脅かすんじゃねえよ!!」


 事実を述べただけだよ。


 真新しい馬車ばかりだ。同業者が使っていたものだろうか?


「チッ……! お前ら、下を見るなよ!? 死にたくねえなら前を見ろ!!」


 ヴィンセント氏が部下を叱咤激励する中、私は観察を続けた。


 暗い谷底に転がっているのは壊れた馬車だけだ。調査に行きたかったが、ヴィンセント氏が急かしてくるので観察を中断した。


 程なくして、我々は山間の村に辿り着いた。


 当初の予定通り、ロッシ一家は無害な冒険者のフリをし、村人達に受け入れてもらおうと努力をした。だが、努力する必要はあまり無かった。


「ダイダロシアにようこそ! ええっと、開拓者さんかい? もしくは冒険者? ああ、冒険者みたいだねぇ。とにかく歓迎するよ!」


 ロッシ一家が取り入る必要は無かった。村人達は我々を歓迎してくれた。


 冒険者はならず者が多いため、そこらの村の人間には最初、怯えられがちだ。しかし、この村の人々は物怖じせず我々を歓迎してくれた。


「最近はよく冒険者が通るんだよねぇ。迷宮目指すなら、この辺りを通り抜けるのが近道だからだろうけど、険しい道で大変だっただろう?」


「あ、ああ。すまねえが、明日の朝まで滞在させてくれねえか? 山道で野営していたら、寝ぼけて崖下に転がっていきそうだからさ。もちろん、礼は――」


「どーぞどーぞ! 好きに滞在しておくれ! その代わりといっちゃなんだが、旅の話を聞かせておくれよ! こんな山奥の村だから、旅人さんが来た時に話を聞くぐらいしか娯楽がなくてねぇ……宴を開くから、そこで聞かせておくれ!」


「そんな事でいいなら、いくらでも話すさ。酒もウチで用意して――」


「ちょっとアンタ達! また冒険者さん達が来たから、宴の準備だよ!!」


 ヴィンセント氏は村人に取り入るための言葉をたくさん用意していたのだろう。


 それをろくに使わないうちに受け入れられたので、拍子抜けしているようだ。


 こうも歓迎されると、やるのが心苦しくなってきたかい?


「…………いや、やるさ。歓迎してくれるなら好都合だ」


 ヴィンセント氏は剣の柄を撫でつつ、そう呟いていた。


 部下達には躊躇いの表情が浮かんでいるが、彼自身は殺る気のようだった。


 村人による歓迎の宴は、日が暮れてから開かれる事となった。ヴィンセント氏達は村人達と触れあいつつ、計画の細部を詰めていった。


 私も私で、好き勝手に村人への取材をさせてもらった。ここは帝国の遺児によって作られた村らしく、男は皆、オークだった。


 私が「崖下を調べに行きたい」と言うと、村のオーク達は口々に「道らしい道もないからやめておけ」と私を止めてきた。


「この辺りの山道は近道に使えるんだが、険しいからよく事故が起こるんだよ。特に馬車で山越えしようとする奴らはな……」


「もう日が暮れ始めている。どうしても調べに行きたいなら、明日にしろ。俺が明日案内してやるから」


 そう言うオーク達に止められているうちに、宴の時間がやってきた。


 村の広場にはささやかながら宴の席が設けられ、村人達が楽しげに騒いでいた。


 対して、ロッシ一家の表情は硬い。


 この後、何が起きるかわかっているからだろう。


 実際は、何も・・わかっていない・・・・・・・のだが。


 さて、ヴィンセント氏。首尾はどうだね。


「……村の奴らが勝手に宴の準備を進めていったから、村人の杯に毒酒を注げていない。だから適当に酒が回ったところで娼婦共に酌をさせるつもりだ」


 上手くいくだろうか?


「やるしかねえ。娼婦共が怖じ気づいたら、裏で一発殴って従わせるさ」


 そういう話ではないのだが、私が言う必要はないだろう。


 ロッシ一家は焦っていた。


 ヴィンセント氏は焦っていた。


 焦りは得てして失敗を生むものだ。


 不注意な彼らは、暗い崖下に築かれた馬車墓場の観察を怠った。


 あそこには、壊れた馬車しか無かった。


 牛や馬の死体どころか、積み荷も無かった


 何者かが冒険者や開拓者を襲い、牛馬と積み荷を奪ったのだろう。そして不要な馬車だけ崖下に捨てたのだ。


 雑な仕事だ。よく注意しておけば、崖下の馬車墓場が築かれるに至った物語を読み取る事が出来ただろう。しかし、冒険者達は注意を怠った。


 誰がそんな事をしたか、気づく事が出来なかった。


「「「「乾杯!」」」」


 村長の音頭で乾杯が行われ、皆が酒を飲み始めた。


 ヴィンセント氏もグイッと飲み干し、その飲みっぷりに村人達が拍手した。


 私も皆に続いた。この先の景色を楽しむために――。



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悪徳冒険者 @yamadayarou

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