奇襲



「襲撃だ!! テメエら、応戦しろ!!」


 馬車を1台失った日の夜。


 我々は襲撃を受けた。


 馬車を失う直前から我々を追跡してきていた者達が、襲ってきたようだ。


 襲撃者の正体は同業の冒険者のようだった。


 ロッシ一家のように迷宮探索に来たものの、迷宮が踏破されていて困ったから「冒険者や旅人を襲おう」と考え、襲撃してきたのかもしれない。


 日常的に強盗を働いている者達の可能性もあったが、それにしては襲撃が拙かった。襲撃者はこっそり奇襲を仕掛けたがっていたようだが……粗末な重装鎧を身につけた者が音を立てて隠密行動に失敗し、奇襲は失敗ファンブルした。


 真っ先に襲撃に気づいたのは、ヴィンセント氏だった。


 彼はやけ酒を飲んでいたが、奇妙な金属音に――襲撃者の重装鎧の立てる音を耳にするとスッと戦士の顔になった。


 眠りこけていた仲間の口を押さえながら起こし、「敵が来た」と知らせて準備を整えるように促していた。しかし、襲撃者の存在に怯えた冒険者の1人が慌て、音を立ててしまった事で戦闘開始前に全員起こす事が出来なかった。


 お互いに段取り悪く戦闘が始まった。


 戦いは終始、ヴィンセント氏率いるロッシ一家の方が優勢だった。


 やる気の無い私は適当に戦うフリだけしておいたが、私が戦うまでもなく、ロッシ一家は襲撃者を次々と倒していった。


 敵の奇襲は半ば失敗。


 そのうえ、ロッシ一家が馬車を円形に並べて防塞バリケードを築いていた。その内側から反撃を行えるため、ロッシ一家側がほぼ一方的に攻撃できていた。


 夜暗やあんは襲撃者側に味方したが、馬車防塞の内側にいる冒険者を打ち倒せるだけの実力は持っていなかった。奇襲が成功していればまだ勝機があったかもしれない。


 ただ、ロッシ一家も無傷では済まなかった。


「おっ、オカシラぁっ!! 奴ら、魔法使ってきてますぅ!!」


「馬車が! 俺達の馬車がぁっ!!」


「あのクソ虫共がぁーーーーッ!!」


 襲撃者の中に魔法使いスペルキャスターもいたらしい。


 敵の後衛から放たれた火の矢が馬車に命中し、ロッシ一家の馬車が炎上してしまった。ロッシ一家の持っている食料や財宝が目当てだとしたら、あまり良い手ではないが、それでも敵は魔法を撃ってきた。


 ロッシ一家は燃えさかる火の中、慌てて馬車の連結を解いて防塞を崩していった。幸い、襲撃者達は逃げて行った。火によって生じた混乱に乗じ、負傷者を引きずり、逃げてしまった。


 ヴィンセント氏は激怒し、襲撃者を追おうとしていたが……さすがに直前で思いとどまった。闇の中で追うのは無謀だと判断し、立て直しと消火に集中すべきだと考えたらしい。


 最終的に火は消えたが、馬車3台が全焼。


 さらに火に驚いた馬と牛が逃げだした。朝になって捜索作業が行われた。だが、馬5頭が行方不明、牛1頭の死亡が確認された。


 牛は火に驚いて逃げた先で崖から落ち、脚の骨を折って動けなくなっていたらしい。そのうえ肉をごっそり持って行かれていた。


 牛の死体周辺に靴跡が複数残っていたことから察するに、襲撃者達が肉だけでも解体して持って行ったのだろう。転んでもただでは起きない者達のようだ。


 火は消えたものの、ヴィンセント氏の怒りの炎はしばらく消えなかった。彼は皆が逃げた馬と牛を探している間も無事な馬車の傍で怒り狂い続けていた。


 そんなヴィンセント氏から離れ、逃げた牛馬の捜索をしているフリをしながら散歩していると……元村人達が話しかけてきた。


「な、なあ……センセイ。オレら、開拓村むらに帰っちゃダメかな?」


「さすがにもう、色々厳しそうだし……」


 彼らはロッシ一家からの離脱を希望していた。


 ヴィンセント氏に直接言う勇気はないらしく、私を通じて離脱の旨を伝えたがっていたが、私は「自分で伝えなさい」と伝言係を断った。


 幸い、人間の死傷者と離脱者は出なかったが、もういつ誰が脱走してもおかしくない状態だった。誰も逃げずに済んだのはヴィンセント氏の人徳……もとい、実力と言っていいだろう。


「裏切ったら殺す。逃げても殺す」


 悪い事が立て続けに起きた事もあり、ヴィンセント氏は大変不機嫌だ。据わった目で皆に「殺す宣言」をするほど追い詰められている様子だった。


 私は「襲撃者の方にも取材がしたい……」という想いを抱きつつも、泣く泣くヴィンセント氏達の取材に集中する事にした。


 彼らの生き様と死に様を記録して歴史資料にするのが私の仕事だ。窮地に追いやられた冒険者にんげんを見るのは楽しい事もあり、私は同行を続けた。


 さてヴィンセント氏、これからどうする?


「迷宮を目指す。迷宮に潜る。魔物をブチ殺し、財宝を手に入れる」


 冒険者おれたちの仕事はそれだ。


 それやってりゃ、この苦境からも抜け出せるはずだ。


 ヴィンセント氏はそう宣言し、再び歩き出した。


「最終的に勝っていればいいんだ。博打と同じだ。……最終的に大勝ちして、メシにも住むところにも困らなくなればオレ達の勝ちなんだ」


 ヴィンセント氏は金が欲しいのか。


「当たり前だろ!? 金があれば何でも解決できる! この世界は金があれば領主になって、好き放題できる! 自分の土地で好きに暮らせるようになるんだ!」


 大金持ちになる手段として、冒険者になったのか。


「ああ。冒険者なら迷宮で大儲け出来るからな!」


 そうとも限らないのだがな。


 実際、迷宮探索で富を得る冒険者もいる。だからこそ迷宮は一種の誘蛾灯として機能し、たくさんの冒険者を集めている。


 その結果、競争相手が増える。過当競争市場レッドオーシャンゆえに稼ぐのが難しくなり、稼げない冒険者も大勢生まれている。


 それでも一握りの成功者の話が広まり、多くの者を迷宮に駆り立てている。


 ヴィンセント氏のように財宝を見せびらかし、「手駒」として使える冒険者を増やす冒険者がいる影響もあり、冒険者を志望する者は後を絶たない。


 何とか稼げている冒険者も、真の成功者と呼べるかは怪しいものだ。


 多数の冒険者が集まる迷宮周辺は、物価が高騰しやすい。爆発的に人口が増加する事で食料が足りなくなり、価格が高騰するのだ。食料以外の物資――例えば冒険者が使う武器や防具の価格も高騰しやすい。


 高騰したそれらを手に入れるために、冒険者達はせっせと取ってきた迷宮の金や財宝を手放さざるを得ない。迷宮に商機を見いだした商人達に搾取されてしまう事も珍しくない。


 それでも彼らは目先の黄金に飛びついていく。


 迷宮という金鉱に飛びつき、「自分は成功者になれる」と夢を見る。


 その夢はとても儚いものだが、とても興味深い。


 冒険者やその周囲に築かれる営みを記録していくのは面白い。


 ヴィンセント氏も、私にとっては面白い調査対象だった。


「次に見つけた村を襲うぞ」


 彼はそう宣言した。


 こういう蛮行を間近で観察出来るからこそ、冒険者じんるいは面白い。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る